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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

不遇職ピッカーのおじさん、実はギルド直属の掃除屋。裏切り者パーティを古代遺跡に監禁して酒が美味い!

作者: きゅーび
掲載日:2026/02/23

「悪いな、おっさん。鍵開けしか能がないアンタとはここでお別れだ。

 足手まといにこのお宝が不相応だって事くらいは分かるだろう?」


 パーティのタンク役であり、リーダーでもあるアルフォンスは豊穣の麦穂のような金髪をかき上げながら言い放った。

 その傍らでは聖女エルナが肩口で切りそろえた黒髪を揺らし、零れ落ちそうな青い目を潤ませている。

 だが、口を開いて出てきた言葉は、聖女らしからぬものだった。


「あー、もう、エルナずっとこのおじさんと一緒にいるの嫌だったんだよー。

 だってほらー、酒臭いっていうか、加齢臭? ようやくお別れ出来て清々したー」


 ぷっと失笑を零すのはアタッカー兼スカウトのクオンだ。

 細身の青年の手に握られたナイフには血がついており、それはつい今しがた振るわれたばかりだ。


「安心しろよ。このナイフに仕込んだ毒はただの痺れ薬だ。しばらくすれば動けるようにはなる。動けるようには、な」

「まぁ動けるようになった所で、足手まといの貴方がこのダンジョンから抜け出せる可能性は万に一つもありませんが」


 クオンの言葉を引き継いだのは魔術師のカミルだ。理知的な藍色の双眸は今は侮蔑の色を宿している。


 ――ここはシルドラード古代遺跡の地下ダンジョン、その最深部だった。

 徘徊するモンスターはAランクパーティでも苦戦を強いられる事もあり、幾たびの苦難を乗り越えてきた。

 そうしてようやくたどり着いた宝物庫。

 鍵開け師であるゼンジが最後のゲートを開錠した瞬間、脇腹に鋭い痛みが走ったのだ。

 指先から力が抜け落ち、……気が付けば床に転がっていた。


 ダンジョン最深部で足手まといのピッカーが捨て置かれる。

 それはここ数年、当たり前のように行われていた。

 故にピッカーは不遇職だと言われている。

 いい年こいたおじさん鍵開け師(ピッカー)など、草葉の陰で息絶えるのも当然の運命であり、――


(……って、待って待って待って。息絶えないから。おじさんまだ元気だから!)


 脳内モノローグを否定しながら、ゼンジは指先を僅かに動かした。

 痺れ薬を使われるのは想定済、中和剤は事前にうってある。

 音もなく立ち上がったゼンジは、首の骨をコキリっと鳴らす。


「あ~あ、やっぱこうなっちゃうのね~」


 吐き出した声には温度がなく、そこでようやくパーティメンバーが振り返る。

 それは予想されていた事態だった。

 ……そう、話の発端は3日ほど前に遡る。





「ゼンジさん、貴方にひとつ仕事を依頼したい」

「えー、やだー」


 酒瓶を抱えたゼンジが首を振ると、ギルドマスターであるヴァレリアスは秀麗な顔を歪めてみせた。

 冒険者ギルドは今日も今日とて活気に満ち溢れ、一方で奥まった席では昼間から酔いつぶれている者もいる。

 ゼンジは当然、後者だった。

 そのゼンジの前に立つ男、ヴァレリアスはギルドマスターとしては異例の24歳。

 侯爵家の次男が王都から左遷されギルドのマスターに就任すると聞いた時はどうなるものかと思ったが、このヴァレリアスという男は噂とは正反対に超がつくほどの真面目で、そしてシゴデキだった。

