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伝染都市アジュール  作者: 六波羅朱雀
覚醒の日
31/35

30.英雄は遅れて来るもんなんだろッ!

 

「サクラ! アリシア!」


 二人のもとへ走り出そうとした瞬間、傷がズキリと軋んだ。あんときバケモノにやられなきゃ、ヘマしなきゃ、全力で戦えたっていうのに。

 

「なんでこんな時にっ」


 悔しくて仕方がない。けれど、俺は剣を持っていないのだから近距離の戦闘はできない。走れたとしてもここから、銃撃することしかできないのだ。接近戦が難しいことに変わりはない。


「くたばれええええええええええええええええええっ!」


 バケモノは確かに血を流し、鱗は剥がれ始めている。にも関わらず死なないのは、さすがと言ったところか。

 

「くっそ」


 もう百発は余裕で撃ったぞ。視線を逸らせば、アリシアは顔を顰めさせていた。サクラは何とか立ち上がっている。ただ、どこか骨が折れているかもしれない。アリシアに至っては頭から血を流していた。意識はあるようだが。

 

 ウラアアっガアあっああああああああああああっ!


 バケモノの咆哮が響き渡る。キーン、と耳鳴りがした。

 

「ったく、バケモノかよ」


 バケモノだよ。


 自分に乗り突っ込みできる間はまだ大丈夫だと気合を入れなおし、持ち前の元気さで笑って見せる。「きゃっ」とサクラの声がした。「大丈夫か!」すぐに駆け寄る。

 

「ええ。ちょっと、筋肉痛かしらね」


 強がってみせるサクラを見て、自分が嫌になる。俺はチャラくて野蛮で強い男なのに。こんな天使みたいな子が戦っていて、俺はケガをしている。銃を撃つことしかできないなんて。なんて情けないのだろう。自己嫌悪に陥りそうだ。ポジティブなのが俺の強みなのに。自分を責めるようなことばかり頭に浮かんできて、それを察したのかサクラが話題を変える。

 

「さて、どうする?」

 

「俺が、何とかする」

 

「私もまだ戦える」

 

「でも、短剣は?」


 彼女の短剣は、先ほど飛ばされた拍子に廊下の向こうへ行ってしまっていた。とすると、武器はないはずだが。

 

「大丈夫」


 そう言って彼女は少しばかりスカートを上げ、足に装着されていた刀を手にして、「これがあるから」と言って笑う。


 そう言えば、初めてアリシアと会った時に言っていたな。サクラは、強敵には刀を使う、と。ここまで刀を使わずに戦っていた彼女の度胸の良さに驚かされる。

 

「無理はするなよ」

 

「それじゃあ、勝てないわ」

 

「その時は、俺が何とかするさ」

 

 それまで比較的静かだったアレックスが再びこちらへ寄って来る。サクラは刀を構え、俺は銃を手に後ろへ下がる。援護射撃はお手の物だ。俺が撃った弾が偶然、アレックスの眼球を抉った。

 

 「レオン、ナイス!」とサクラ。

 「あったりめえよ」と返すものの、足元を狙ったつもりだとは言えない。


 棚から牡丹餅。結果オーライと言ったところか。


 片目を失ったバケモノは動きを遅くするどころか、むしろ適当に腕を振り回してくるのだからある意味脅威だった。まあ、避けやすくはあるものの。当たればあばらが折れること間違いなしだ。

 

「やった!」


 サクラの刀がバケモノの腹を抉る。それに喜びの声を上げるものの、すぐに「わっ」という声が聞こえてきた。

 

「……さく、ら?」


 見れば、再び壁に叩きつけられていた。今度は頭から出血し、足はくじいたようだ。「サクラ!!」とアリシアの声。彼女はここまでの戦闘で血を流しつつも、サクラの前に立ちはだかりバケモノの行く手を阻む。けれども、うああ、と小さく吠えたバケモノはアリシアを簡単に腕で払うとサクラへ近づく。

 

「俺が、何とかしねえと」


 もう、勝つか負けるかじゃない。勝っても二人が死んだなら意味はない。出来るだけ、バケモノを引き付けなければ。

 

 「おーい! こっちだコノヤロー!」と、大声とともに銃を天井に向けて放つ。


 あ?というバケモノの低い声が響き、そして目が合う。背筋が凍るのを感じたが、固まってはいられない。走り出して、なるべくアリシア達から遠くへ行く。振り返りながら銃弾を放つ。窓がないから、ガラスを撒いて相手を止めることはできない。


 執拗に右足を攻撃した結果、奴はついに膝をつく。その間に俺はサクラの短剣を拾う。先ほど飛ばされていた二つの短剣だ。生憎片手は銃を手放せないため、そのうちの一つを手に取る。そして走って、走って、走って、奴の右足に突き刺す。すぐに離れて今度は銃で右足を撃つ。

 

「よっしゃ!」


 喜びの感覚に襲われて、倒した気になってしまう。それでも、銃弾を放つ手は止めない。五秒も経つと、バケモノは死んだかのように動かなくなった。

 

「勝った、のか?」


 銃を撃つ手を止めて、奴に近づく。おびただしい量の血に体中を濡らして、膝をつくその体躯に一歩、また一歩。その距離が手を伸ばせば届くくらいになった、次の時。

 

「危ないっ!」

 

「レオン!」


 少女騎士二名の声が後ろの方から聞こえたのを認識して、大きく瞼を開く。


 ぐああ、と情けない声を上げたバケモノは、右足に刺さる短剣を素早く引き抜くとそのまま俺に振りかざす。少女の声のおかげで早く攻撃に気が付いて短剣を避けたものの、足をもたつかせている間に襲い掛かって来たバケモノの左手によって薙ぎ払われ、二人とは違う方向の壁に叩きつけられる。その拍子に【Ⅿゼロ】は手から離れてコールドスリープの部屋の方へと飛ばされていく。


 そして気が付いた。バケモノが『死んだフリで俺に近づかせる』という頭脳戦をしたことに。

 

「あたま、俺よりよくないか?」


 飛ばされながら一人愚痴る。そして背中が壁に当たり、背骨が軋むような痛みを覚える。迫りくるバケモノを見つめ、思う。

 

「俺、死ぬのか?」


 ここまで来たのに、負けてしまうのか?

 あの二人も守れずに、ここで死んでしまうのか、俺は。

 四人が旅した記憶は、誰もがそれを忘れて。

 誰もがその結末を知らずに、終わってしまうのか。

 

「そんなの、いいわけないだろ」


 そこで思いついた。最後まで誰かに頼ってしまうのは男として悔しいけれど、あの幼い少女騎士を守りたいから。


 誰かの命と自分の恥を天秤にかけたならば、ううん、かけるまでもない。


 ──誰かの命を、守らなくては。


 少し大人っぽくて、それでいて何処か儚げな誇り高き少女騎士を。

 少し子供っぽくて、それでいて何処か凛とした優しい少女騎士を。

 守らなくては。


 ──だって俺たちは、四人じゃないか。

 

「おい、そろそろ立ち上がれよ」


 遠くに転がる銃に目を向ける。

 

「お前のご主人、まだ来ねえのかよ」


 立ちはだかる巨大な元人間を睨みつける。

 

「寝ぼけてんじゃねえぞっ!」


 声を、大きく響かせる。


 ──真実に動揺する一人の仲間の心の奥にだって、届くように。


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