-ダリウスside-
お茶会を早々に切り上げ、王宮の廊下を駆けた。
執務室の扉の前で一瞬立ち止まり、深呼吸をする。
心臓が早鐘のように打ち、胸の内には決意と僅かな緊張が交錯していた。
父の従者カシアスが心配そうな目で私を見つめる。
私は小さく頷き、彼の手を借りず、自ら扉に手をかけた。
室内には、国王陛下とレオナス王太子殿下が執務机ではなくソファに腰を下ろし、和やかな雰囲気の中で談笑していた。
一礼し、静かに口を開く。
「父上、レオナス兄上。お時間を頂戴したく存じます。急ぎのご相談がございます」
父上は穏やかな笑みを浮かべ、片手を軽く上げて私を招き入れた。
「ダリウス、急ぎとは何だ? その熱心な顔、よほどのことだろう」
レオナス兄上もまた、私の真剣な表情に興味を引かれたようで、軽く身を乗り出した。
「ダリウス、今日は母上のお茶会だったろう? 何か面白いことでもあったのか?」
レオナス兄上のあの顔……完全におちょくる気だ!
私は一瞬だけ視線を落とし、心の中で言葉を整えた。
だがすぐに顔を上げ、迷いを断ち切るように、まっすぐ言葉を放った。
「父上、レオナス兄上。ヴォルシア伯爵令嬢、リーディア嬢と婚約を望みます」
室内に静寂が流れた。
父上は驚きを隠さず、眉を軽く上げる。
「ほう、ヴォルシア伯爵家か。真面目で誠実な家柄だ。だが、ダリウス、今日のお茶会は初顔合わせだったはず。もう少し時間をかけて見極めるべきではないか?」
レオナス兄上は口元に笑みを浮かべ、弟をからかうように言った。
「ダリウス、ずいぶん急ぐじゃないか。リーディア嬢のどこにそんな心を奪われたんだ?」
顔が熱くなるのを感じたが、真っ直ぐに答えた。
「彼女の魔力の輝きと、領民を想う心です。エルウィン卿も認めるほどの資質を持ち、純粋に魔術師として国を支えたいと願っています。彼女のような者は、放っておけば危険に晒されるやもしれません。どうか王家で保護し、共に学び、育む機会を頂きたいのです」
父上は顎に手を当て、思案するように目を細めた。
「魔力が強いとなれば、確かに保護が必要かもしれない。だが、王子妃と宮廷魔術師の両立は難しい。貴族の派閥の均衡も考えねばならん。ヴォルシア家はカルディエン公爵の派閥に近い。レオナスの婚約者がカルディエン公爵令嬢である以上、権力が一方向に偏る恐れがある」
レオナス兄上はソファに背を預け、軽く笑いながら言った。
「父上、ダリウスの熱意は本物ですよ。リーディア嬢の資質を試しつつ、派閥のバランスも見極めればいい。どうだろう、ダリウス。彼女を婚約者として公にせず、まずは王宮で共に学び、資質を見極めるというのは?」
一瞬、言葉に詰まったが、すぐに頷いた。
「それで構いません。リーディア嬢が王宮で学び、魔術師としての道を歩む中で――認めさせます」
「よかろう。リーディア嬢を魔術師候補として王宮に迎え、保護しよう。だが、婚約の公表は時期尚早だ。レオナス、そなたに彼女の資質を見極める任を委ねる。ダリウス、そなたも共に学び、彼女を支えるのだ」
「かしこまりました」
父上は微笑み、ゆっくりと頷いた。
レオナス兄上は私の肩を軽く叩き、温かな声で言った。
「ダリウス、リーディア嬢と共に少し働いて貰えるかな」
「声と言っていることが違うのですが……」
「酷いなダリウス。私はかわいい弟の頼みだから、力を貸したのに――」
父上もまた、私たちのやりとりに目を細め、穏やかな笑みを浮かべた。
だがその笑みは、レオナス兄上の次の言葉で一変する。
レオナス兄上がふと真剣な表情になり、声を潜めた。
「父上、ダリウス。もう一つ、話しておくべきことがあります。オルフェ公爵家についてです」
父上の表情もまた、僅かに引き締まった。
そのまま、視線をドア前に待機していたカシアスに向けている。
廊下を気にしているのだろうか?
