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伝染都市アジュール  作者: 六波羅朱雀
アリシアの記憶
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24.醜い月と太陽


 旅に出て少し経った頃。街が見つからなくて、私たちは食料が尽きかけてた。

 

「今ある食料も、頑張ってもあと1週間持つかどうか」

 

「早く次の場所へ行かないとな」

 

「南に町があるって、この前の街の人が言ってたよね」

 

「ああ。そこへ行こう」


 そういうわけで、私たちは先日訪れた《クロノス》という町の人が言っていた場所を目指した。


 ひたすらに歩き続けたけれど着かない。近くに町などなかった。どれだけ南に歩いたことか。《クロノス》にいた男の話では、一日も歩けば辿り着くとのことだった。けれども三日歩き続けたのにも関わらず着かないではないか。私たちはそこまで歩くのが遅いわけではないはずだが。


 途中、滅んだ街に出会った。そこで軽く食料を調達できたが、心もとない。あとどれだけ歩けばつくのやら。男の話では、町はいつも通り人がいて、物が売られていたらしい。そんな町が数日で滅んだりはしないだろう。


 何か、違和感があった。途中の滅んだ町には、人ひとりいなかったのだ。

 何か、何かおかしい。

 

「……なあ、何かおかしくないか、あの町」

 

「滅んでいたところ?」

 

「ああ。不自然だ、何か。でも、男がウソをついたとは思えない。ウソをついても彼に利益はないし、それに男は旅して帰ってきた格好だった」

 

「うーん。短期間で滅ぶって言うと、やっぱり獣に襲われたってことだよねぇ」


 獣。


 ……あ、


 その言葉で感じた違和感に気が付いた。なんて単純なことなのだろうか。


「引き返すぞ、サクラ」

 

「え? なんで」

 

「あの町は、たぶん」


 ──滅んでなど、いない。


***

 

 半日かけて町へ戻った。相変わらず人ひとりいない、町へ。


 人がいないだけで、あとはほかの街と変わらない。この街に一体何があったのか。それは分からないけれど。でも、これだけは分かる。

 

「本当に獣に襲われたなら、人ひとりいないのはおかしくないか?」

 

「え? どういうこと?」

 

「だからさ、」


 ──人ひとり分の遺体もないのがおかしいんだ。血の一滴もないことも。


 近くの建物に入ってみた。小さな教会だった。比較的きれいにされていて、壁はまだ白かった。

 

「なんだろ、これ」


 そう言ってサクラが見つけたのは、カーテンで隠された扉だった。開けると、地下へと続く階段があった。もし、滅んだのではなく、まだ人がいるのなら恐らく地下にいるのだろう。

 

「……行こうか」


 いつでも戦えるよう、剣の感触を確かめる。大丈夫。


 ゆっくりと降りていくと、当たり前だが真っ暗だった。階段を降り切ると、そこは広場のような場所だった。暗いが、その場所にはうっすらと蠟燭が灯っていた。階段から見て正面の方向に扉があった。それが重い音を立てて開き、何者かが姿を現す。その後ろに、何人もの姿が見える。皆が皆蠟燭を持っているらしく、淡い光が並ぶ。なんだか薄気味悪い空間だ。

 

「お前たちは、誰だ。なぜ地下にいる」


 低い声でそう問うと、すぐに返事があった。

 

「一つずつ答えると致しましょう」


 それは、女の声だった。しかしねっとりとして、纏わりつくような気味の悪い声。本能がこいつは嫌だと囁いた。

 

「ここは《クロノス》から南にある町、《フェアリー》です。私たちは住人。扉の向こうにもたくさんいますよ? 今は眠っていますが。人口百五十人のうちここにいるのは八十人です」


 開かれた扉の向こうから、鼻につく匂いがした。

 

「私たちは誰か。私たちは【ルナ】という集団です。……まあ、知らないのも無理はないでしょう。残念なことに、我々の知名度は低いのです。簡単に言えば、私たちは月を崇める宗教です。月の光は美しく、太陽のような存在よりも静かに我々を照らします」


 逃げなければ。脳内で警告が鳴る。部屋の壁には、何かが書かれた跡があった。上から黒く塗りつぶされている。

 

「ここに、何が描かれていた」


 聞いてはいけない気がした。それでも、視界に入ってしまった以上、聞かなければと思った。

 

「そこには、太陽が描かれていたのです」


 瞬間、空気が変わった気がした。

 

「あいつらは、一週間前、月に背き太陽を崇めたのです」


 剣を握る手が冷たくなる。

 

「月が光るのは太陽があるからだと言って」


 失敗した。

 

「太陽を崇めたものは今、どこにいる」


 サクラを連れてくるべきではなかった。

 

