巡る世界と手料理とオヤジギャグ。
「兄さん、着きましたよ?」
少し思慮に耽っていたせいか、我が家を見過ごす所だった。主にどうやって幽璃に料理を上達させるかについて。
……あれ、我が家ってこんなだっけ。この家は見たことあるけど我が家はこんなじゃなかったような。
確か我が家は火事で……。火事なんて起こったか? いや、前々からこの家だったか。そういえば火事は別の所だったかも知れない。
途中で勝手に納得して、帰宅した。
「久しぶりに兄さんの温かい手料理が食べたいですー」
それは女が言う台詞じゃないだろ、と言いかけて飲み込む。もうあの暗黒物質もどきは拝みたくない。
靴を脱ぎ捨てると、幽璃が几帳面にきっちりと並べてくれる。俺がだらしない性格になったのはおおむね幽璃のせいだ、多分。先に生まれておいてどうかとは思うが、生き急ぎすぎたかも知れない。むしろ幽璃が姉でいい気はする。
何を作るか考えながら台所に向かう。だらしない代わりといっては何だが、俺が料理だけ上手くなったのはきっと生存本能が働いたせいだ。誰だって死にたくはない。
毒殺されるのをを回避する代わりに妹に食事を捧げる。どういう構図だこれ。構図はともかく、昼食も間近ということで手軽に作れる料理をチョイスした。サンドイッチは便利。幽璃の希望を完全に無視していたことを作った後に気づいて諦めた。かなり遠回しに文句を言われて、それでも美味しそうに食事を取ってくれた。
「兄さんの手料理はおいしいですね」
「今まで作ってたのも手料理だけどな、一応」
おいしいって言われたのも久しぶりな気がする。実際はそうでもないはずだが、何年ぶりかな錯覚すら覚えた。
座ることもなく大皿に盛られたサンドイッチを横からいくつか摘む。我ながら普通並にうまい。これなら喫茶店でバイトしても三日は持つかもしれない。募集してたのはウェイターだったけど。
何が面白いのか、幽璃は俺の顔を眺めながら相好を崩す。その昔、小学校のクラス変顔大会で優勝した俺の実力はまだ健在というわけか。変顔してないんだけど。
「……俺の顔に蝶でも引っ付いてたりしますか」
きっと一匹じゃ足りないな。五匹は付いていることだろう。
「いえいえ、兄さんってば本当にご飯食べる時は無表情だなと思って」
食事と食物摂取では結構意味合いが異なってくる気がする。俺の場合は後者であって、楽しんで栄養を摂取するよりは単純に栄養を摂取するだけで十分だ。
とりあえず胃に詰め込めば何でも一緒という考え方の俺には好き嫌いは特に無い。ただし、死へと誘う食物に口をつける気は毛頭ありませんです、はい。
閑話休題。無表情ってそんなに面白いだろうか。別に満足ならそれでいいんだけど、さ。
「なんだ、笑った方がいいか?」
笑ってみる。……食えるか。笑顔で口開いて咀嚼するとか、それはもう常人の域じゃない。もし学校の友人にそういう奴がいるならすぐにでも転校してやる。
結局無表情に落ち着いてしまう。しかめっ面というのも試したが、不評の上に疲れるというわけで不好評発売停止中。
「やっぱり兄さんはその方がいいです、かっこいいですよ」
食事にかっこよさを求める必要はどこにあるんだろうか。あと、遠回しに他の表情はかっこよくないって笑顔で言われてるような気がする。顔に自信あるわけじゃないんだけどさ。
午後を活動するだけの栄養を摂取したところで、することがなくなった。あまりの暇さにソファーの上でごろごろ。一回転したら落ちた。幽璃はそんな様子を微笑ましげに見ている。普通そういうのってさ、逆じゃない? 見てて何が面白いんだか。……いやまあ、他人から見たら面白いのかもしれないけどさ。
寝転んだまま目の前の高峰……もといソファー登頂を試みた。途中でやめた。
「幽璃は何かしたいこととかないのかー?」
今度はカーペットの上をごろごろ。幽璃は椅子に座ってにこにこ。なんだ、この構図……。どこで間違えたんだろう。
「こうやって眺めていたいです」
だから何が楽しいんだ、何が。お前が楽しくても俺は楽しくないんだよう。暇なんだー。
「よし、何か面白い事言ってくれ」