「オルフェ家か。確かに、あの家は近年、妙な動きを見せている」
「オルフェ公爵令嬢は招待状もないのに母上のお茶会に現れ、まるで自分が王子妃に選ばれると決めつけていました。彼女の兄、ゼノヴァリオンエボンも、王宮を我が物のように振る舞い、不敬な発言を繰り返しています」
レオナス兄上は頷き、静かに言った。
「オルフェ公爵家は、かつての栄光を失いつつある斜陽の家だ。だが、その焦りが危険な動きに繋がっている可能性がある。父上、実は王家の影から報告が上がっています。オルフェ公爵が隣国のカナレ王国と密かに接触している形跡があると」
父上は目を鋭くし、ソファから身を起こした。
「カナレ王国だと? 大陸全国家から敵視されるあの国と? 証拠はあるのか?」
レオナス兄上は、父上の問いに対し慎重に言葉を選びながら続けた。
「まだ確たる証拠はありません。だが、オルフェ家の使者がカナレ王国との国境近くで不審な動きを見せ、密書を交わしていたとの報告です」
驚きを隠せず、声を上げた。
「カナレ王国と結託するなど、オルフェ公爵家はそこまで落ちぶれたのですか?」
父上は静かに息を吐き、落ち着いた声で言った。
「オルフェ家はかつて王家に次ぐ権勢を誇ったが、近年は経済的にも政治的にも力を失いつつある。彼らがカナレ王国との繋がりで影響力を取り戻そうとしているなら、王家としては看過できん。だが、拙速に動けば他の貴族たちが混乱し、かえって国が乱れる」
そのとき、部屋に控えていたカシアスが、静かに一歩前へ出た。
深く頭を垂れ、低く、しかし確かな声で言う。
「陛下……オルフェ家の件、誠に申し訳ございません」
その言葉に、父上は一瞬だけ目を細めた。
だがすぐに、穏やかな声で応じる。
「カシアス、お前が謝ることではない。そなたは、王家の忠義者として長年仕えてくれている。今も変わらず、我が信頼する者の一人だ」
カシアスは深く頭を下げたまま、何も言わなかった。
カシアスとオルフェ公爵家は何か関係があるのか……。
かつての雇用主だったのか?
それとも、もっと深い繋がりが……?
レオナス兄上は私に視線を向け、穏やかだが力強い口調で言った。
「ダリウス。リーディア嬢の婚約を公にしないのは、オルフェ家を泳がせるためでもある。隣国との密約の真相を暴く必要がある。リーディア嬢を王宮に迎えることで、彼女を保護しつつ、オルフェ家の動向を見張る機会にもなる」
カナレ王国――魔術師を誘拐し、洗脳し、兵器のように使うことで知られる、忌まわしき国。
その手が、リーディアに伸びるかもしれない。
彼女の魔力は、確かに目を見張るほど強い。
だからこそ、王家の保護が必要だと私は訴えた。
だが兄上は、彼女を守るためだけに婚約を伏せると言ったわけではない。
レオナス兄上の目は、いつも穏やかで優しい。
けれどその奥にある計算の鋭さを、私はよく知っている。
リーディアを王宮に迎え、婚約を公にせず、あくまで〖魔術師候補〗として扱う。
それは、彼女を守る盾であると同時に――餌でもある。
「分かりました。でも、私はリーディア嬢を守りますよ」
リーディアが王宮にいることで、彼らは興味をもち尻尾を出すかもしれない。
兄上はそれを狙っている。
リーディアを囮にするなど、私には到底受け入れがたい。
だが、彼女を守るためには、王家の力が必要だ。
そして、王家の力を動かすには、兄上の策にも乗らねばならない。
私は拳を握りしめた。
リーディアを守る。
それが、私の誓いだ。
彼女が王宮で学ぶ日々の中で、誰よりも近くで支え、見守る。
もし、彼女に危険が迫るなら――私は、王子としてではなく、一人の人間として、彼女を守る。
国王は二人の息子を見やり、満足げに微笑んだ。
「ダリウス、レオナス。そなたたちの絆と決意は、我が国の未来を支える柱だ。リーディア嬢を大切にし、王家の責務も果たしてほしい」
レオナス兄上は軽く笑い、大きな手で私の頭をくしゃりと撫でた。
「ダリウス、リーディア嬢はお前が守ると言ったんだからな。兄として、応援してるよ」
「兄上、必ず守ります。そして、リーディア嬢と共に、国のために尽くします!」