「さっき言ったじゃないですか」


 女は笑って言った。嗚呼、そういうことか。


 この嫌な匂いと、先ほど女が言った、扉の向こうで眠っているという言葉。それらから分かるのは。


「この奥で、死んでいますよ? 眠っているように」


 人々が道を開けた。自分の目で見るといい、というかのように。

 

「サクラは、ここにいろ」


「分かった」


 そして私だけ扉のほうへと行く。


「ね? 眠っているように死んでいるでしょう?」


 みんな、死んでいた。女はさっき、百五十人のうちここにいるのは八十と言ったから、おそらく死んでいるのが残りの七十なのだろう。刺された者、顔が分からなくなっている者、殴られた者、首を絞められた者。あの女が、殺したのだ。


 ……胸糞悪い。


 女は語る。

 

「我々は、二度とこのような悲しき事態が起らぬよう、太陽を見ないことにしました。つまり、日が昇る時間は外へ出ないのです」


 私はサクラのもとまで戻る。

 

「あなた方は何か宗教に入っていますか?」


「ああ。私たちの土地では最高神ラウディンを崇める宗教に」

 

「おや、そうですか。ですが心配は無用です。太陽を崇めないのであれば皆、我々の仲間です。ぜひ、ともに月を崇めましょう?」

 

 疑問形ではあるが、断るという選択肢を与えない声音だった。

 

「いいや、遠慮しよう。私たちは月も太陽も崇めない」

 

「そうですか。それは残念ですね」

 

 途端、後ろにいた人たちがそれぞれ武器を構える。

 

「何のつもりだ」

 

「何がでしょうか?」

 

「我々はたった二人だが、剣士だ。お前たちごときに負けはしない」

 

「強がらなくとも結構ですよ? ……やりなさい」


 その合図で相手が走り出す。けれども、所詮はただの人間。獣には劣るスピードだ。

 

「はぁっ!」


 一人、剣で峰打ちする。

 

「一つ、聞きたい」

 

「何でしょうか」

 

「遺体の中には幼いものもいた。彼らは宗教を理解できるとは思えない。彼らは太陽を崇めたのか」

 

「いいえ」


 きっぱりと断られる。

 

「親が太陽を崇めたからですよ? 親が親なら子も子ですので」

 

「……そうか。お前たちとは、分かり合えないな」


 人はあまり斬りたくないのだが、仕方ない。こいつらは、人と呼ぶにはおぞましい。相手は八十人。

 

「……第零テンリス騎士団団長アリシア、行きます」


 いくら数が居ようと、バケモノ退治を目的に各国の戦闘方法を叩き込まれた私たちの敵ではない。小さくそう名乗って駆けだした私たちは、武器をふるうことに専念した。これ以上の会話は無駄だ。


 決着はあっという間だった。やつらが剣士に勝てるわけがないのだ。男たちが死に、あるいは倒れ、女子供は峰打ちとした。私は前を向いて、女に剣を向ける。

 

「言い残したことは、あるか」

 

「お前たち! 何をしているの! はやく私を守りなさいよ!」


 けれどもみんな、女と目が合うのを避ける。

 

「お前たちには天罰が下るわ! 私への裏切りは月への裏切りと同じだわ!」

 

「まったく、月イコールお前ではないだろうに」

 

「呪ってやる、呪ってやるっ」

 

「……本当に、五月蠅い」


 そして命が一つ散った。


***

  

「ありがとうございました」


 そう言ったのは二十人ほどの女たちと、戦いに積極的ではなかった男たちだ。どうやら彼らは殺されないために月を崇めるフリをしていただけらしい。


 いつか復讐してやる。そう思っていた時に私たちが来たという。


 彼らは私たちに好きなだけ食料などをもっていってほしいと言った。おかげで食料の問題は解決した。むしろ持ちきれないくらいだ。


 彼らはきっと細々とここで死ぬまで生きるのだろう。


 彼らは墓を建てると言っていた。あの女の、墓も。


 なぜ。


 そう聞いた私に彼らは答えた。


 ──太陽の光を毎日浴びせるんですよ、復讐として。


 それではどちらが悪魔か。


 方や多くの命を奪った者。

 方や永遠の屈辱を与える者。


 しかし、私たちにはもう関係はないだろう。私たちは旅人なのだから。


 一度だけ墓場を振り返り、そこからは、アジュールの地を目指して歩き始めた。


***


 追憶から意識を呼び戻す。時間軸は現在。薄暗い塔の一室だ。


 思い返せば、サクラとの旅で多くのことを経験した。だから、一刻も早くサクラと合流しなければ。大丈夫。彼女は私と同じくらい強いから。剣も心も。絶対に、大丈夫。生きている。彼女は約束を違えない。

 

『一緒に、辿り着こう、アジュールに』


 そう、誓ったのだから。


 それに心強い仲間が二人もできた。早く紹介したい。彼らがいい人そうで本当に良かった。私は隣で眠る二人を一目見ると安心して眠りについた。


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