06.思い出は歌と共に
話を終えたレオンは、天井を見上げた。ボロボロの天井は、ただそこにあるだけ。
レオンの瞳はどこか遠くを見ていた。ボロボロの天井など、気にしていないようだ。
「お前は、その女の子が好きだったのか」
そう聞くと、
「なっそんなこと聞くなよな!」
「何を照れているんだ」
なんか焦られた。
レオンは耳を赤くして戸惑っている。何やらゴニョゴニョ言っているが小さくて聞こえない。
「ああーもう! 俺だけが恥ずかしがってるじゃんか。そーだよ好きだったんだよ」
「どんな人だったのだ」
「そうだな、髪はお前に似て、クリーム色だ。お前よりマリアのがウェーブがかってたけどな。身長は俺よりも頭一つ小さくて、優しくて、いつも笑顔だった。あいつが怒るのはいつも誰かのため。誰かがケガしたとか、そういう時だった」
「お前がそこまで言うとは、本当にかわいらしかったんだな」
「ああ」
「お客様、提案がございます」
それまで黙っていたアイが声を上げた。私とレオンは顔を見合わせ、「なんだ?」と聞き返す。
「レオン様は曲を聴かないと分からないとおっしゃいました。ですが、私にはCDをセットし流すことができます。宜しければ、ご活用ください」
「いいのか?」
「はい。私の使命はお客様の願いを叶えること。ですので、レオン様の願いを叶えて差し上げたいのです」
「じゃあ、頼む」
「かしこまりました」
それから私たちは片っ端から曲を聴いた。メロディーが流れてはレオンが首を振り、次の曲を流す。その繰り返し。
「もう、いいよ。本当にあるのか分からないし」
一時間が経とうとしたとき、レオンがそう言った。
「ならば聴こう。ないとは限らないのだから」
その言葉に、レオンは目を開いた。
「っ! その、なんだ、ありがとな」
レオンがそう言って私から目をそらす。照れ隠しだろう。
その時。
その一瞬。
その瞬間。
──空気が、変わった。
一人ぼっちでしゃがみ込む夜
声が聞こえた気がした
ポラリスが「大丈夫?」と言って
シリウスが「愛してる」と言った
心が叫びたいと言った
君に伝えたかったと言った
大丈夫だと愛していると
ずっとそばにいると
それは、離れ離れになった二人を連想させる歌。
恋人かもしれない。友達かもしれない。兄弟かもしれない。姉妹かもしれない。
先に行ってしまった誰かに、残された者が懺悔するような、強がって見せるような、救いを求めるような。
それでいて、変わりたいと願うような。
多くの思いを胸に星空を見上げる。
そんな、歌だった。
ふと隣を見ると、涙を流すレオンがいた。
声をかけるべきだろうか。迷ったが、声は向こうからかけられた。
──嗚呼、思い出した。マリアは、いつも温かい笑顔で、それでいてどこか儚い笑顔で、星空の下で、この曲を歌ってくれた。よく響く、綺麗な、声で。この曲を。
アイはロボットながらに空気を読んだのか、そのまま続きを流す。
二人ぼっちで見上げたいつかの空
声が聞こえなかったの
アンドロメダが『希望』を語った
ベテルギウスが『運命』を知った
心が苦しいと言った
君といたかったよ
僕らいつまでも一緒でしょ?
