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伝染都市アジュール  作者: 六波羅朱雀
鮮血の日
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20.泡沫の私


 3007年11月10日

 

 今から数年前。その夜を、世界はきっと忘れない。いやまあ、それほど世界人口もいないけれど。見た者はきっと忘れない。


 その日、世界に星が降った。厳密には星ではなく隕石だが。聞いた話では、小さな小さな石たちがこの星に突っ込んできたらしい。そして石は《第一研究施設アリア》に落ちた。アジュールにある、先ほどの話にもあった研究所だ。恐らく、あの日記に書かれていた襲撃とやらはアイのマスターのことだろうな。隕石によって研究所の一部は破壊され、破片が何メートルも先まで飛んだ。


 そんな日に私は空から降って来たという。


 《マジシア》と呼ばれる人口五百人の街に私は落ちた。おそらく隕石の落下による爆風で近くの街かなにかから飛ばされてしまったのだろうと町長のサラサは言っていた。彼女はとても優しくて、家の一室を貸してくれたし、街や人の紹介もしてくれた。降って来た時の私はほとんどボロボロの服だったから、服もくれた。食事もくれた。ずっとここにいてもいいと言ってくれた。


 ……私に記憶がないことも、聞かないでくれた。いつか記憶が戻った時のためにと言って。彼女は私に名前を付けなかった。「あなた」だとか「きみ」だとか、「愛しい娘」だとか呼んできた。愛しい娘と呼ばれるのは少しだけ恥ずかしかったけれど、嬉しかった。


 そこで私は一年を過ごした。自分が誰なのかを知りたいと思うと同時に、知りたくないとも願った。もしも悪い奴だったら。そう考えると怖かった。


 サラサたちに優しくされるのに値しない人間だったら?

 この街にはいられなくなるかもしれない。


 けれども、そうでなくても幸せは長くは続かなかった。少しずつ人口は減った。みんな年寄りだったから。そんな時。ただでさえ人手不足の時、大きな大きな鳥が現れた。その名も不死鳥。人類の衰退によって力を持った生命だった。銃や爆弾といったものが減り、住処も増えて強くなった不死鳥は、何故か《マジシア》に姿を現した。


 そこからはもう大騒ぎ。


 ちなみに不死鳥の寿命は百五十を超え、鋭い嘴で獲物を殺す。広げた翼は片方だけでも二メートルと大きく、人間には勝てやしない。たとえ腹が減っていなくとも、目ざわりであれば殺す。それが不死鳥だった。赤い羽毛に包まれていて、尾に近づくほど赤、緑、オレンジ、黄と多くの色に変化している翼は綺麗だけれど、その時は恐ろしいとしか思えなかった。


 そして、赤い見た目に反して、感情的になった奴は青い炎を吐く。その時もそうだった。


 農家の息子が真っ先に異変に気が付いて塔へ上り鐘を鳴らす。するとたちまち音に反応した不死鳥がそいつを殺す。塔から血を噴き上げて真っ逆さまに落ちていくその様を見た少女が叫び、それに反応した不死鳥は降下して少女を殺す。勇敢な少年は老人たちをかばって死に、それを見た恋人が悲鳴を上げて殺される。


 戦いなど未経験なこの街に、勝利などありえなかった。それでも抵抗を続けた。誰もが誰かのために戦った。震える足を、何とか気持ちを鼓舞することで逃げ道へ向かないように踏ん張った。カチカチと音を鳴らす歯を、それでも眼だけは閉じてしまわないように大きく見開いた。


 相手は不死鳥。またの名を天空の覇者。


 勝てたらラッキーで。

 勝てるはずがなくて。

 それでも誰か一人でも多く逃げられたならいいと思って。

 そうして勇敢な男たちは死んでいく。


 やがて後方に逃げていた老人たちや女子供に不死鳥は近づいていく。


 隣にいたサラサが言った。


「大事な話があるの」


 場違いなほど落ち着いた声。

 

「よく聞いて」


 早く逃げるのが先だと言おうとしたけれど、私の声は彼女には届かない。

 

「貴方は、此処で死んではいけない」


 それはこっちの台詞だ。貴方に死なれては困る。

 

「それが何故かは言えないけれど、いつか分かるわ」


 早く、逃げて。

 

「私はここまでよ」

 

 そんなはずはない。きっと勝てる。

 

「不死鳥には勝てない」


 私たちなら、勝てるから。だから。

 

「無理よ。貴方も分かっているでしょう?誰も助からない。でもね、貴方だけ。貴方だけでも生きてくれたなら。私たちの生きた証は、世界に残る」


 そんなこと、言わないでくれ。

 

「誰かの記憶に残る限り、それは、死んでなんていない。本当なら、貴方の旅路をずっとそばで見守っていたいけれど」


 見守ればいい。好きなだけ。だから、どうか、死なないでくれ。私を一人にしないでくれ。お願いだ。頬を何か熱いものが伝ったことにも気が付かずに、思いだけが暴走しようとする。


