19.不確かな未来、確かな過去
日記はそこで終わっていた。ページにはうっすらと血が付いている。
彼はきっと、ここで、殺された。
自らが悪魔へと変貌させてしまった友によって。
扉が破壊された跡がないことから、おそらくは自ら扉を開けたのだろう。遺体は見つからない。この部屋の外で死んだか、あるいは月日の流れで灰となったか。
嗚呼、神は最低だ。
神も聖女もきっといやしない。
いつも、人の世は、残酷だ。
日記を読み終わって、レオンはいつも明るい雰囲気を陰らせて言った。今日は、ここで過ごそう、と。そして、音楽をかけてもいいか、と。もちろんいいと言った。こういう時に、空気を軽くしてくれるのは音楽だから。
二人で隣に並んで座り、流れ出した《星屑の君》を聴く。澄んだ声は、よく響いた。
魂二つ分しかないこの部屋で、私たちは、何も話さずに座るだけ。ずっとずっと、もう長いことこの部屋には魂は一つもなかったのだから、二つもあれば充分かもしれない。かつてはきっと何十、何百、何千もの魂が心臓を高まらせていたのだろうけれど。
「なあ」
曲がラストに入るころ、レオンが私に問いかけた。
「アジュールは、すぐそこだ。ここから先、何が起きるかはもう分からない。バケモノなんて、想像してなかったしよ」
はは、と乾いた声で彼は笑う。
「んでさ、その前に聞いておきたいんだ」
私たちの旅の終わりはすぐそこにある。
「俺たちの旅って、何だろうな」
ならば、辿り着いてしまえば、その先は、バラバラだろうか?
「なあ」
それは、誰にも分からない。
「お前は」
そもそも、旅の終点に、私の求めるものは本当にあるのだろうか。
「お前は、いったい、さ」
あったとして、それは、私の欲しい答えだろうか。
「いったい、何者なんだろうな」
それは、誰にも分からない。
「お前は、どうして旅に出たんだ」
自分自身すら、自分自身を忘れてしまっているのだから。
「聞いたこと、なかったよな」
私が何故、旅に出たか。
「ずっと二人で旅してるのに、俺たちは互いのことを知らない。きっとずっと、なんとなくその話題を避けてきた。でも、俺はこの間話したぜ? マリアのこと。だから、さ」
私が旅に出た理由。
「聞かせてくれよ、お前の話を」
そう言って笑う彼は、少しだけ寂しそうだった。
「いいよ」
そう言って答える私の声は、驚くほど優しかった。
「長くて、愚かで、つまらない物語でよければ」
彼はもう一度、今度は少しうれしそうに笑って言った。
「聞かせてくれ」
「それじゃあ語ろう。これは、初めて語る物語だ」
全てはあの日、始まった。




