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伝染都市アジュール  作者: 六波羅朱雀
星屑の日
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02.記録の世界

 

2099年12月16日

朝から変なニュースが流れていた。新たなウイルスが発生したというものだ。

それは《インフィニ》よりも強いウイルスらしく死者の数は増えていく一方。

しかし、ちゃんとした感染者数は不明なのだとか。

なんでも、感染した者はその日に死んでしまうし、もっても一日。

なんの症状も前触れもない。だから、病院に行く人がいないためでもある。

病院に来なければ治療することができないのだ。

そんなわけで、感染したと思った時には時すでに遅し。

帰らぬ人となっている。



2099年12月18日

最近現れたウイルスはどうやら本当に無症状のようだ。恐ろしいことこの上ない。咳も出ず、熱もない。苦しむことはないみたいだけれど、これでは感染経路も分からないし、何よりも自分が感染したことに気が付けなければ大事な人に別れを告げられない。

そんなの、嫌だ。



2099年12月31日

大晦日だというのに道行く人は少ない。イベントなども開催されず、テレビ番組は再放送ばかり。それもそのはず。政府は四日前緊急事態命令として強い拘束力を持つ宣言を発した。普段緩くて比較的自由なこの国がそこまでするのだから、相当な事態だ。五十人以上が集まるイベントや集会を禁止し、国境は封鎖、自分の住む地域以外への移動を禁止、会社など大人数が集まる仕事は家で行うようにとのことだ。だからテレビ番組の収録もできないみたいだ。

迷惑なウイルスだ。



2100年1月1日

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

……と言いたいところだけれど、一人暮らしの私には言う相手はいない。

妹ならいるけれど、彼女は警察官だから仕事で忙しいみたいだ。確か、そこそこの地位だったはず。

というわけで一人寂しい正月になりそうだ。

初詣に行きたいけれど、今年は無理そうだ。だから家の中から神に祈ることにした。

願いは一つだけ。

はやく、元の生活に戻れますように。



2100年1月22日

結構やばいかも。

最近、【第二次世界同盟ミカエル】が組まれた。

解決するといいけれど、新しいウイルスを作って前回みたいに、とはいかない。

どうするのだろうか。



2100年3月4日

少しの間日記を書いていなかった。

あれから起きたことを書く。

まず、このウイルスは人の手には負えなくなった。

でも諦めてはいない。世界はまだ生き残る術を探している。

そもそも、どうして、《インフィニ》は生まれたのか。

そもそも、一体、《インフィニ》はなんだったのか。

それを辿ればきっと、解決策は見えてくるはずだから。



2100年4月11日

私の家に赤紙が届いた。

実を言うと、いや書くと。私は学者だ。自分でいうのもなんだが、世界的な学者だ。

けれど、《インフィニ》の時には研究に関わっていなかった。あの頃は体調がよくなかったのだ。

とまあ、私は宇宙や物理、化学に数学、と多くの分野を研究する学者だが、一度体調を崩してから研究はすっかり趣味となっている。つまりは学者という名の無職。

そんな私にまで赤紙、つまりは同盟への参加命令書が送られてくるのだからすごくやばいのだろう。

きっと忙しくなる。日記を書く暇はなさそうだ。


      ***

 

「ここで、終わりかな」

 

レオンが口を開いた。

 

私たちは今、初めてこのウイルスが発生したころの出来事を知った。


こんな状況だったのか。人々はさぞ怖かったことだろう。

 

だが、

 

「続きがあるぞ」

 

数ページ先には続きがあった。

 

「お前読みつかれただろ。俺が読んでやる」

 

レオンはそう言って私から日記帳をひったくると、朗読を始めた。


      ***


2100年8月26日

あれから分かったことがある。

《ラファエル》に感染した人間は皆、亡くなる前に夢を見ていた。睡眠時に見るようなものではない。走馬灯に近い。ただ、半分が現実にあったことで半分が欲望であるというだけで。その人にとって、あの時こうしていればとか。こうしたかったとか。そういう心残りが叶っている夢。