ずっとそばにいたかった
二つ目のサビを終えて、少しずつ静かになるメロディー。
ピアノの高音は、今にも消えてしまいそうでも輝きを放つ星の光を思わせる。
やがて、曲はクライマックスへ。
ピアノの音数は増え、ラスト。
嗚呼 旅立ちの日だよ
ねえ 星々が歌っている
またいつかどこかで巡り合えたら
その時にはたくさんの物語聞かせたいな
嗚呼 この星空に全部置いていこうか
ねえ これはお別れじゃないから
青い空が赤を迎えるように
星屑たちにだってまた会えるよ
君はずっと心の中に生きているから
置いて行かれた『自分』は、星屑の日に旅立ちを決める。
いつかきっと、また君に出会えると、叶わない理想を抱いて。
それはきっと、終わりじゃなくて始まりだから。
ハッピーエンドじゃないかもしれない。
でも、確かにいい曲だった。
「この曲の題名は『星屑の君』です。2092年に、アリエス・エンダー・ランという一人の女性が歌った曲です。彼女は《インフィニ》に感染し亡くなった家族や友人、恋人の死を悼み、同じ思いを抱える人々のためにこの曲を歌いました。やがて『星屑の君』は世界中で愛されました。当時まだ二十三歳という若さや、作詞作曲のすべてを一人でこなしたという偉業から世界的歌手となりました」
アイが静かな声で説明をしてくれる。
『星屑の君』、か。
会ったこともない歌手に想いを馳せる。こんなにもきれいな歌声の持ち主なのだ。きっと美しい人なのだろう。
レオンは横で嗚咽を漏らしていた。
──全部全部、思い出した。ずっとノイズがかっていたあいつの顔も。俺さ、あの日、あいつの前で、あいつの墓の前で、歌った。マリアほど上手じゃないけど、音痴で、音程ずれてて、それで見上げたら星がきれいで、旅立とうって思った。
──俺がこの曲を好きなのは、この曲を聴けばいつでも、マリアを思い出せるからだ。みんなでバカやってた日を、思い出せるから。
そうか。
言えることはそれだけだった。でも、それで充分だろう。多くの言葉は、きっと必要ないから。
レオンが泣き終わるまで、ただそばに居続けた。
三十分も経つとレオンは泣き止んだ。
「……ありがとな、二人とも」
アイはロボットだが、それを承知の上でレオンは二人と言った。私はアイと見つめあった後、「気にするな」と言った。
気が付くとすっかりあたりは暗くなっていた。そろそろ教会に戻らなくては。
「この機械を、ぜひ持って行ってください」
帰り際、アイがそう言って差し出したのは青色のハート型の機械。
「なんだ、これは」
そういう私にアイは説明してくれる。
「これは、音楽再生器です。読み込んだ曲を十曲まで再生できます。十曲だけですので、あまり流行らなかったのですが、一部の方には重宝されていたそうです。これで、いつでもこの曲をお聞きください」
ガラスではないようだが、美しく光を反射してみせるそれの横には少し飛び出ている部分があった。何も書かれていないそれを押すと曲が流れ、三角マークの書かれたほうを押すと曲が止まる。丸のマークで途中から流れ出し、四角のマークで最初から。そしてハート型の機械の真ん中にはプラスとマイナスのマークがありそれで曲を選べるのだとか。そこには小さな画面があって、そこに数字が表示される。ちなみに『星屑の君』は『一』だそうだ。
「電池はどうなってるんだ?」
「太陽光となっております。ガラスのように見えるのは、太陽光パネルの証拠です」
「へー古代人はやっぱすげえな」
手のひらに収まるかどうかのそれを受け取ったレオンは、先ほどまで泣いていたのがウソみたいに笑顔だった。
「ありがとな」
「いいえ。お客様の願いを叶えることが使命ですので」
「明日、また来よう」
「そだな。じゃ、アイとは朝までお別れだな」
アイはこのショッピングモールから出られないと言っていた。
管理する人間がいなくなった今も、アイはここで働き続ける。私たちのような、旅人が訪れることを願って。
ロボットに睡眠はいらないから、夜も仕事だろうか。人間ならば、過労死どころではないな。
***
教会へ着いた私たちは携帯食で夕飯をすます。少しぱさついたカンパンがその日の食事だ。
「さて、寝るか」
「ああ」
やがて隣からは規則正しい寝息が聞こえ始めた。
そこに、「マリア」と少女を呼ぶ声があったことは黙っておこう。