三題噺 「車」「萌えキャラ」「バトル」
「車」「萌えキャラ」「バトル」
この峠の下りでバトルなんて、怖いもの知らずのバカかキチガイしかやらないさ。
ここ数年、仲間たちはそう言っていた。
週末の深夜になると甲高いエンジン音を響かせて、山の中腹のパーキングに走り屋たちが集まってくる。俺たちはそうして、毎週ただ純粋に「走り」を楽しんでいただけだった。
それが、俺がいない一ヶ月ほどの間に変わってしまっていた。
原因は深紅のCT9A。デカデカと萌えキャラが描いてある愚昧なランエボだ。
毎週、俺たちが走り終え解散し、最後にパーキングを出たやつの後ろについてパッシングをしてくる。下りでのバトルは原則禁止という、この峠のルールを知らない。おそらくは余所者だろう。
普段上りでしかバトルをしない俺たちは、地元と言えど下りに慣れているやつは少ない。そのせいもあって、今のところ勝ったやつは一人もいない。
それが、ここに集まる連中をイラつかせ、ムードを悪くしていた。
午前三時。
今日もイベントを終えて、パーキングから一台一台出てゆく。
「田中さん。下りなんて最近やってないんすから、無理して事故るのだけは勘弁っすよ。あんなの無視してりゃいいんだから」
「オッケー、了解。まぁ大丈夫さ。ただ久しぶりにやってみたくなっただけだ、下りを」
「じゃ、オレ先に行きますんで」
挨拶代わりにリアを滑らせて最後の仲間が出ていくと、幾筋ものタイヤの痕と、ゴムの焦げた臭いだけが残った。
虫の鳴き声もしない無音になった山の中で煙草に火を点け、深く吸い込む。
吐いた煙が、ゆっくりと漂った。
「ククッ。萌えキャラ、ねぇ・・・・・・」
久しぶりの下りのバトルに、自然に笑みがこぼれる。
「このFD3Sを、萌えさせてくれるかな」
硬いシートに座り、車のエンジンをかけた。