王妃のお茶会2 リーディア12歳
私たちは、お茶会開始時間に間に合っていたが、馬車の渋滞による遅れが認められ、開始時刻が少し後ろ倒しになった。
私は親と別れ、案内された庭園の席に静かに腰を下ろした。
まだ、半分の席が空いている。
色とりどりのドレスがちらほらと揺れ、誰もが少しずつ距離を測っているようだった。
王妃様のご厚意により、宮廷魔術師エルウィン卿が、お茶会の始まりまでのひとときを使い、子供たちの前で魔術の演示を披露してくださることになった。
エルウィン卿は、銀糸の刺繍が施されたローブを揺らしながら、優雅な所作で一人ずつ令嬢の名を呼び、前へと招いた。
そのエルウィン卿のすぐ隣には、深い紫の瞳を湛えた少年が静かに立っていた。
めずらしい紫眼の持ち主は王家に一人だけと聞いていたから、彼が第二王子ダリウス殿下。
今日のお茶会の主役である。
勘の鋭い令嬢たちは、彼の正体に気づいたのか、驚きと敬意を込めて深々と淑女の礼を捧げた。
ダリウス殿下は、片手をあげ応えている。
殿下のもう片方の手には、魔術で生み出されたと思しき、淡く光を放つバラが握られていた。
エルウィン卿は令嬢に小さなステッキを持たせ、令嬢はうなずくとステッキを振る。
とても小さな輝く珠があらわれた。
とっても綺麗!
でもつかのま、空に消えていった。
次に呼ばれた令嬢も同じようにステッキを振る。
今度は、無数の小さな光の点がぱらぱらと現れてすぐ消える。
あぁ、もう消えちゃった……。
そして、ついに私の名前が呼ばれた。胸が高鳴り、手のひらが少し汗ばんでいるのを感じながら、私は一歩前へと踏み出した。
顔を上げると、ダリウス殿下の紫の瞳がまっすぐこちらを見ていた。
その視線は静かで、けれどどこか温かく、胸の鼓動がさらに速くなる。
「今日は来てくれてありがとう」
「リーディア・ヴォルシアでございます。ご招待ありがとうございます」
その言葉に続けて、私は深々と頭を下げた。
「さぁ、リーディア嬢。このステッキを握って」
エルウィン卿が差し出したステッキを、私はそっと両手で受け取り、頷いて言われたとおりに握った。
ステッキに小さな赤い石が埋め込まれていた。
このステッキを振るとあの光輝く珠が舞う。
心臓がドクン、ドクンと早鐘のように鳴り、ステッキを握る手がわずかに震えた。
私の魔術で現れる珠は、どんな姿をしているのだろう。
そっと息を吐いた。
「〖ルミナ・ヴェリタス〗と言うんだよ」
エルウィン卿はすぐさま「1・2・3、はい」とカウントを取った。
「〖ルミナ・ヴェリタス〗」
「〖ルミナ・ヴェリタス〗」
ダリウス殿下も一緒に唱えるんだ――そう思った瞬間、空気がふわりと揺れ、小さな蝶が目の前に現れた。
手のひらよりも少し小さく、キラキラと光の粒をまとった蝶。
「わぁ……!」
思わず声が漏れる。
素敵!
魔術って、なんて楽しいんだろう!
蝶は、ふわりと私の周りを一周すると、まるで何かに導かれるようにダリウス殿下の手元へと舞い、彼が持つ輝くバラの花弁にそっと留まった。
ダリウス殿下は、蝶とバラを見つめたあと、ゆっくりと視線をこちらに向け、私を見てほほ笑んだ。
その瞬間、魔力が共鳴し、光が一気に強く輝いた。
パァ――っと、光の粒が空へ舞い上がり、やがて庭園全体に降り注いだ。
「おおお! これは素晴らしいですな。二人とも素晴らしい才能だ。さらに魔力の相性がいい」
「私も……魔術が使えるのですか?」
「ええ、もちろんです」
エルウィン卿は微笑みながら頷いた。
「魔術師になりたいのか!?」
ダリウス殿下も、先ほどの幻想的な魔術に心を奪われたようで、頬がほんのり赤く染まっていた。
「領地の助けになるもの!」
「ヴォルシア領は、今年、雨が降らなかったんだったな」
流石、十二歳とはいえ王子だ。
小さな領地の状況をも把握している。
ダリウス殿下は、足元に転がった青紫に金粉が混ざった不思議な石を拾い上げた。
そんな綺麗な石が、いつの間に足元に?
「では、宮廷魔術師になってみてはどうでしょう?」
「エルウィン卿! それは――」
エルウィン卿が、冗談を言う。
しかし、ダリウス殿下はその言葉に反応し、思わず声を荒げた。
「私にもやらせなさい!」
突然、鋭い声が響いた。
振り返ると、エヴァンジェリンリリエがドレスの裾を翻しながら、堂々と前に出てきていた。
「アッ……」
私の手からステッキを、突然現れたエヴァンジェリンリリエが勢いよく引っ手繰った。
「私にも強い魔力があるはずよ! もっと素晴らしいものをみせてあげるわ!」
ダリウス殿下の輝くバラは、先ほどの光の粒となって消えたしまった。
けれど、エヴァンジェリンリリエは先ほどの魔術が私一人の力によるものだと思い込んでいるようで、エルウィン卿に詰め寄り、「早く呪文を教えなさい!」と苛立ちを隠さずに迫っていた。
「いきますわよ! 〖ルミナ・ヴェリタス〗!」
エヴァンジェリンリリエは、周囲の視線を一身に集めながら高らかに呪文を唱えた。
チッ、と何かが光ったが、それだけだった。
「おかしいですわ! もう一度! 〖ルミナ・ヴェリタス〗!!」
今度は、光すら現れなかった。
「魔術の素質がないみたいです」
エルウィン卿は、ハッキリと伝えるが彼女には聞こえないようだ。
「このステッキ! 壊れましたのね! 我が公爵家の藍魔宝石の指輪でしたら、もっと素晴らしい魔術をお見せできましたのに! あ~、本当に残念ですわぁ。ダリウス様、よろしければ我が公爵家にいらしてくださいませ。そこの方よりも、もっと素晴らしいものをご覧に入れますわ」
ダリウス殿下に二歳年上で背の高いエヴァンジェリンリリエが、ドレスの裾を揺らしながら詰め寄った。
その距離は少し近すぎて、殿下はわずかに後ずさる。
「お待たせしましたね。ダリウス、リーディア嬢をエスコートして席へお座りなさい」
エヴァンジェリンリリエの声を遮ったのは、王妃様だった。
王妃様が、ゆるやかな足取りで庭園に現れた。
お茶会というお見合いが――始まる。
「帰りそびれちゃった……」




