【エッセイ】脳内はド変態なのに、指一本で気絶する私が、ヒロインを地獄に突き落とす大人な小説を書く理由。
【はじめに】
初めまして。蜜月と申します。最近なろうデビューした者です。
読んで字の如く、タイトルの通り「痛みにとことん弱い作者」が、なぜ小説家になろうが運営している大人な小説サイト(ムーンライトノベルズ・ノクターンノベルズ)で、あんなにも激しい小説を書き始めることになったのか。
その切実すぎる理由と、性癖のルーツについて書こうと思います。
その前に一つだけ注意させてください。
私が普段活動しているムーンライト、ノクターンノベルズは、18歳未満及び、18歳であっても高校生の方は執筆、閲覧は禁止されています。これは運営の規約に記載されていることなので、高校を卒業後に大人な世界を楽しんでくださいね。
このエッセイ自体は全年齢向けにマイルドに書いていますが、扱うテーマがテーマですので、ご興味ある方だけ読んでいってくださると嬉しいです。
【小学生からの英才教育】
私は元々、品行方正に生きてきた……はずでした。
けれど、私の「深読みセンサー」は、幼い頃から少し壊れていた(あるいは感度が良すぎた)ようです。
始まりは小学生の頃。
図書室で借りた『源氏物語』。
雅な世界の裏で繰り広げられる、不義密通、略奪、そして六条御息所の生霊……。
「これ、ただのドロドロ昼ドラじゃない!?」と衝撃を受けつつ、その背徳感にドキドキしていました。
さらに、『古事記』や『ギリシャ神話』。
神様たちの奔放すぎる愛憎劇や、現代の倫理観ではアウトな求愛行動の数々に、過剰なほど反応してしまう子供でした。
教科書的な「神聖な物語」として読む周囲を他所に、私一人だけが、行間に隠された「激しさ」を勝手に受信していたのです。
【90年代~00年代の「開花」】
そんな素養を持ったまま思春期に突入すれば、当然のように「そっち側」へ転がり落ちます。
友人から回し読みした漫画たち。
例えば『快感♥フレーズ』。
過激な歌詞や描写に「これ、本当に少女誌に載せていいの!?」と赤面しながらも、ページをめくる手が止まりませんでした。
『闇の末裔』や『天使禁猟区』などの耽美で背徳的な世界観にも、多感な時期の私はどっぷりと浸かっていました。
【文芸世界への没入】
活字の世界へ行けば、さらに深い沼が待っていました。
長野まゆみさんの耽美で美しい世界観や、村山由佳さんの瑞々しくも濃厚な短編たち。
特に『大地の子エイラ』で、主人公が異種族の男性たちに虐げられるシーン。
かわいそう、と思いながらも、その「抗えない支配」にゾクゾクしてしまい、何度もそのページを読み返してしまう自分がいました。
大人になってからは、さらに刺激的な現代文学にも触れました。
例えば、金原ひとみさんの作品。
痛みと快楽が分かちがたく結びついた、ヒリヒリするような描写。痛いのが苦手なはずの私が、文字を通して読むその「痛み」には、なぜか惹きつけられてしまうのです。
そして、島本理生さんの恋愛小説。
どうしようもない相手だと分かっているのに、身体ごと絡め取られていくヒロインたち。その湿度のある生々しい描写に、息を止めて読み耽った夜が何度もありました。
フィクションの世界なら、どんなに激しくても、どんなに泥沼でも許される。
痛くても、苦しくても、最後は物語として昇華される。
そんな「壊れた世界」に、私は救われていたのです。
【余談:高度すぎた誤読】
そういえば、当時好きだった本に『政治的に正しいおとぎ話』というユーモア作品があります。
赤ずきんちゃんなどが、現代的な権利や平等を主張するという内容なのですが、当時の私はこれを「なんだかエッチな本だな」と思って読んでいました。
特に、オオカミに対して放たれる「私のパーソナル・スペースを侵さないで(Don't invade my personal space)」という台詞。
これを私は、「私の『聖域(身体)』に、許可なく踏み込んでこないで」という、ギリギリの攻防のような、背徳的な意味だと勝手に脳内変換してドキドキしていたのです。
……ですが、この記事を書くにあたって改めて調べてみたところ、
「他人に近づきすぎて不快感を与えないための、物理的な距離感」
という、ごくごく一般的な心理学用語でした。
ただの社会的なマナーの話を、勝手に「陵辱のメタファー」として受信していた当時の私。
自分の妄想力のたくましさに、我ながら呆れるやら感心するやらです。
【現実の身体はポンコツ仕様】
そんな妄想エリートな私ですが、現実の私はというと――お恥ずかしながら、未だに「超・箱入り娘(物理)」です。
なぜなら、物理的に無理だからです。
だって、すごく痛いから。
初めての婦人科検診の時のことです。
頭の中がマニアックな私は、変な期待と不安を抱いていました。
しかし現実は非情です。
検査器具が入った瞬間、身体の内側を焼かれるような激痛が走り、私は診察台の上で叫びました。
「痛い! 痛いんです!!」
検査終了後、私は強いショックで足が震え、寒気が止まらなくなり、看護師さんに抱えられて別室で休むことになりました。
診断は「迷走神経反射」。痛みや恐怖で神経がショートしてしまったのです。
お医者様には「小さい頃に、何か怖い目に遭ったトラウマとかある?」と真顔で聞かれました。
いいえ、そんなことはありません。ただただ、私の身体が異物を受け付けないだけ。
診察で失神しかける私がもし、小説のような激しい目に遭ったら、ショック死してしまうんじゃないかと本気で思います。
パートナーとの関係においても、それは変わりませんでした。
ロマンチックな雰囲気など、激痛の前では塵同然です。
お医者様に相談して麻酔を処方してもらったことさえありますが、そこまでして歯を食いしばり、冷や汗を流して耐える行為の、一体どこに「快楽」があるというのでしょうか。
私の身体は、快楽を知る前に、痛みでシャットダウンしてしまうのです。
【書くことは、叶わない夢を見ること】
つまり、私が小説の中でヒロインにあられもない姿を演じさせ、快楽におぼれさせている理由は、ただ一つ。
自分では、身体の奥が蕩けるような快感を、知ることができないから。
現実の身体がポンコツだからこそ、脳内では限界を超えてみたい。
痛みすらも喜びに変えて、とろとろに溶かされてみたい。
そんな、現実では絶対に叶わない「憧れ」を、私は小説の中に求めているのです。
これって、恋愛経験のない男の子が、漫画のような激しい展開を「これが恋愛なんだ!」と夢見てしまう……あの現象に近いのかもしれません。
そう考えると少し悲しいですが、それでも私は書き続けます。
現実では検診で気絶する私ですが、小説の中だけでは、何にでもなれるのですから。
そんな私の「魂の叫び」とも言える妄想の産物を、もし楽しんでいただけているなら、これほど嬉しいことはありません。
これからも、現実では不可能な夢を、文字に託していこうと思います。