びしっ! と人差し指を寝転がったまま幽璃に突きつける。指名された本人は少し困惑した様子で腕組みをして唸る。
「私ですか……えーと。そうだ、こんなのはどうでしょうか」
思い出したようにぽん、と手を叩く。何故か自信ありげな表情を浮かべている。
「隣の家に塀ができたそうです」
「へー」
「……兄さんは読心術でも使えるんですか?」
まさかそこまで古典的なギャグを放ってくるとは思わなかった。カーブどころか一周回ってストレートだよ。
せめてもう少しマシな……少なくともオヤジギャグはやめよう、妹よ。
「ならば次は抱腹絶倒させてみせましょう」
「できるもんならやってみろー」
正直言って、幽璃のギャグセンスは無きに等しい。根が真面目だからか、それともそういった娯楽知識が足りないのか。
「隣の家に囲いができたそうですね」
「かっこいー」
「……」
頼む、それ以上そんな目で俺を見ないでくれ。あとせめてもう少し面白い事を言ってくれ。
幽璃は少なくとも芸人には向いていない。
「ほとんど同じネタだし……点数つけるなら100点だな」
もちろん負の方向へ。もはやクスリとも笑う事はできないだろう。むしろ引かれるかしかめっ面されるかどちらかな気もする。
目に見えて落ち込む幽璃が可哀想になってきたのでそろそろ虐めるのはやめよう。
「いや、うん。まぁ、面白い事言えなんて言ってごめん」
「遠回しに慰めてますね? 面白い事言えなかった私を慰めてますよね?」
慰めるというか、もうある意味可哀想というか。俺の思考の中で幽璃の格付けが『残念な子』になる前に止めたわけで。別に他意はないのですよ? うん。
さて、そろそろ転がりすぎてミックスジュースもどきになりかけている脳を再び固めるために冷蔵庫に頭を突っ込む……ことはせず、普通に起き上がろうとした。
途中で気づく。寝転んだまま上方を見上げれば、そう、男子にとっての花園が……いやまぁ、妹に欲情するのはアレですよね。さて、これをどうやって伝えればいいだろうか。
「幽璃さん。パンツ見えてま……ぼふぉっ!」
悩みに悩んだ結果、紳士的に敬語を使ったのにも関わらず、言い終える前に確認済み飛行物体もとい、ティッシュケースが飛来した。もちろん余裕で避けることもなく、顔面にクレーターを作ってくれた。語尾が変なのはそのせいです。別に俺が変な人ってわけじゃないですから。
反射的に制服のスカートを抑えている幽璃に謝罪を一通り強要された後、起き上がる。
「もうしわけございませんでした」
これ以上ないくらい棒読みの謝罪の言葉を述べて、飛来したテレビのリモコンを避ける。やめてください私が悪かったですごめんなさい。
「兄さんはデリカシーというものを覚えた方がいいんじゃないでしょうか」
デリカシーはデリバリーできる樫の木だという意味で記憶している俺にそれ以上の意味を覚えることはできない。何でデリバリーだけ英語なんだよ。外国人気取りか? ああん? とか、自分に喧嘩売って自己嫌悪に陥ってみる。
とりあえず、時刻を確認してみると既に五時を回っていた。
「おおう、夕飯作らなきゃな……。時間を無駄にした気しかしないけど」
「あ、それなら私が――」
「ストップ! 動くな! フリーズ! ドントムーブ!」
まさにグローバル。とりあえず思いつく限りの止まれという意味を持つ単語を吐き出してみたけど日本語と英語しか入ってない。どこがグローバルだったんだろう。
いや、待てよ? 逆にこれはチャンスなんじゃないだろうか。せめて幽璃が食える代物さえ作れるようになってくれれば、家事の負担も半分になるわけだ。そうすればバイトの時間も増やせるし、手間も省ける。
立ち上がろうとした寸前で叫ばれ、面食らっているというよりその過程を終え、何か投擲する武器を探すがもう机の上には何も無かったらしく、周囲を見渡している。放置しておけば筋力を無視して机ごと投げてきそうな勢いだったので慌てて取り繕う。
「いや、ごめん。一緒に作ろう」
そう告げると幽璃はようやく投擲物の捜索を中止し、少し嬉しそうにはにかんだ。
PC自作してみようと思ってつまづいて、更新遅くなりました。非常に申し訳なく思ってたり思ってなかったり。……いえいえ、思っておりますとも。