 ようはシゴデキ過ぎて疎まれたというやつである。


 対してゼンジはといえば、歳は40過ぎ。うだつが上がらない中年男を絵に描いたような存在だった。

 ぼさぼさの黒髪に無精ひげ。

 節くれだった無骨な指は傷だらけで、東方風の衣服もあちこち繕い継ぎはぎだらけだ。

 だが、伸び放題の前髪の間から覗く双眸は、長い月日を過酷な環境においてきた者特有の深い色を宿している。


「Aランクパーティである”白銀の天秤(シルバーリブラ)”が鍵開け師(ピッカー)を探している。貴方に受けて貰いたい」


 ヴァレリアスはゼンジの反応を無視して話を続けるつもりらしい。

 こんな時でも丁寧に椅子を引いて座るあたりに育ちの良さが窺える。


鍵開け師(ピッカー)が必要ってことは、どこかの古代遺跡に潜るってこと?」


 ゼンジの問いかけにヴァレリアスは頷く。


「申請書にはシルドラード古代遺跡の地下ダンジョンとある」

「なるほど。そら確かにピッカーが必要だわね」


 通常のダンジョンならば鍵開け師(ピッカー)の技術は必要ない。

 だが特定の古代遺跡ではゲートや宝箱を開けるためにピッカーの腕が必要になる。

 故に多くのパーティは鍵開け師(ピッカー)を正式メンバーとはせず、特定ダンジョンに潜るときのみ臨時で雇うのが常だった。


「でも”白銀の天秤(シルバーリブラ)”と言えば、今をときめく一軍パーティじゃない。

 リーダーのアルフォンスが来ると町中の女の子が着飾るだとか、聖女のエルナちゃんには熱烈なファンクラブがあるだとか。

 ……雇われたがる鍵開け師(ピッカー)も多いんじゃない?」


 ゼンジが肩をすくめるとヴァレリアスは机の上で指を組ませて首をふる。


「それが、そうでもないんだ。彼らが今までに雇った鍵開け師(ピッカー)の帰還率が6割を切っている。ピッカーの多くは警戒を抱いているが、相手がAランクパーティともなれば依頼を断るにも角が立つ」


 告げられた言葉にゼンジは気だるげに眉尻を引き上げた。


「……6割は、まぁ、……普通じゃない?」

「ダンジョンの過酷さと、多くの鍵開け師(ピッカー)が戦闘に不向きである事を鑑みれば、不自然な数値ではない。だが、帰還しなかった4割がつねに”高額報酬が支払われた時”に偏っている」

「ふむふむ?」


 つまりはこういう事だろう。

 普段は品行方正なパーティのふりをしているが、報酬が高額になった時のみピッカーを切り捨てる。

 なぜこんな事が起こるのか。

 それは王国内ギルドが定めた、『公平寄与保証フェア・コントリビュート』があるためだ。


 『公平寄与保証フェア・コントリビュート』。

 日雇いメンバーであれ、ダンジョン内でパーティが財宝を得た場合、その評価額の7パーセントを受け取る権利を有する。

 本来、それは立場の弱い労働者の生活を守るための光り輝く理想だった。


 とくに鍵開け師(ピッカー)は、求められる技術や潜るダンジョンの危険性に報酬が見合わない”不遇職”だと言われており、近年担い手が激減した。

 それを解消するための法だった筈なのだが、……

 現実には「七分の呪い」と揶揄される悪法に成り下がっている有様だった。


 なにせ、一億の宝を見つければ七百万、十億なら七千万を、非正規メンバーに支払うのだ。

 欲に目の眩んだ連中が導き出す答えは、いつだって一つだ。

 ――支払うべき相手を、支払う前に「消す」。

 究極の経費削減。

 それを実行するクズどもにとって、ダンジョンは最高のゴミ捨て場だ。


 つまり”不遇職”鍵開け師(ピッカー)をより不遇に追いやってしまったと言う訳だ。


「まぁでも、報酬が高額ってことはダンジョンの難度が高かった可能性もあるんじゃない?」

「その可能性はある。黒と断定できていないからこそ、貴方にこの仕事を依頼したい」


 ヴァレリアスはそこで一息おいた。


「――先代のギルドマスターから、貴方の”裏の仕事”については聞いている」

「あらま」

「報酬も望みのものを用意する」


 その言葉に、ゼンジは酒で湿った唇を舐める。


「オーケイ、若旦那。その依頼、承った。

 それじゃ報酬は、砂漠の隠れ里ルトヤヤの蒸留酒、アンバー・アンブロシアだ」



 


