18.ある男の日記・バケモノの正体
あけおめです。
ことよろです。
2104年3月9日
終わりは突然やって来た。
その夜。一人の研究員が低い唸り声を聴いてほかの研究員を起こし、被験者たちの部屋へ見回りに行った。そしてすぐに、建物全体に緊急のベルが鳴り響いた。
私は監視室へ向かい状況を確認した。
『何があった』
監視室にいた者にそう聞くと、
『一人の人がバケモノ化して部屋で暴れています。銃を使って対抗していますが、硬い皮膚に覆われていて効果がないです』
と言われてしまった。
それではどうしようもない。
そのバケモノは、これまでの中で誰よりも強かった。もともと運動神経が高く体力のある人間だったから、バケモノ化したときにその力が増しやすかったのだろう。
そいつはロックを好んでいたから、十字架に髑髏の入ったネックレスをしていた。バケモノになってもそのネックレスは外れることがなかった。
だからこそ、その姿を見たときに苦しかった。
──ああ、あいつだって気が付いちゃうから。
名前はアレックス。陽気でみんなに好かれていた。死刑宣告を受けた殺人者だが、いい奴だった。家族を守るために家族を脅していた地元の不良集団七人を殺害して捕まったと聞く。殺すつもりはなかったらしいが、相手が銃を持ち出してきたことと自分が想像以上に強かったせいで相手が死んでしまったらしい。
そんな家族思いなアレックスがバケモノになった。
できることなら安らかに眠りにつかせたかった。でも誰も彼を殺せなかった。あまりにも、強かった。
アレックスに手こずっている間に四人の被験者が部屋を出て。そうして皆が皆、バケモノとなった。
私は避難するように言われたが、そんなつもりはなかった。
全ては私の研究のせい。ならば、最期まで残らなければならないと思った。
だから、所長室に向かった。
不思議と死ぬことは怖くなかった。ただ、誰かに真実を残したかった。
そうして今、こうして手紙を書いている。名前も知らない、貴方に向けて。
過去に戻れるなら、全てをなかったことにしたいけれど。でも、記憶を忘れて過去へ戻れば私はきっと同じ道を辿るだろう。 記憶を持っていたとしても、二度目ならきっと上手くやれるって、そう思ってきっと同じ道を辿る。
できることなら、バケモノを倒してほしい。それが無理なら、誰かを呼ぶとか、ここから逃げるとか、ここに誰も入らないようにするとか。
死なないでほしい。
死なないで、ほしい。
名前も知らないけれど。
貴方に、死なないでほしい。
……分からない。
本当は貴方に死んでほしくないんじゃなくて、アレックスに人を殺してほしくないのかもしれない。
……話題を変えよう。先ほど少し話した、『わかったこと』についてだ。
もともと、この《ヴィー》や《インフィニ》には、エーテルと呼ばれる物質が関係している。古代アリアにおいて、全世界を満たす一種の物質とされ、それはあらゆる物質に影響をもたらすものとされた。
科学が発達した今、その存在は疑われている。非科学的なものは、この世界において存在しないも同然。けれどおそらく存在している。
古代アリアでは、急な文明の発達によって人々が炎を起こし、自然を破壊したことによって物質のバランスが崩れ、エーテルが急激に減少した結果、《ヴィー》と呼ばれる病が流行った。
今、また文明が変化したことによって地水火風のバランスが崩れ、古代アリアと同じ道を辿ろうとしている。
よって《インフィニ》が発生し、《ラファエル》は人類が愚かだったばっかりに誕生してしまった。
古代アリアは、薬を作った。その薬の正体は、おそらく。
──人間を、滅ぼすものだ。
エーテルの減少は文明の急激な増加や進化、呼吸の際に使われるエーテル、火をたくときに使われるエーテル。あらゆる事柄によって第五元素であるエーテルは減った。
もしかしたら、エーテルの存在が怪しいのはエーテル自身が昔よりも減少しているせいかもしれない。ならば、人口が減ればいい。火を必要としなければいい。
そうして古代アリアは作った。【不老不死】の、薬を。食事も水も火も何も必要としない人間を求めて。
そいつは呼吸さえも必要としないから、エーテルの減少は抑えられた。
今回発生したバケモノも、食事も何も必要とせず昼夜関係なく行動していた。奴らが言葉を理解しないことや、理性がないことはおそらく時代が違うせいで薬の材料や使われる環境、人間自体の体質が変わってしまったからだろう。
けれども古代アリアは滅んだ。確か、古代アリアには大きな鮫がいたといわれている。どんなに不老不死でも、丸ごと飲みこまれたり、粉々にされれば意味はない。また、当時の世界は不安定でプレート同士の地震が多かった。結局、災害には、勝てなかったのだ。
幸いにも薬を完全に再現できなかったため、バケモノは不老不死ではない。……ま、再現できていればこんなことにはならなかったのだが。皮肉なものだ。
扉の向こうに、アレックスがいる。
もうすぐ私は殺される。
かつてアレックスはこう言った。自らが被験者に名乗り出たのは家族を助けたいからだと。一刻も早く《ラファエル》の薬を開発するためだと。
どこまでも家族思いな人だった。
私の、友だった。
私は人類を誤ったほうへと導き、レファレンス様の研究を台無しにし、友を悪魔へと変えた。許されない罪だ。死ねばきっと、地獄に落ちるだろう。
償うことなど不可能。
だからこれは私の我儘だ。
最期まで自分勝手な私を情けなく思う。
本当に、申し訳ない。
頼む。
我が友アレックスに、安らかな、眠り、を、




