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伝染都市アジュール  作者: 六波羅朱雀
星屑の日
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03.ショッピングモールでの出会い


広い。

だだっ広い。

昔の人はこんなに広いところで買い物をしていたのか。

錆びて読みにくくなった掲示板には一階から四階までのフロアの案内が書かれていた。

 

「どこへ行くかな」

 

レオン、と声をかけようして後ろに誰もいないことに気が付いた。あいつのことだ。ふらふらとどこかをほっつき歩いているんだろう。


ふと右手の店を見た。本屋だった。本は大好きだ。この時代では作家なんて職業はないけれど、古代人が残した本はある。中々お目に書かれはしないが。ここで手に入れられたら願ったり叶ったりだ。

 

本屋へ入る。多くの本が比較的状態を保っていた。シャッターのおかげで、動物が入って荒らすことがなかったからだろうか。

 

そこには物語があり、神話があり、英雄譚があり、御伽噺があり、化学、歴史、宇宙、物理、言語、生物、地理など多くの分野のものが並べられていた。


私は背負っていたリュックを下ろしてどの本を入れるか選別を始める。

 

「迷うな」

 

全部、と言いたいところだが、生憎リュックはそこまで大きくはない。

 

地理に関する本は、旅するうえで必要だろう。

歴史も、必要だ。文化や宗教の面で役に立つし、きれいな写真が載っている。


……あとは、小説が欲しい。

 

そう思って手当たり次第に小説を手に取るが、ピンとこない。

どれにしようかと迷っていた時、視界の端に映った本があった。

 

『英雄たちの物語』


──世界中の英雄の物語を、今ここに。

 

最愛の妻のために研究をつづけたマッドサイエンティスト。

誰かのために戦い続けた殺人者とそれを殺した国の英雄。

傭兵として世界中で戦い抜き、終戦へと近づけた男。

看護師として人々を癒し続けた女性。

破産寸前の国の大統領となり国の危機を救った老人。

 

気が付くとリュックに入れていた。

 

『あなたの生涯もきっと、一つの物語』

 

あらすじは、そんな言葉で終わっていた。

 

……私の世界は真っ暗だ。

気が付いたら世界は滅んでいた。

それも、一つの物語だろうか。 

 

「レオンを、探すか」

 

私は本屋を出るとレオンの行きそうな場所を探し始めた。あいつならきっと服屋とかだろう。

 

とりあえず一番近い服屋に入る。

 

《はっぴー&はっぴー》と書かれた看板はもうすっかり錆びていて、文字もだいぶ剥げている。ずっと昔、多くの人がここで流行を追いかけたのだろうか。今はもう、誰もいない「何かお探しでしょうか」誰も、いた。

 

私の前に突如現れたのは、一体のロボットだった。

 

本で読んだことがある。昔は人だけでなくアンドロイドと呼ばれる機械も一緒に働いたとか。

 

しかし、今も稼働しているとは。


「貴方は九百二年ぶりのお客様です。いらっしゃいませ」

 

「えっと」

 

「私は接客用ロボットのアイと申します。お客様、何かお探しでしょうか」

 

設定されているのだろう、年月のせいで声帯の機械がイカれたのかややひび割れているもののなお優しさを醸し出す女性的ボイスで声をかけられさすがの私も戸惑った。

 

これは。

 

これは、きっと。

 

──何かが違う。

 

確かにこれは、これは接客用ロボットだ。

 

でも、何かこう、決定的に何かが違う。

 

かつてはきっと、多くの客を楽しませたのだろう。

泣く子供には笑顔を。そして最高の品を。

 

でももう、全ては過去のこと。

 

時の流れとは、こんなにも無慈悲で残酷なものなのか。

 

心を持たないはずのロボットすら、変えてしまうものなのか。

 

「お客様、こちらの商品はいかがでしょうか」

 

そのロボットはボロボロで。

右目であろう部分からは眼球が零れ落ちている。

いくつもの線でかろうじて落下を免れているものの、その目はもう綺麗ではない。

左手は、今おすすめのワンピースを掴んでいる。

 

「きっとお似合いになります。今若者に大人気なのです」

 

おそらく、客に会ったら今一番流行の商品を進めるようにプログラムされているのだろう。そして、その流行は長らく更新されていない。

だからぼろぼろのワンピースを握りしめてきっと似合うと進めてくるのは悪気があってのことじゃない。分かっているとも。全てはプログラムだ。

 

この人形は、あるはずのない心が壊れている。

 

矛盾しているが、きっとそうなのだ。

 

「すまない。ワンピースは、苦手でな」

 

何とかそう言って断る。

 

「今、人を探しているんだ。レオンという男を見ていないか?黒混じりの金髪で、深緑のジャケットで、紺のジーンズを履いている」

 