 と、言う経緯を経て、Aランクパーティ”白銀の天秤(シルバーリブラ)”の依頼を受けることになったゼンジだったが……。


(いやぁ、凄いわー。これが噂のアルフォンス君かぁ。こら、人気になるのも当然だわな)


 ゼンジは心の底から感心していた。

 ギルドの紹介とはいえ、大抵のパーティはゼンジのような”おじさん”が出て来るとあからさまに渋い顔をする。

 理由は簡単。優秀なピッカーほど早死にだからだ。

 優秀な鍵開け師(ピッカー)ほどダンジョン深部へと潜れるため、報酬目当てのパーティに消される可能性が跳ね上がる。

 ゼンジのような”生き残り”は腕が悪く深層にたどり着くことが出来ないのだと見做される。

 だがアルフォンスはそんな素振りは微塵も見せないどころか、太陽の微笑みと名高いキラキラな笑顔を振りまいてきた。


「はじめまして。アルフォンスと申します。自分たちのような若輩者ばかりのパーティに参加して下さりありがとうございます!」


 聖女エルナは艶やかな黒髪を揺らしながら頭を下げる。


「本当にありがとうございます。頼りにしていますね、ゼンジさん」


 スカウトのクオンと、魔術師のカミルもAランクの称号を鼻にかけることなくゼンジを歓迎した。


「それじゃあ、早速出発しましょう。ゼンジさんの背後は自分たちが全力で守りますので安心して下さいね」

「もし万が一怪我をした時は私がすぐに回復します!」

「おいおい、スカウトの俺が目を光らせてるのに怪我なんてさせる筈ないだろ?」

「そうですよ。大事なピッカーに指一本触れさせる前に僕の魔法ですべて氷漬けにしてやります」


 白銀の天秤(シルバーリブラ)のメンバーたちの振舞いは実に自然だった。

 ダンジョンに入ればスカウトのクオンが先頭に立ち、接敵すればアルフォンスが矢面に立ち敵を薙ぎ払う。

 ゼンジと言えば、指を咥えて見守っているだけだった。

 事前に怪しいと聞いていても、鍵開け師(ピッカー)を見捨てざるを得ない事故が起こったのではと思ってしまう。


 シルドラード古代遺跡の地下ダンジョン。

 それは千年以上前に隆盛を極めた古代文明の存在を今に伝えるものだった。その内部構造は複雑で、千年の時を経てなお崩壊は局所的にしか見られない。

 内部には現代の人間にはとうてい作り出すことが不可能な魔導機が眠り、それを得ることは冒険者にとって一攫千金のチャンスとなる。

 しかし、外界と切り離された地下世界に巣食うモンスターは、地上のものよりも強力な個体が多い。

 予測不可能な行動をとる亜種も多く存在する、……まさに死と隣り合わせの場所だった。

 さらにそこには、通常の冒険者だけでは突破できない防衛機構が存在する。


「到着しました。ここが第一ゲートです。ゼンジさん、お願いします」

「あいあい、任されましたよー」


 ゲート、魔塔が定めた正式名称は『高次元魔術回路防衛郭』。

 それを開くのが鍵開け師(ピッカー)の役割である。


 つまりは鍵開けであるのだが、通常のピッキングとはまるで勝手が異なった。

 ゲートに取り付けられた端末に手を触れ微量な魔力を流し込みながら、書き込まれた回路を読み解いていく。それは暗闇の中で迷路を進むのにも似ており、微量な魔力を反射させることにより正しい回路を辿るのだ。

