32.私たちはここから────。
そろそろ夜明けという時間帯。《第一研究施設アリア》の堀の中、入り口の前に作られた広場で、聖なるパーティーが行われていた。
「──ここに誓う」
一人の少女が、空高く剣を掲げる。重みのある剣だ。
「私、アリシアは、第零テンリス騎士団団長として、モニカ・レファレンスの下で、世界のために剣を振るうと此処に誓う」
その言葉を聞いて、人々は盃を掲げ「いいぞ!」「英雄!」「少女騎士の時代だ!」と騒ぐ。かつては国のトップだった者たちだが、この時代ではまずその国も民もいなければ財もないのだから、立場など意味を持たない。くだらないプライドを掲げていられるほど生易しい世界でないことは誰もが理解していたし、最早そんなもので競おうなんて言っていられない経験を誰もが乗り越えてきている。皮肉なことに、人類は滅びによって平等を理解し、また手にしていた。ここでは人は皆、平等だった。
「ここに誓う」
アリシアの隣に立つ少女が一歩、前へ出て剣を掲げる。アリシアの剣に比べると、少し細い剣だった。
「私、サクラは、第零テンリス騎士団副団長として、モニカ・レファレンスの下で、世界のために剣を振るうと此処に誓う」
百合の花のように背筋を伸ばしたサクラは、堂々とそう言ってのける。可憐な少女の言葉に、またも会場は盛り上がる。
次に前へ出たのは、一人の男。
「ここに誓う」
手に持った銃を天へ掲げる。
「俺、レオンは、この国の副大統領として、モニカ・レファレンスの下で、世界のために銃を放つと誓う」
レオンはこの国の、いや世界の副大統領となる。古代において地位を持つどころか存在しなかった彼だからこそ、新たな視点を持っているし権力を乱用する心配もない。この国を率いる者たちの一人として、彼は適任だった。
そして、もう一人。人々の視線を受けて女が現れる。
白のシャツに黒のジャケットを着たスーツの女が。
「今、ここに、誓う」
凛とした声で彼女は言う。
「今日をもって、古代において恐れられた忌々しきこの大地【伝染都市アジュール】は」
彼女は一度言葉を止め、その背後で鴉がバサリと音を立てて飛び立った。同時に、人々のいる広場の中央、人類の過ちを忘れぬようにする目的で建てられた【アレックスの墓】に太陽が当たる。日の昇る時間が来たのだ。
「この大地は、生まれ変わり」
人々を、太陽が照らし。
「今日をもって、【伝染都市アジュール】は」
まだ涼しい夜明けの空気に、声がよく響き。
「【新生アジュール】となり、私、モニカ・レファレンスは、この都市の大統領として世界を導き、剣を掲げ、銃を放ち、前線を生きると誓う」
つまり彼女は、国を導くことも戦うこともしてみせるというのだ。
その言葉に人々は歓声を上げる。
「まずは、他の地域にいる人類の生き残りを探すため【世界探索チーム】を結成する。これは、古代において戦争の経験のある軍人、地図を描くことのできる者、そして看護師の者で結成される。けれど、ただでさえ少ない人口に影響を及ぼしたくはない。安全性のため、彼らが派遣される際は必ず【第零テンリス騎士団】の団長であるアリシアあるいは副団長であるサクラのどちらかに率いてもらう。必要があれば、二人ともに率いてもらうだろう」
けれど、と彼女は続ける。
「今日は、せっかくのパーティーだ。皆で楽しもう。ますは一曲、歌を」
そう言った彼女の背後から、一人の女性が現れる。この時代ではマイクも何もないけれど、それでも彼女は緊張するそぶりも見せずにまっすぐに前を見つめている。人々はそれまでの盛り上がりを改め、静かになる。誰もが彼女の歌を聴きたいからだ。
優しいピアノのメロディーが流れる。音楽を謳歌するのはいつぶりだろうか。
「我らが人類の歌姫、アリエス・エンダー・ランに『星屑の君』を歌っていただきましょう」
モニカ・レファレンスの紹介で彼女はさらに前へと出る。そう、彼女は歌姫として後世に歌を届けるためにコールドスリープしていたのだ。その心にしみわたる歌声を聞いて誰もがかつてを思い出す。
家族で過ごした日々を。
テレビがあって、スマホがある発達した世界を。
学校へ通い、勉学と遊びに明け暮れた日々を。
道が整備されていて、車もあって、空も飛べた日々を。
海があって、世界が砂漠ではなかった時代を。
人類が、生命体の頂点であった時代を。
バケモノがいなかった世界を。
──誰もが、懐かしく思った。
けれど今、こうして隣に誰かがいる。
出身も立場も宗教も違うけれど。
──こうして今、生きている。
大勢が死んでしまったけれど。
──こうして、血筋は生きている。
きっとこれからも良いことばかりじゃないけれど。
それでも、悪いことばかりじゃないはずだから。
嗚呼 旅立ちの日だよ
ねえ 星々が歌っている
またいつかどこかで巡り合えたら
その時にはたくさんの物語聞かせたいな
嗚呼 この星空に全部置いていこうか
ねえ これはお別れじゃないから
青い空が赤を迎えるように
星屑たちにだってまた会えるよ
君はずっと心の中に生きているから
──私たちは今、一度滅びたこの世界を、生きている。




