巡る世界とダークマター。
いつの間に用意していたのか、幽璃は淡いピンク色の可愛らしいエプロンを身に着けていた。最初からやる気満々だったってことですか。ちなみに漢字は殺ると書きます。
さて、とりあえず最低条件としてダークマターを精製しないことを覚えさせないといけないな。
「よし、幽璃は卵焼きを作ってくれ」
「卵焼き……ですか、夕飯に卵焼きって珍しいですね」
「シャラップ、いいから作るんだ」
俺は片手間で夕飯を作りつつ、幽璃が卵を二つ破壊し、ボウルの中へ落とす作業を実行している姿を眺めていた。殻が入ってないだけ胸を撫で下ろしたくなる。それに至る過程で料理に使う二倍ほどの量の卵を犠牲にしたことは言うまでもない。
一心不乱に箸で卵白と卵黄をミキサーしている幽璃の手つきはそこまで危なっかしいものではない。この時点で異物を混入させていないとなると、味付けもしくは焼き方が“非常に”悪いということになる。異常と言い替えてもいい。
少なくとも、塩と砂糖を間違えたとかそういう次元ではないので、見ていれば何がおかしいかは分かるだろう。
「幽璃、フライパンは暖めておけよ」
「流石にそのくらいは分かりますよ、子供じゃないんですから」
フライパンを暖めつつ、溶き卵に塩を入れる。塩の量も塩分控えめとは程遠いが誤差の範囲内なので特に文句は言えない。
溶き卵をフライパンの上へと流し込む。卵焼きの誕生の瞬間の目撃者になろうと凝視していたら、幽璃に注意された。
「兄さん、ちゃんと見てないと危ないですよ」
いや、卵焼き誕生の瞬間じゃなくて、俺の作ってる料理の話ね。
幽璃に注意され、一瞬だけ視線を戻し、再び幽璃のフライパンを覗き込む。
「なんでやねん!」
つい大阪弁で突っ込んでしまった。いやいや、なんでやねん。なんでダークマターが精製されとんねん。完全に大阪弁に染まり始めた所でとりあえず一度深呼吸。
きっと幽璃のコマンドにはたたかうやアイテムの他にあんこくが存在するのだろう。早々にジョブチェンジを要求したい。
「だ、ダメ……ですか?」
うるうる。小動物みたいに上目遣いで目の端に涙を溜めてこっちを見るのはやめるんだ。似合うと思ってるのか。似合いすぎて直視もできねーよ。……さて、この炭化しているのか真っ黒な放射性廃棄物をどうしたもんだろうか。
もし、この時間にごみ収集車でも来たのならヒッチハイクして彼らを乗せていってもらう所なのだが、そうすると幽璃が泣き出しかねないし、そもそも処理して有害ガスとかが出ないかが心配だ。
などと顔に似合わず地球環境を気にしてみたところで、来客を告げるチャイムが鳴る。こんな時間に我が家を訪ねてくるとはけしからん、なんて思ったりはしない。まだ六時前だもの。
「どちらさまですかー」
ドアを半開きにして顔を覗かせてみる。来客の顔を確認して、閉じた。
「ちょっと! 何で閉めるのさ! あーけーろー!」あーあー。聞こえなーい。
いや、何で来てるんだよ。学校サボった報いですか? しかも俺と幽璃の愛の巣(あ、愛の前に家族って付けるの忘れた)に踏み込んでくる気だとは。
規則正しく鳴り続ける殴打に、城門が決壊寸前です隊長! なんて言う相手もいないわけで。幽璃がいるか。……あ、良い事思いついた。
ドアを再び開き、問いかける。
「おい、晶。夕飯は食ったか?」
「いや、まだだけど。プリント届けに来てやったんだぞ、感謝しろー」
そのプリントが重要ならばしっかりと敬意を払ったついでに感謝してやろう。だが俺は見たぞ、明らかに太字で『授業参観のお知らせ』って書いてたじゃねーか。嫌がらせかちくしょう。
感謝の代わりと言っちゃなんだが、あの暗黒物質をこいつらに食わせる事と、殺人未遂で逮捕される覚悟はできた。
「幽璃の作った飯食っていくか?」
俺が作ったわけではないということを強調して表明。これで同意を得ればとりあえず殺人罪は適用されない、と思う。
「え、幽璃ちゃんの手料理? そりゃ食わずにゃいられないよ! ね、竜二」
「腹も減ってるからな……お言葉に甘えさせてもらおうか」
そうと決まれば突撃! とでも言わんばかりに晶は半開きのドアを強引にこじ開け、靴を後方へ射出しながら我が家へ不法侵入もどきを果たしてくれた。これは訴えれば勝てるだろうか。
「……なんか悪いな。お邪魔します」
竜二は変な所で礼儀正しい。ともかく、俺の甘言に騙された二人は、見事に死亡フラグを立てていってくれたわけだ。