 ゼンジがゲートへと手をかざすと、傍らに魔術師のカミルがやってきた。


「ゼンジさん、ご迷惑でなければ間近で見学させて頂いても宜しいでしょうか?」

「おおー、いいわよー。やっぱり魔術師さんは未知の魔術回路に興味津々かい?」


 ゼンジが尋ねればカミルは眉尻を下げて笑う。


「はい。シルドラード文明の魔術は実に興味深いです。彼らの時代の魔術は僕らが使うものとはまったく異なる。緻密な回路を練り上げ物理的に破壊不可能な障壁を作り出すのも驚きですが、それを物質に”組み込んで”いるのが面白い」

「魔道具だって同じような仕組みじゃない?」

「ええ、概念としては同じです。しかし密度がまるで違う。これほど緻密な回路は、……現代の魔術師には再現不可能です」

「そういうものなのねー」


 ゼンジが笑いながらゲートの解析を開始する。

 指先に微量な魔力を宿せば、ぱちぱちと微かに静電気の爆ぜる音がする。

 鍵開け師(ピッカー)の技術は繊細だ。だが繊細とは地味な作業でもあり、戦闘職からは軽視されがちな技術でもある。

 鍵開け師(ピッカー)の学びの多くが座学によって養われる事や、魔術師ほど魔力量などの資質に問われないことも侮られる要因になっていた。

 故に魔術師の中には「魔術師になり損ねて鍵開け師(ピッカー)になった」と嘲笑するものも多くいる。

 だがカミルは、目を細め意識を凝らして、熱心にゼンジの作業を見つめていた。

 挙動の一つ、緻密な魔力操作をあますことなく観察する。


「いつ見てもピッカーの技術は凄いですね。こんな繊細な魔力操作が出来るなんて」

「やあねぇ。褒めてもなんも出ないわよ。おじさんはただ、この程度しか使えないってだけの話。カミル君みたいに派手な魔法が使えればいいなってずっと思ってるんだから」

「派手なら良いというものでもないですよ。Aランク魔術師であっても『高次元魔術回路』は解析不能です」


(謙虚な姿勢、技術者への尊敬の念。いやぁ、これが全部演技だとしたら怖いわー)