そうした極楽に酔いしれて、そいつは次の日死んでいる。

 

死ぬ瞬間は痛みも何もなく、ただ夢を見られるのだからむしろ一番いい死に方かもしれない。史上最高のウイルスだ。……ただ、死にたくない人も感染するというのが難点だが。

それでも人はいつか死ぬ。誰しもが死ぬ。

永遠なんてありえないしあってはならない。

永久の命に、価値などきっとない。

 

……話を変えようか。

私は今研究班の《ラファエル》討伐第一部隊のリーダー兼この同盟の研究者としてのトップでもある。最高責任者として日々研究を指揮しているが、解決策は見つからない。小さな国はもう限界がきている。観光業で金を稼いでいた国は破産し、無法地帯と化している。

 

たかがウイルス。されどウイルス。

人類は、自らの生み出したもので自らの首を絞めている。

もしも我々人類より頭がいい宇宙人がここにいたら、きっと笑うだろう。

なんて愚かな生命だ、この美しい地球の代表がこれか、と。

私とて笑いたい。だが、現実は笑われる側だ。

この日記を読む貴方も、きっと笑っているのだろう?

 


2100年12月25日

今日はクリスマスだ。でも、ちっとも楽しくなどない。

今日、あることが決定した。

《ラファエル》はもう止められない。人類の未来は衰退しかない。

だが、《ラファエル》がもしも《インフィニ》を喰らいつくして人類にターゲットを変えたように、別の生物にターゲットを変えてくれれば。

その時、人類には重要人物を残しておく必要がある。つまりは冬眠、コールドスリープだ。

まず冬眠するのは私を含めた三百人。第一軍がうまくいけば第二、第三が冬眠を開始するだろう。

今日、いや明日というべきか。日の変わるその瞬間、私は眠る。

冬眠が解除されるのは3011年になった今日。あるいは誰かが冬眠を解除するまで。

 

……この日記もここで終わりか。

 

今日は冬眠前に設けられた最後の休暇だ。夜までには研究所に戻るが、今は幼いころから世話になったこの教会に来ている。

 

ここに、日記を置いておく。

 

これを読んでいる貴方に告ぐ。

ここは、【伝染都市アジュール】のすぐ近くの街。

ここから先は、ウイルスが濃くなっている。

この先へ行くのなら、それなりの覚悟を。


最後に一つ。これだけは書きたかった。

私は、私の名前は、モニカ・レファレンス。

12月25日誕生日で、今日で二十七歳。

両親は幼い頃に事故で亡くなっていて、妹がいる。

妹の名はエレナ・レファレンス。4月7日誕生日で今は二十五歳。頭がよくて、可愛くて、ちょっと強気な性格の警察官。

……心残りは彼女を置いて行ってしまうこと。一緒がよかった。

 

もう一度言う。私の名はモニカ・レファレンス。

これを読む未来の貴方に、いつの日か会えることを期待する。

この日記が、あなたの役に立ちますように。


      ***

 

読み終えたその瞬間、私もレオンも言葉を失った。

 

「……」

 

「……」

 

沈黙が時を支配する。

 

「……3011年って、あと何年後だ」

 

レオンが珍しく小さな声でぽつりと聞いてきた。

 

今は確か、3010年7月20日。

 

「多分、あと一年くらいだ」


今日という日は、古代人が残した時計が知らせてくれている。

 

「もうすぐ、ウイルスは消えるのか?」

 

「わからない」

 

「来年のクリスマスとかいう日はすごい日になるな」

 

「ああ」

 

古代人に会えるかも知れない。そう思うと不思議な感覚がした。

 

これを書いた人は、年齢は二十七でも年月的には千を超える。

 

……どんな人なのだろうか。

 

ふと窓の外を見ると、穏やかに風が吹いている。太陽は頂上を超えていた。

 

「昼、過ぎてるな」

 

レオンが言った。

 

「ああ。ショッピングモールへ向かおうか」


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