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伝染都市アジュール  作者: 六波羅朱雀
反乱の日
11/35

10.動き出す世界

 

パァン


焦げ臭いにおいと、乾いた音が部屋を支配する。

 

アイは撃たれる寸前に私の瞳を見つめ、目を光らせた。

 

レオンのおかげで近くの椅子にずっと身を潜めていた私は、さすがに音を出してしまった時は焦ったもののレオンの演技で持ちこたえ、今、こうしてアイを殺している。

 

アイの顔は機械だが、何処か悲しさと満足感が見えた。これでよかったと、言うような。

 

「ますたー、ごめんなさい、負けて、しまいました」

 

「なんで、俺たちを襲った」

 

彼女の意識が完全に消えてしまう前に、真実を聞かなければ。

 

「私は、レジスタンス」

 

レジスタンス? かつて滅び始めた文明で革命を謳ったという、あの?

 

「ますたーは、私を、拾って、直して、新たな使命をくれた」

 

接客じゃない。それが本当の使命だった。

 

「革命を起こし、人類に救済を」

 

彼女は静かに語る。冷たい機械の声に、懐かしさを乗せて。


   ***


──ますたーは優しい方だった。


ある日ますたーはウイルスの出所を突き止めた。でも、あまりにも非科学的だった。神話の、ような。

 

私はますたーを尊敬していた。私に心はないけれど、尊敬していた。

 

さっき火災が起きたのは偶然。でも、その時、あの部屋で手紙を見つけた。ますたーからの、手紙。

 

ますたーは、【第二次世界同盟ミカエル】の基地に乗り込み、死んでいる。私はその時の唯一の生き残りです。逃げて、そして故障のせいで記憶を失った。


私たちは、同盟の人と話をしたかっただけ。それなのに、銃撃戦になってしまった。大勢が死んだ。味方も敵も。振り向きざまに、逃げろと叫ぶますたーが撃たれるのを見ました。真っ赤だった。

 

手紙を読んで全てを思い出した私は、あなた方を殺すことを決意しました。


   ***


マスターを呼ぶ声がかすれて弱いのは、辛さゆえか、もう意識が薄れているせいか。

 

「どうして、俺たちを」

 

「レオン様は、偶然なのです。けれど、お客様は違う」

 

「私?」

 

なぜ?初対面ではないか。

 

「お客様は」

 

壊れかけの瞳で見つめられる。そこには血は通っていないというのに、なぜか怖くて目をそらせない。指が、冷たくなる。肩が、小さく震える。その先は聞きたくないというように。

 

「お客様は、あの日」

 

怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 

聞きたくない。


けれども、続きは語られる。


「あの日、お客様は、ますたーを殺した」


うそだ。


そんなわけがない。その時代に生きているわけがない。大体マスターとは誰だ。面識がない。レジスタンスのことだって昔村の老人から聞いた話だ。おかしい。きっと彼女は脳の回路が焼き切れて記憶があいまいなんだ。そうだ。そうに違いない。私は誰も殺してなどいない。同盟なんて知らない。昼間に古代人の日記で初めて知ったんだ。おかしい。

 

「そんなわけ」

 

けれども、言い訳じみた訂正の台詞を言おうとした瞬間には、もう。アイは、死んでいた。


瞳はもう優しい光もおぞましい青も放たない。こと切れた機械は、何も言わない。

 

「なあ、これ、手紙か?」

 

アイに触れたレオンが、何かを手に取る。あの時、部屋から外へ飛び出したアイが持っていた何かはこれだったのだろう。

 

「読もうか」

 

誰かの手紙を勝手に読んでしまうのは気が進まないが、そうする他あるまい。


『アイへ。マスターより』と書かれた封を開け、中を見ると一枚の手紙が。


「えっと」

 

レオンが読み上げる。


「希望を忘れるな。え?これだけか?」

 

本当にそれだけだった。


多くの言葉で少しを語るな。少しの言葉で多くを語れ。そう言ったのは、誰だったか。確か、古代人の中でも有名な学者だったと思う。

 

──希望を忘れるな。

 

それだけの言葉に、アイが全ての記憶を思い出すほどの意味があったのだろう。


「アイを、埋めてやるか」

 

「ああ。この手紙も、一緒に」

 

教会の庭の土を掘る。ここでなら、機械でもきっと安らかに眠りにつけるはずだ。アイの上にそっと手紙を置き土をかける。

 

「お疲れ様」

 

ずいぶんと長い間働いた彼女にかける言葉は、これしかないと思った。

 

「これが、アイの形見になるとはな」

 

そういうレオンが大切そうに持つのは、あのハート型の音楽再生器。


「残念だな」

 

──あの日、お客様は、ますたーを殺した。


その言葉が、胸に刺さる。

 

「あんま考えすぎるなよ」

 

私の考えを読んだかのようにレオンが声をかけてくる。その優しさが、少しだけ嬉しくて、少しだけ痛い。



それは、とある日のこと。


二人で旅を始めて三年目のことだった。


アイの言葉遣いが丁寧だったりそうじゃなかったりするのは、ボロいのと撃たれたのとで、回路が壊れているからです。

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