 ゼンジは内心で肩をすくめながらも難なくゲートを開錠する。

 次の瞬間、力強く腕を引かれ、今しがたゼンジがいた箇所をバリアントベアの爪先が掠めた。


「危ないッ!! ゼンジさんは俺の後ろへ! クオンは足を、カミルは目を! エルナはゼンジさんに防御結界をはってくれ!」

「「「はい!!!!」」」


 パーティは一糸乱れぬ連携を見せた。

 強敵とされるバリアントベアをものともせずに撃破する。


「いやぁー、凄いわー。見事な連携じゃないの」


 ゼンジが拍手を送ると、アルフォンスは照れ笑いを浮かべてみせた。


「実は僕たちは幼い時からずっと一緒に行動しているんです。……同じ、孤児院の出身者として、兄弟のように育ってきたので」

「孤児院の?」

「はい。僕らはみんな20年前に起こったコベナ遺跡魔力暴走で故郷を失ったんです。それ以来はコドリャス街の孤児院で育って」

「コドリャス街っていったら、今でも復興の手が足りてないところじゃない。そこの孤児院なんて……」

「お察しの通り、酷いものでした。食事も二日に一度食べられればいいほどで」


 アルフォンスが言葉を切り、他のメンバーも俯いた。

 皆、辛い過去を思い出しているのだろう。


「あの、……がっかりしましたか? 白銀の天秤(シルバーリブラ)のメンバーが全員孤児出身だなんて」


 恐る恐る問いかけるアルフォンスにゼンジは首を横にふる。


「いんや~、むしろ逆よ。おじさん感動しちゃったわ。孤児院出身で今はAランク冒険者だなんて、孤児たちの希望の星じゃないの」

「そう言って貰えると嬉しいです」


 アルフォンスがはにかんだ笑みを浮かべる。

 聖女エルナは一歩前に出ると、「実は」と切り出した。


白銀の天秤(シルバーリブラ)は、孤児たちを助けるために活動をしているんです。今も報奨金の多くは孤児院への寄付に使ってるんですよ」

「若いのに偉いねぇ。それに比べておじさんは酒代に費やして惰性で生きてて情けないわー」

「そんなことないです! ゼンジさんは素晴らしい人です。私たち、ゼンジさんとご一緒出来て良かったなって話してたんですよ!」

「おじさんそんな事言われたら泣いちゃうわ。歳のせいか涙腺が脆くなっちゃって」


 ゼンジが目を潤ませると、白銀の天秤のメンバーから笑顔がこぼれる。


「ゼンジさん、良かったらこの仕事が終わったら後に、孤児院を見に来てくれませんか?」

「いいですね! ゼンジさんも来て下さい。子供たちにこの人がゲートを開けてくれたお陰でご飯が食べられるんだよって紹介しますね!」

「いやいや、おじさんは紹介されるようなご身分じゃないわよー」


 エルナにおだてられ、ゼンジもまんざらではない顔になる。


「行きましょう。この調子なら、最下層まで一気に突破できそうです」


 アルフォンスの言葉に皆が頷き出発する。

 へらへらと笑うゼンジの様子に、白銀の天秤(シルバーリブラ)のメンバーは、その瞳の奥に密やかに侮蔑の色を宿していた。




 第二ゲート、第三ゲートと白銀の天秤(シルバーリブラ)は順調にダンジョンを踏破していく。

 時折、ヒヤリとする場面はあるものの、メンバーの結束がそれを補って有り余る強さを見せていた。

 そうして、ついに迎えた最深部の第四ゲート。

 そこは、今までのダンジョンとはまるで異なる様相だった。

 磨き上げられた黒い石材に、明滅する青のラインの魔導。空気は不自然なほど澄んでおり、どこからともなく、静電気のパチパチという音が聞こえてくる。


「おやまぁコイツは、……随分と口説きがいがありそうじゃない」


 ゼンジは巨大なゲートに歩み寄ると、その黒い表層に手を触れた。

 指先から流す微量な魔力が毛細血管のように張り巡らされた回路を巡り、管理コンソールが浮かび上がる。

 慎重に一つずつ、あるいは遠回りしながら一つずつ防衛壁を突破して、システムをレッドからグリーンへ塗り替える。


「――はいはいっと、これで完了。開け~ゴマ!」


 パチンっとゼンジが指を鳴らすと巨大なゲートが軋む音を立てながら開いていく。

 ゼンジが振り返るのと、脇腹に鋭い痛みが走ったのはほぼ同時だった。

 指先に痺れが走り、視界が回る。受け身すらとれずにゼンジは床に転がった。


 かくして物語は冒頭に戻る。


「悪いな、おっさん。鍵開けしか能がないアンタとはここでお別れだ。

