05.昔話
店の中は、静かだった。当たり前ではあるが、雰囲気が静かだったのだ。
此処は、音楽の墓地か。
そう思うような感じだった。
「曲は、見つかりそうか?」
その言葉に、レオンは首を振った。
「そうか」
「ああ」
「……なあ」
「なんだ」
「……村の話を、聞いてもいいか」
レオンは目を丸くしたが、笑って言った。
「いいけど、面白くはないぞ」
「ああ。聞きたい」
「そうか?」
「お前のことを、もっと知っておきたい。もちろん、無理にとは言わないが」
「お前にそう言われると、なんかむず痒いな」
「なんでだ」
レオンは照れ臭そうにすると、急に真顔になってポツリポツリと語りだした。
「それじゃあ、語るかな」
***
──もうずっと、昔のことだ。
俺がまだ十歳になるかどうかという年齢の時。それより前のことはもう覚えてねえ。ともかく、そのころ俺はとある村に引き取られた。故郷の村の奴らはみんな死んだらしい。それで、俺は新たな故郷を手に入れた。みんなすげえ優しくて、俺はすぐにそこが気に入った。
焚火をして、話して、食って、飲んで。
バカみたいなことを、毎日飽きずにやった。
神に祈りをささげた。誰かが死んだら、必ずそいつのために祈るんだよ。そして神に舞を捧げる。祈りが、届くように。
本当に、最高の居場所だった。
中でも、少し年上の女の子がいてさ。きれいな舞を踊る子だった。名前はマリア。いつも笑顔で、天使のような奴。誰にでも平等に優しくて。
ああ、そうだ。俺の言う曲はそいつがよく歌ってくれた曲だ。
きれいなメロディーだった。マリアは歌も上手くてな。
星空の下で、その曲を聞くのが好きだった。
誰の曲だって聞いたら、こう言った。
昔々ヒットした曲で、俺がその村に来るよりも前に来た旅人が教えてくれたって。その旅人はすぐに旅立って、曲の名前も分からないって。
当時は、そっか、くらいしか思わなかった。ずっとあいつが歌えばいいって思っていたから。
その村は、年寄りが多かった。だから、少しずつ人数は減った。
祈りの時が増えた。
みんな死んで、いつしか俺とマリアだけになった。
悲しかったけど、マリアがいると思えば少し楽だった。
なのに。
あいつは、《ラファエル》に感染した。
苦しむあいつの傍に、最期までいた。日に日にやせ細っていくマリアを見るのは辛かった。それでもあいつは、決して弱音を吐かなかった。だんだん、あいつの眠る時間は増えていった。
あの日記と違って数日持ったのは、年月の流れでウイルスが弱まっているからかね。
とはいえ、近くにいたら俺も感染するかもしれない。けどそれでもよかった。むしろそれがよかった。
あいつは、最期何かを言った。
幸せそうな顔で、『泣かないで、レオン』って言ってあいつは死んだ。
不思議だった。
あいつが死んですぐは、泣かなかった。
ただ淡々と、墓を掘った。
俺もきっと死ねると思った。あれだけ傍にいたんだから、きっと感染してるって。
天国へ行けば、すぐに会えるから。
でも、墓を掘り終わっても感染はしていなかった。それどころか咳一つでない。熱もない。夢も見ない。
死のうと思ったけど、死ねなかった。
怖かった。
このままじゃ、誰もがこの村を、みんなを、俺を、マリアを。
──世界は忘れるって思うと。
それで旅に出た。
今でも夢に出てくるんだ。あの歌を歌うマリアが。
それなのに、顔が分からない。
あの声も、笑顔も、確かにそこにあるのに、ノイズがかかったみたいに。
旅に出た俺は、まだ比較的大きな町があるって聞いた。多くの人間が生き残っているその町で、俺はお前に会った。
【レファレス】で、お前と、出会った。
そうして今に至るってんだ。