「代わりにずっと、空から見ているわ」

 

 もう、やめてくれ。


「あのね、私、実はね」


 そう言って少しだけいたずらっぽく笑うサラサの顔を見ることさえ苦しくなっていく。次見た時にはいないかもしれない。そう思って、瞼を閉じることだけはやめる。


「聖女の力を持っているの」


 あまりにも、非科学的で。荒唐無稽で。信じられないけれど。彼女が言うと、その言葉はすんなりと耳に入る。

 

「聖女と神は違うわよ? 女神さまはね、昔、人間界を気に入って住み着いたの。そして人との間に子を産んだ。その子は、女神の力を半分受け継いだの。半分は人間だから、力は弱いけれど。そしてその子は存在を秘匿された。そりゃあ女神さまの子なんてばれたら、普通の生活ができないもの。そして、女神の力を受け継ぐのは女だけだったの」

 

 淡々と語る彼女の背後には、少しずつ青い火の手が回っている。


「聖女っていうのはね、未来を予測できるの。まあ、ある意味力というよりは、才能、かな。もしかしたら本当は聖女っていうのは女神の子供じゃないのかもしれない。非科学的すぎるもの。不死鳥のような獣の血が混じっているから、特別な力があると言う人もいた。聖女が何者かなんて誰にも分からない。でも、それでもね、これだけは分かるの」


 ふふ、と笑って。

 

「これだけはちゃんと分かるの。貴方は、世界を彩るもの。この荒廃した世界を、変えてくれる。貴方はそういう運命の人」


 意味が分からない。お願いだから何も話さないでほしい。サラサが話すたびに、別れの時が迫る気がして。

  

「その旅路に、私はいらない」


 そんなはずがない。


「その世界に、私はいらない」


 そんなわけがない。

 

「その未来に、私はいらない」


 そんな、そんな。

 

 ──そんなわけがないと、言いたかった。


 言うべきことはたくさんあった。

 言いたいことはたくさんあった。

 それでも、私の言葉は彼女の意思に比べてあまりにも薄っぺらくて。

 届かないと、思った。

 彼女にはまだ伝えてないことがたくさんあるのに。

 何も持ってない私に優しくしてくれたこと。

 帰る場所をくれたこと。

 記憶さえも持たない私にすべてを与えてくれたこと。

 その全てに、ありがとうを、伝えなくては、いけないのに。


「さあ、行きなさい。長い旅路へ」

 

「いやだ」

 

「強く、生きなさい。この世界を」

 

「いやだ」


 貴方がいない世界に生きる意味はない。

 

「それでね、聖女は一度だけ力を使える。使えば、どうなるかは分からない。一生分の力をその瞬間に爆発させる。さすがに不死鳥を倒せはしないけれど、足止めくらいなら、できる」


 それじゃあ意味はない。たかが足止めのために、あなたは。

 

「それじゃあ、もう時間がなさそうだから単刀直入に言うわ。【レファレス】に、行きなさい。そこであなたはいい出会いに恵まれる。そしてアジュールへ行きなさい。厄災と始まりの地へ」


 いやだいやだいやだやめてくれほらすぐそこにもうふしちょうがきてああやめてくれねえおねがいだわたしはもうなにもうしないたくないんだいやなんでまたなんだろうもうわからないよああもうほんとうにいやだいやなんだほらさらさがいやだというのならわたしもここでしぬなあそれでいいだろ

 

「神よ、女神エウリュエルよ」


 おかしい。視界がゆがむ。どうして?


 サラサが祈りの言葉を捧げる。

 

「偉大なるその力を、我に」


 そこでサラサは私を突き飛ばした。強く強く、突き飛ばした。

 

「女神エウリュエルの、力を、我が身に宿したまえ」


 その時、サラサの身体が光り輝いた。そしてその眩いばかりの光は不死鳥を包み込む。うがあああああっ、と不死鳥は啼く。

 

「さようなら。そして、またいつか」


 光に包まれた彼女の顔はよく見えなかったけれど、声音は少しだけ寂しそうだった。




 そして私は、走った。青い炎から逃げるように。

 そして迷いに迷って、何度も死にかけて、奇跡的に【レファレス】へ辿り着いた。そこでお前に出会って、そこからは、お前の知る通り。

 これで話はおしまい。

 どうだ?

 ひどく感傷的で面白くなかっただろ。

 お前とマリアの話のほうが、ずっとずっと綺麗な物語だ。


 あの頃の私はどこまでも無知で弱かった。

 今だってそう。

 弱いまま。

 それでも私はアジュールへ行かなくちゃいけない。

 サラサの、ために。

 彼女の死を、決して無駄にしないために。


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