「その方でしたら、ちょうど十五分四十四秒前にこの店に来ております。その方のもとへご案内いたしましょうか?」

 

「ああ。頼む。ところで、その、分かるのか?場所」

 

「もちろんです」

 

「どうやって」

 

「店内には監視カメラがございますので。いくつか故障しているものもありますが、まだ数個は使えます」

 

そう言ってロボット、いやアイは歩き始める。……まあ、案内してくれるのなら付いていこう。

 

「他にも、ロボットはいるのか」

 

「かつてはおりましたが、今は私のみです」

 

ちっとも悲しくなさそうなその姿に、胸が締め付けられる。

 

たった一人で生き続けること。

私なら、泣いてしまうどころではなさそうだ。


そう思いながら進んで行くと、いつの間にか私の足は止まっていた。着いたのだ。

 

辿り着いたのは《クラシカル》という名の店だった。

 

先ほどの店よりは、なんとなくロックな雰囲気がした。それでいて大人っぽい感じの雰囲気が。商品も、ロックバンドが着そうなものだった。無論、ロックバンドなど本でしか知らないが。

 

黒のチョーカーにジャケット、何やら指先が出ている手袋。

 

その中の一つ、比較的きれいに残っているものを私は手に取った。それは光りに反射するような黒のジャケット。……着て、みるか。

 

近くにあった鏡は残念ながらひびが入っていたものの、姿を映すには充分だった。

 

「悪くないな」

 

防水効果の期待できるそのジャケットは、身体にしっくりと馴染んでいた。買っていこうかな。いや、こんな時代でお金を払う意味はないと思うが。ショッピングモールなど、とうに機能しなくなっているのだし。

 

──サッ

 

鏡の端で何かが動いた気がした。とっさに後ろを向くが、何もいない。

 

アイは相変わらず私の隣にいる。気のせいか?

 

しかし、そう思った瞬間もう一度、今度は吐息のような音が聞こえた。同時に背後に気配を感じる。


……はぁ。

 

「レオン、出てこい」

 

「なっ! 何でばれた!」

 

「奇襲をかけたいのならば音は立てるな。それから気配を消せ。息を殺せ」

 

「ちぇー。今度こそお前の驚く顔を見れると思ったのに」

 

「残念だったな」

 

レオンは頬を膨らませて悔しがる。

 

「申し遅れました。私は接客用ロボットのアイと申します」

 

「へー! こんな時代でも働いてんのか。すげぇ、分解してぇ」

 

「最後の一言はないだろう、レオン」

 

「いやいや、普通分解したくなるだろう?」

 

レオンはアイの周りをうろうろして様々な角度から観察している。一種の変態である。

 

レオンは工学などの分野に詳しい。そのせいか機械をすぐに分解したがるところがある。この旅についてきた理由も、古代人の残したものを見たいからだと言っていた。

 

「へぇ、バッテリーは太陽光か。よくもつな」

 

「お客様のいないときはスリープを行って電力をためておりますので」

 

「なるほどなぁ」

 

そういうレオンの腕を引っ張ると、私はアイから引きはがした。

 

「あんだよ」

 

「お前がアイを分解しそうだったから」

 

「分解してもちゃんと戻せるから安心しろ」

 

「安心できないだろう、それ」

 

「お客様、分解はご遠慮ください」

 

アイが抑揚のない声でそう言う。

 

「ほら、嫌がっている」

 

「機械に感情はない」

 

「こういう時だけ正論をかますな」

 

「へーへー。あ、俺レオンね。よろしく」

 

明るい笑顔を浮かべて、今更ながらに挨拶をした。

 

「かしこまりました。レオン様」

 

「へへ、様つけられんのってなんか照れるなぁ」

 

「そちらのお客様はなんとお呼びすればよろしいでしょうか」

 

アイは胴体の向きを私のほうへ変えるとそう聞いてきた。

 

「えっとぉ」

 

名前、か。

 

「こいつ、名前が面白すぎて名乗るの嫌いなんだよ。だから、お客様呼びでいいぜ」

 

「かしこまりました」

 

アイが納得したのでよしとするが。

 

「名前が面白すぎるとはなんだ」

 

レオンには軽く頭にチョップをしてやった。

 

「いって! あんだよ」

 

「ふん」

 

「なんなんだよほんと」

 

私は歩き出した。後ろをレオンが付いてくるのが見えて、少しだけ口元が緩んだ。

 

「この旅は、いつまで続くのだろうか」

 

──永遠に続いてくれたなら。


……それでも、終わりはもうすぐそこまで来ている。

 

「何にやけてんだお前、きもいぞ」

 

そう言うレオンにはもう一発のチョップを。


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