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第二章:「黎が待っているもの」

今日も私は黎が待っている屋上へと向かった。


冬の空が静かに色を変えていく中で、黎と会えると思うだけで、胸の奥がふわりと温かくなった。


病棟の窓から外を見ると、淡く輝く雪の結晶が少しずつ舞っていた。


体はまだ完璧ではなくても、今日はどうしても屋上に行きたかった。


エレベーターを使い、車椅子でゆっくり屋上へとあがり、屋上へ続く扉を開ける。


冷たい風が一気に吹き抜け、私のコートの襟が立った。


足元に積もる雪が、静かにふくらんだ足音を吸い込んだ。


屋上の手すりまで辿り着くと、彼がいた。


「来てくれたんだね」


黎は、空を見上げながら静かに言った。


「うん、来たよ」


私は微笑んで応えた。雪の粒が手すりの金属を走って、ひとつ、ふたつ軽く跳ねた。


黎「雪の降る日は、白星花が咲きそうでさ」


黎がぽつりとつぶやいた。


「咲く気配、って?」


私は少しだけ声を弾ませて聞いた。


「うん。雪が静かに空へと帰るとき、夜の光が少しだけ近くなる気がするんだ。

そのときに“花”が現れるんだと思う」


彼の言葉が、冬の風景に溶け込んで、私に届いた。


その瞬間、私は思った。


―黎と一緒にいると私のかすかな”なにか”が動いてる。―


だけど、その“何か”がまだ分からなかった。


黎と話していると空はオレンジの余韻から群青へ移ろい、街の灯りが雪の上に淡く反射していた。


私たちは手すりに並び、それぞれの呼吸を白い息に変えて、静かに時を過ごした。


「ねえ、黎」


私は声をひそめて話しかけた。


「どうして星が好きなの?」


彼は少し動いて、私の方を見た。


「隠れた気持ちを星が見てる気がするんだ。昼間なら見えすぎて、


許せないことも、隠したいことも、全部太陽の光の中にさらされちゃう。


でも星は…星の光は日常の中でいろんな”光”があるけど、暖かくて。優しくて。少し切なくて。


特別なんだ。自分の中の”本当の気持ち”を見つけてくれる。」


私はその話を聞いて、ずっと胸の奥が静かに揺れていた。


―私も、昼間ではなく、この屋上に来る夜の時間が好きだった。―


「黎はいつもどうしてここにいるの?」


私は少し震える声で聞いた。


彼は黙って屋上を見渡し、手すりに手を置いてから答えた。


「俺は、ここに大事な人がいるんだ。少なくとも、その人と同じ時間を持ちたかったんだ」


その言葉だけでは、何を背負っているのか分からなかった。でも、その響きには悲しさと優しさが混じっていた。


私はそっと近づき、コートの裾を整えながら言った。


「私、事故で覚えてないことが多くて…でも、ここに来ると“今”だけは覚えていたいなって思うんだ」


彼は少し驚いた表情を見せたあと、静かに微笑んだ。


「それでいい。今を覚えていれば、それでまた“本当の自分”になるかもしれないから」


彼の声は、夜の風景と同じ色をしていた。



時間が経つにつれて、雪の結晶は再び舞い始めた。


白い結晶が私たちのコートに静かに降りて、そして消えた。


「私ね…」


私は深呼吸して言った。


「…白星花、見てみたいな」


彼はうなずいて、空を見上げた。


黎「きっと見えるよ。雪なら」


その言葉に、なぜか懐かしさを感じた。


―私、本当に見えるかな―


屋上の手すりに寄りかかりながら、私はそっと目を閉じた。


冷たい風が耳の後ろを通り抜け、雪の粒がひらりと肩に落ち、ゆっくり溶ける。


一瞬だけ、世界が少しだけ止まったように思えた。夜の空が深く澄み、星の光が少し強くなった気がした。


―もし、この夜に白星花が咲くのなら、私の願いも少しだけ光になるかもしれない。―


そう思った。


私たちは言葉を交わさず、ただ一緒にいた。まるで雪と星と夜の風に包まれたようだった。


静かな約束が、無言のうちに結ばれた。その約束が、次の瞬間へとつながるように。


そして、私は心の中で確かに願った。


―どうか、私の中に眠っている“本当の自分”と”記憶”が、白星花とともに咲きますように。―



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