プロローグ:先輩とカフェイン依存症
「あぁ……死にたい」
と先輩はため息をついた。
「何言ってるんですか先輩、いつもみたくコーヒー飲んでるだけじゃないですか」
「そうだよ、いつもみたくコーヒーを飲んでいる時死にたいと感じてしまうんだ……」
「そうですか……」
とりあえず適当に相槌を打つ。真面目に聞くような話ではなさそうだ。
「だって、しばらくしたらこの幸せな時間が終わってしまうのだから。これが終わったら私は聡明でも平穏でもないカスになってしまう」
カフェインの作用が続いている時だけ幸せでそれが終わるのが憂鬱?れっきとしたカフェイン依存症じゃないか。飲ませているのは私なので少し心配になる。いや、でも私のせいではないか。
「コーヒー飲んでる時も意味わかんないこと言ってるカスなんで安心していいですよ」
「あと、それ普通にカフェイン依存症なだけじゃないですか」
と私は続けて言う。
「ちなみに今日は何の豆にしたんだい?」
先輩は私に尋ねる。
「モカにしましたよ。とても香り高い豆で挽いている時の香りも素晴らしかったです。味はどうですか?」
今日豆を買いに行った時にセールしていたのがモカだった。飲むのは私ではないけれど、豆代は先輩と折半しているので安いとお互い助かる。
「そうだったのか、とてもおいしいよ。酸味が強めでフルーティな味わいだ。コーヒー単体でもすっきりしていて飲みやすい」
自分が淹れたコーヒーを素直においしいと言われるといくら先輩といえども嬉しい。そして少し照れるので黙ってしまう。
「ところで君は飲まないのかい?」
「私はカフェイン耐性がすごく弱いので滅多に飲まないですよ。でも淹れるのは好きだから先輩に飲ませて感想を聞いてるんですよ」
淹れるのが好きな私と飲むのが好きな先輩。このコーヒー同好会は私たち二人しかいない。
「君の名前と同じ産地なのに。おいしいよ?」
「……そういうの触れられると恥ずかしいのでやめてください」
ばたん、とドアを閉めて部室から出る。
「あー!ごめん!僕が悪かったから戻ってきてくれないか!」
ちょっとイラついたので意地悪で帰るふりをしたをしたのだが、思ったより先輩が焦った。その様子が滑稽で少し頬が緩む。
「先輩はもう少しデリカシーというものを身に着けたほうがいいと思いますよ」
部室の外から扉越しに言う。そしてドアを開けて部室に戻る。
「でも天気もこの通りひどい雨だし……ほ、ほら!17時半には止むらしいからさ……!それまではいてくれないか……!」
窓の外に目をやると激しい雨が降っていた。
「はあ……まあ一応活動時間なんで」
荷物を置き椅子に座り本を開く。しばらくはここにいるということが伝わったみたいで先輩もほっとした様子だ。
私、"野木もか"は大学のコーヒー同好会に所属している3年生だ。カフェイン耐性が弱い自分の代わりに"先輩"にコーヒーを味見してもらっている。この利害の一致が私と先輩の関係なのである。
もう目的は果たしたので本当に帰ってもよかったが、流石にこの雨の中を行くのは気が引ける。先輩もかわいそうな気がしたので仕方ないから雨が止むまではいることにしよう。