 足手まといにこのお宝が不相応だって事くらいは分かるだろう?」


 突き放すようなアルフォンスの声。


「あー、もう、エルナずっとこのおじさんと一緒にいるの嫌だったんだよー。

 だってほらー、酒臭いっていうか、加齢臭? ようやくお別れ出来て清々したー」

「安心しろよ。このナイフに仕込んだ毒はただの痺れ薬だ。しばらくすれば動けるようにはなる。動けるようには、な」

「まぁ動けるようになった所で、足手まといの貴方がこのダンジョンから抜け出せる可能性は万に一つもありませんが」


 聖女エルナのあざ笑う声に、クオンとカミルの声が重なった。

 白銀の天秤(シルバーリブラ)のメンバーはゲートの奥へ入るなり、そこに眠っていた数多の魔道具に歓声をあげる。

 磨き上げられた魔鉱石はたった一つでも一財産になるほどの価値を秘めており、それは床のあちこちに無造作に積み上げられている。

 それだけではない。

 魔塔の魔術師たちが喉から手が出るほど欲しがる魔力増幅装置に万病を治すと言われるトレマラの秘薬。

 すべての冒険者が探し求めている富のすべてがそこにはあった。


「見ろよ、アル! これだけあれば一生遊んで暮らせるどころの話じゃない! 王にだってなれるぞ!」

「エルナ、こっちにルベスティアの羽がある! お前がずっと欲しがってたやつだろ?」

「夢みたい! 本当に存在するなんて。これさえあれば、永遠に若いままの外見を保てるのよ!」

「こいつはググゼアの魔鏡だ。はは、凄いぞ、これさえあればどんな場所でも覗き見れる!」


 歓喜に打ち震える白銀の天秤(シルバーリブラ)のメンバーは、ゼンジが密かに起き上がったことに気付けずにいた。


「あ~あ、やっぱこうなっちゃうのね~」


 その声にようやくアルフォンスが振り返る。


「おい、クオン。どういう事だ。ちゃんと痺れ薬を使ったんだろ?」

「使ったさ。だが量が足りてなかったのかもしれないな。でも構わないだろ。邪魔をするってなら殺すだけだ」


 腰からダガーを引き抜いたクオンは次の瞬間、防衛機構に膝を打ちぬかれ、床に転がって悲鳴をあげた。


「警告その1、宝物庫の防衛機構を起動させた。武器の使用は厳禁よ」


 笑うゼンジにクオンは殺意を籠めた瞳で睨みつける。


「おおっと、魔法も攻撃に見做されるから使わない方が身のためだぜ、カミルちゃんや」


 詠唱に入ろうとしたカミルへ速やかに釘を差す。

 アルフォンスはぎりぎりと奥歯を噛みしめながら、それでも何とか冷静を保って口を開いた。


「一本取られましたよゼンジさん。まさか開錠だけでなく、制御も出来るなんて思いませんでした。

 ……でも、どうするんですか?

 あなた一人では魔物が徘徊するダンジョンを抜けて地上に戻るのは不可能ですよ」

「おやまぁ、心配してくれちゃって嬉しいねぇ。でも大丈夫。

 シルドラード文明の古代遺跡ってのはあちこちに転移方陣があってね。そいつを使えば地上まではひとっ飛びってわけ。

 まぁ、君たちじゃ作動するのも難しいだろうけどね。

 あ~、ちなみにカミル君が必死におじさんの技術を盗もうとしてたけど、あれ、4割フェイクだから。そのまま真似したって使えないどころか、一歩間違えたらドッカンよ、ドッカン」


 途端に顔色が悪くなるカミルに、ゼンジは穏やかな笑みを向ける。


「ま、待って下さい! 貴方をだましたことは謝ります。でも私たちが孤児院を援助するために活動しているのは本当なんです!」


 一歩前に踏み出して訴えてきたのは聖女エルナだ。

 大粒の涙を湛えた彼女の瞳で見つめられた者は必ず庇護欲をそそられる。そう、彼女は信じていた。

 だが、ゼンジはひょいっと肩をすくめたのみだ。


「うん。それで?」


 聖女エルナは呆気にとられ、かわりにアルフォンスは声をあげる。


「俺たちは真面目に戦ってきたんですよ! 何度も死ぬ思いをして、必死に這い上がって!

 まだ稼ぎが少ない頃から、孤児院の連中を救いたい一心で援助を続けてきたんだ!

 俺たちは正義のために、……心を犠牲にしてでも戦ってきたんだ!」

「うん、だから、……それで?」


 ゼンジは首を傾げる。

 まるで彼らが言っていることを何一つ理解できないといった顔で。


「孤児院に援助する。そらご立派だね。で、……それがなんだって?

