巡る世界と物静かな妹。
我が家の中の静寂が破られることは、そう無い。いつも耳鳴りがしそうな静寂の中に、テレビの音声だの外からの鳥だのなんだのが鳴く音が入ってくる程度だ。
「ん、おはよう。幽璃」
キィ。と静かな音を立ててリビングに入ってきたのは、俺のたった一人の家族。綺麗な長い銀髪は、今しがた起きたばかりだと理解するのに十分なほどぴょこぴょこと重力に逆らってみようと試みている。反抗期ですかな。
幽璃は大きめのパジャマの裾で眠そうな目を擦りつつ、ソファーに座っている俺の隣に腰掛け、興味があるのかも分からないテレビの番組をただぼーっと見つめる作業に入る。朝は弱いのか、毎朝大抵こんな感じだ。
実のところ、幽璃がこうやって朝に起きるというのは珍しい。生来病弱な妹の幽璃は、生まれてから多くの時間を病院で過ごし、退院してからも滅多に外に出ることはない。そんな幽璃がもちろん毎日学校に行けるはずもなく、彼女の体調次第ということになっていた。
「今日の体調はどうだ?」
俺の問いかけに、幽璃は僅かに頬を綻ばせて小さく頷いた。良いという意味ではなく、悪くないという微妙なニュアンスであることも何となく理解できる。
「そうか、それは良かった。飯は用意してあるから好きな時に食べて」
また、幽璃は小さく頷く。
この家が静かなのは、家族がいないという理由の他に、幽璃が言葉を発しないことにある。とはいえ、日常生活に支障が出るわけでもないので俺は特に問題視はしていない。
「そんじゃ、俺は学校行ってくるから」
パジャマ姿の幽璃の頭を軽く撫で、立ち上がる。
着替えを済ませ、家を出てみればまだ朝早く、玄関を出ても学校へ行こうとする生徒も少ない。
家を出て左に進めば学校への通学路への方向。しかし俺の足が学校の方へ向くことはなく、学校とは無関係の方向へと向かう。
まだ桜も散りきらない中、ここいらの住民は睡眠を貪っているせいだろうかほとんど誰もいない住宅街の通りを歩くこと数分。
「いらっしゃいませー。あ、恭君かぁ」
「おはようございます、先輩」
俺は幽璃に隠し事をしている。隠し事といっても大したものではないが、学校へ行くと偽って朝から夕方までずっとアルバイトをしているという程度だ。両親のいない俺達にとってはかなり貴重な収入源になっている。
別にうちの学校で禁止されているわけではないし、辛うじて卒業できる程度の成績は取っている。出席日数はそれなりにギリギリだが、特に問題無い。
それでもアルバイトをわざわざ内緒にしているのは幽璃に心配されないようにというのが一番大きいだろう。というかそれしかない。幽璃のことだ、俺が朝から夕方までずっと働いていると知ったら自分も働きたいと言い出すに決まっている。いや言えないんだけどさ。働ける年齢にも達してないし。
彼女の身体のことを考えれば幽璃にそんなことをさせるわけにもいかない。別に、俺一人でも収入が少ないってわけでもないから大丈夫なのだが。リアルな話をすれば、保険金と補助金もあるわけだし。
「恭君、そろそろ交代の時間だから早めに事務室で着替えてねー」
「了解です」
長い髪を縛ってポニーテールにしていたヘアバンドを外しつつ、先輩は奥へと消えていった。恐らくこれから学校へ行くのだろうと想定しながら少し羨ましく思ったりもした気はしたけど気のせいだった。
出来る限り早めの投稿を心がけます。最近は三日に一回くらいの投稿にしてみようと思います。