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伝染都市アジュール  作者: 六波羅朱雀
反乱の日
9/35

08.炎が巻き起こす夜


「レオン! 起きろ!」

 

「ん~、なんだ朝か」

 

レオンが目をこすってのそのそと起き上がる。呑気な奴だ、まったく。

 

「ショッピングモールが! 燃えている!」

 

「なんだとっ!」

 

両目を大きく見開き、大急ぎで銃を手に二人で教会から出る。

 

「っ、ほんとだ」

 

燃え上がる光景に、レオンは絶句する。

 

「アイが、中にいるはずだ」

 

「だな。機械だから死んでねえよ、絶対」

 

「ああ。行くぞ」

 

機械を助けに人間が火災の中へ行くなど前代未聞だ。けれども私たちは走り出した。

 

「……なんで火災が」

 

火など誰も使わないだろうに。


「誰か他に人がいるのかもしれないな」

 

「となると、ロクな奴らじゃねえな。常に銃を構えよう」

 

「ああ……」

 

気を引き締めてショッピングモールへ入ると、すでに煙が蔓延していた。が、まだ火の手が回ってない場所もある。

 

「長時間は危険だ」

 

「早く探すぞ」

 

それから二人で、「アイ」と大声で叫びながら走り回った。至る所に火の手があるが、気にするものか。命懸けなどいつものことだ。炎など、ウイルスなんかよりよっぽどマシというもの。

 

「アイ! どこだ!」

 

「アイ! 返事をしろ!」

 

「おいっ! 危ない!」

 

「えっ」

 

レオンに言われて咄嗟に彼のほうへ走る。すると、次の瞬間私が先ほどまでいた場所に店の看板が落ちてきた。看板は火をまとっていた。

 

「助かった」

 

「もともとボロい店だからな。気を付けねえとな」

 

「ああ……」

 

焦っていた。

 

アイが、死んでいるかもしれない。

 

そう思うと心が痛い。

もう誰も、失いたくない。

たとえ機械で、命も心もないとしても。

 

失いたく、ない。

 

「おい、焦んな。まだ死んでねえ。勝手に殺してやるなよ」

 

嗚呼、そうだな。今は早く、探さなくちゃ。

 

「ありがとう」

 

「はは、今日はお互い様だ」

 

赤く燃える廊下を抜けた。

燃え上がる服の山を見た。

崩れ落ちる看板があった。

割引を予告するポスターがあった。

イベントを知らせる張り紙があった。

 

何もかもが時代遅れで、何もかもが必要とされていない。


でも、誰もいなくなっても、ここにはアイがいる。

 

アイがいなくなったら、今度こそここはもう、無人の廃墟になってしまう。


「死んだら、駄目だ」

 

「死んでねえよ」

 

「ああ」

 

「死んでねえ」

 

レオンはさっきからずっとそう言い続けている。私を落ち着かせるというよりは、自分に言い聞かせるように。レオンだって、焦っているのだろう。

 

「あつ」

 

レオンの右肩を、炎がくすぐった。

 

「大丈夫か!」

 

「平気だ」

 

嘘だ。本当は痛くて熱くてしょうがないのに。煙は呼吸を殺していく。このままでは、私もレオンも死ぬ。まだ、旅は終わってないのに。


十五分後。廊下に辿り着いた。従業員の休憩部屋が並んでいるみたいだ。廊下に入るとき、ドアに関係者以外立ち位置禁止と書かれたテープがあったが、気にしない。

 

スプリンクラーが古すぎて作動しないせいで火の手が回るのが早い。急がなくては。

 

「アイ!」

 

返事はない。

 

「そろそろやべえな」

 

「だな」

 

幸い廊下に入るにはドアがあったため火の手は回っていなかった。でも煙はある。

 

いくつものドアを開けて部屋を確認するが、アイはいない。

 

諦めるしか、ないのだろうか。

結局私は、何も守れないのか。

 

そう思った時だった。

 

それは奥から二番目の部屋だった。

ドアを開けると、ぼろぼろの姿のアイがいた。すっかり焼けてしまっているのに倒れないのは機械ゆえか。アイはぐるりと首を回して、こちらに目を向ける。

 

「アイ! よかった! 無事だったんだな! もうすぐそこまで火がきて」

 


──バンッ!


 

それは、銃声だった。

 

驚きのあまり肩が震える。


この部屋には、私とレオンとアイしかいない。私はもちろん撃ってはいない。レオンも同様だ。

 

ならば。

 

銃弾は私の頬を掠めていく。つぅ、と頬から暖かい何かが流れた。それが自分の血であるということを理解するのには時間がかかった。しかも、私の頬を掠めるということは、私よりも前にいる奴が撃ったという証拠。

 

「アイ?」

 

そして、銃弾が飛んで行った私の後ろには。

 

「レ、オン」

 

レオンが、いる。

 

振り向けばレオンは苦笑いをしながら右肩を左手で抑えていた。整った顔立ちに汗が伝っている。

 

「なんでっ、レオン! レオン!」

 

私はただ叫ぶことしかできない。誰も助けになんて来ないのに。私一人で、一体どうすれば。

 

撃たれた当の本人は私なんかよりずっと冷静だった。

 

「アイ、お前はなんで撃った」

 

彼の瞳の先には一体のロボットがいる。


そのロボットは、アイという名を冠したロボットは。


片手に、銃を持っていた。眼球は飛び出て、身体は焦げていた。ぶらりと垂れ下がる手が持つ銃の銃口からは焦げ臭いにおいが漂っている。今撃ったばかりの証拠だ。

 

「どうして、俺を撃った」

 

「レオン様」

 

「お前の使命は、何だ」

 

「レオン様レオン様レオン様レオン様」


「おいアイ、聞いてるか」

 

「レオン様レオン様レオン様レオン様レオン様」

 

「なんで俺を撃った」

 

「レオン様を、撃った。撃った。撃った。撃った」

 

「そうだ。お前は俺を撃った。なんでだ」

 

アイの瞳が、青く光った。不気味なその光は、これから起こることがよくないことであると意味していた。

 

「なんだ?」

 

同じく光に気づいたレオンが疑問を口にした。

 

私は立ち尽くすしかできないでいる。救急箱は教会にある。アイは機械だから要らないと思って置いてきた。右手に銃を持っているが、震えて腕が上がらないし上がったところで照準は定まらない。

 

この期に及んでアイを撃っていいのかも分からない。

 

 

──マスター、ご命令を。



ただ、アイのその言葉だけが聞こえた。


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