 それが誰かを踏みつける理由になるって? いんや、ならないね。

 誰かを切り捨てていいと選んだ時点でお前たちはただのクズになり下がったんだよ。

 だがまぁ、それもいいさ。クズ万歳。おじさんもクズだしお前もクズだ。生きてりゃ綺麗ごとばかりじゃいられないわな」


 そこでゼンジはにっこりと笑う。


「クズ同士がやりあって、間抜けな方が負けただけだ。単純な話だろ?」


 クズ。

 それは白銀の天秤(シルバーリブラ)の在り方を根本から否定するものだった。

 その一言で、アルフォンスの中で何かが弾ける。


「貴様ぁあああああ!!!! 撤回しろ!!!! 俺たちはクズなんかじゃないッ!!! ぐああああッ!!」


 剣を抜き払ったアルフォンスは、次の瞬間に防衛装置に腕を打ちぬかれた。

 その腕が、剣をもったままはじけ飛ぶ。

 ゼンジはその様子に「だから言ったじゃない」と呆れてみせた。


「だいたいね、君たちが稼ぎの何割を孤児院に寄付してたか知らないけどね、二割でも入れてりゃとっくに再建も出来てるでしょうに。

 だが、そうしなかった。自分たちの”善意の理由”を作るために、はした金を送り付けて人を踏みつぶす理由にした。

 いやまぁご立派な正義ですこと!」


 くるりっとゼンジはその場で愉し気に回ってみせる。

 そうして口角をにんまりと吊り上げて言葉を続けた。


「警告その2、あと30秒でこの部屋の滅菌装置が作動する。はやく逃げ出さないと君たちは全員お陀仏だ。

 警告その3、第四ゲートの閉鎖を開始、……ほ~ら、よーいドン!」


 ゴゴゴゴっと軋みたてて第四ゲートがゆっくりと閉鎖を開始する。

 白銀の天秤(シルバーリブラ)のメンバーは、互いの顔を見合わせた。

 クオンは、足を引きずりながらも駆け出した。カミルもまた駆け出したが、腕には大量の魔鉱石を抱えており、走る速度は遅くなる。聖女エルナは一瞬だけアルフォンスを見たものの、すぐに走り出そうとし、その足首をアルフォンスが捕まえた。

 ゼンジだけが悠々とゲートを潜り抜けて廊下に戻る。

 重いドアが完全に閉まり切る瞬間に、クオンの腕が突き出され、……それは無惨に圧し潰される。

 口惜し気に床を引っ掻く手首を見ながら、ゼンジは溜息を吐き出した。


「お仕事終了。せめてもの餞に君たちが溜め込んできた報奨金は孤児院に寄付しといてあげようかね」


 恨まれたくないし、と言葉をつなげゼンジはゆらゆらと歩き出す。

 あとには静寂だけが残っていた。






 約束通りゼンジの前には、キンキンに冷やされた琥珀色の液体が置かれていた。

 砂漠の隠れ里ルトヤヤの蒸留酒、幻の酒と言われる、アンバー・アンブロシア。

 ギルド執務室の重厚なテーブルを挟んでヴァレリアスは秀麗な顔をしかめている。


 「……それで、彼らはどうなった?」

 「んー、まぁ今頃は滅菌されて跡形もなくなってるんじゃないかねぇ。前にあそこに連れ来んだ連中も欠片も残っていなかったし」


 ヴァレリアスは重い溜息を吐き出すと、複雑な表情で書類にペンを走らせる。


 「……分かった。彼らの今までの報酬は、規定通り全額コドリャス街の孤児院へ送っておこう。匿名でな」

 「そうしてあげて。あー、いい香りだわ、これ。脇腹の穴も、この香りを嗅げば塞がりそうだ」


 ゼンジはグラスを傾け、伝説の蒸留酒を一口煽る。

 喉を焼くような熱さと、鼻に抜ける甘美な香り。


 「まぁ、クズもクズなりの美学がある。あいつらはそれが無さ過ぎた」


 お勉強代にはちょいと高すぎたかもしれないが。

 それはそうとて、今日も今日で酒が美味い。ゼンジにはそれで十分だった。




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― 新着の感想 ―
とても面白い設定なのでシリーズ化して2,3PTぐらい処してほしいですね!
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