09.処刑の時
「マスターって誰だ」
「分からない。それよりレオン、血が」
「俺は平気だ。撃たれるのは初めてじゃないしな」
「そういう問題じゃ」
「なんだ心配してくれんのか?」
こんな時もレオンは軽口をたたくのを忘れない。
「なあ、マスターって誰だ」
笑いながらレオンは言った。でも、その瞳の奥は笑ってなどいなかった。
「マスターは、素晴らしい方。私の上司。私の使い手」
「そうか。なんで俺を撃った」
「レオン様は、お客様」
「ああそうだ。お前はそのお客様を撃ったんだ」
「レオン様は、お客様」
会話できているようでできていない。
もしかしたらアイは心を壊したのかもしれない。
あるはずのない、心を。
あるいは、マスターとやらの命令か。
どうすれば。
まずは、機械よりも人間優先だろう。レオンの出血を止めなければ。
廊下からは火が迫っている。戻れない。どこから。どこから逃げれば。視線を動かして出口を探す。その時、アイが走り出した。部屋の窓ガラスめがけて一目散に走りだしたアイはそのまま突っ込んでいく。パリィンとガラスの割れる音が響いた。
何か、銃以外に物を持っていたように見えたのは気のせいだろうか。一瞬だったのでよく見えなかった。大急ぎで窓のほうへ行き下を見ると、アイが着地して走り去っていくのが見えた。機械ならではの運動神経だが、ただの一従業員にあんな特技が仕込まれているものなのか。
「おい、俺たちも行くぞ」
「行くってどこから」
確かにアイはいなくなった。他に誰もいない今がここから出るチャンスだ。けれども出口は炎で塞がった。
「まさか、お前」
「そのまさかだ」
レオンはにやりと笑う。
「いやここ三階だぞ!」
「なあに隣は教会だ。うまいこと飛び込もう。どうせここにいても逃げ場はない。炎に焼かれて死ぬだけだ。なら、賭けてみないか」
「確かに、そうだが、でも」
落ちたら死ぬぞ。
「死なねえよ」
考えが顔に出ていたのか、口にする前に否定された。
「はあ、仕方ない」
レオンの意見がもっともなのも事実。乗り掛かった舟は、沈むまで一緒だ。
「どうやって行く」
「お前の銃でいい具合に窓ガラスを、あ、教会のほうもできるだけ窓割ってくれ。そんで、助走つけて走る。この部屋のドアが炎に破られた瞬間に飛べば、熱風で何とかなる。あとは教会のステンドグラス目指して飛び込め」
「分かったよ」
私は銃を構えてぶっ放す。さすがに【Ⅿ666弾】はもったいないので普通の銃弾で。バババババババッと勢いよく銃弾が放たれる。
「さて、行くぞ」
教会の窓を割るのは申し訳ないが背に腹は代えられない。
「俺がカウントダウンをするから、ゼロで走り出せ」
「分かった」
深呼吸をしながら、助走距離を充分にとる。
「さん」
カウントダウンが始まる。
「に」
ふぅ。
「いち」
覚悟を、決めろ。そして。
「ぜろ」
飛べ。
レオンの合図で走りだす。と同時に部屋に熱風が吹き込む。ドアは倒されてあらゆる物が燃えていく。
あと、少し。
あと、すこし。
飛んで見せろ。
つま先が教会の建物へと届き、勢いに任せて中へと入る。多くの椅子が並ぶ神聖な場所に盛大に落ちる。グシャリと下敷きになった椅子が音を立てた。椅子の破片が刺さらなかったのは不幸中の幸いだ。上を見て、私たちが割ったステンドグラスが聖女が描かれていたものだったと気が付く。すごく、申し訳ない気分だ。
隣を見るとレオンが蹲っていたが、幸い傷は増えていないみたいだ。
「すぐに、救急箱を持ってくる」
「頼む」
急いで廊下へ向かい、部屋へ入り、リュックをあさり、救急箱を手に取る。そしてまた走り、レオンに駆け寄る。
「すげえ、二分もなかった」
「感心している場合か。ほら、肩を出せ」
「へーい」
レオンの傷を手当てするのは、初めてじゃなかった。何せ、初めて出会った時もこうして銃弾を受けたレオンを手当てした。
「なんか、慣れてやがる」
「そりゃ、お前の手当ては日常茶飯事だからな」
「ははは、違いねえ。そいうや、初対面の時もこうだったな」
「ああ」
【レファレス】でレオンと出会った時のことだ。そこは荒野にある町だった。まあ、どこへ行っても荒野だが。あの日、小さなレストランで昼食をとっていると隣の店に強盗が入った。「おい、金を出せ」そう言って怒鳴る男は、腰にナイフを、手には銃を持っていた。そのせいで誰も抵抗できない。
そんな中をバカみたいに走って男からナイフを奪い捕まっていた少女を解放したのがレオンだった。けれども彼は腹を撃たれ、男は逃げ出す。痛みを耐えて走るレオンに感化された私は席から立ち、男を追った。近くの人から拝借した拳銃で放った弾が男の肩に命中。駆け付けた村の屈強な男たちによって取り押さえられた男がその後どうなったかは知らない。
ただ私はその場に残り、レオンの手当てをした。それが出会いだった。あの時はもっと手当てが下手くそだった気がする。
「今思えばすごい出会いだな」
「まったくだ。お前はあのころから変わらず、すぐに無茶するよな」
「お褒めにあずかり光栄の至り」
「褒めてないからな。よし、できた」
「さんきゅ」
弾丸を取り、止血し、包帯を巻く。幸い傷は浅かった。今ここでできるのはこれくらいだろう。
今日は、あまりにも色々なことがあった。それでも、少しずつ日は昇る。月は朧になり、眩しい光が世界を起こす。
命が、あることが。
生きて、いることが。
こんなにも嬉しく感じられる。
「ところで」
「ん?」
「アイは、どこ行ったんだろうな」
そうだった。助かったことで気分が上がっていたが、アイの行方がつかめなければ外に出ることもままならない。
「どこ、だろうな」
私たちが生きていると知ったら追ってくるだろうか。それとも考えすぎだろうか。そもそもロボットは何かに執着などしない。
けれど。ギィ、と乾いた音が響く。教会の扉が、開いた。
──生きていらっしゃったのですね、レオン様。大変残念に思います。
昇りだした太陽を背後に教会に踏み込む姿はさながら天使。けれども、ぼろぼろの体と発した言葉の意味は悪魔そのもの。
「来やがったか」
レオンは少しだけ、悲しそうな顔で言った。
「レオン様、お怪我の具合は」
「おかげさまでかすり傷だ」
「治療を終えたのですね。体内に銃弾を確認できません」
「接客用ロボット様はそんな事まで分かるのか」
「それでは、処刑の続きを開始いたします」
処刑。心を持たないロボットにしては、その瞳は熱を帯びているように見える。会話は二人だけで進んでいく。
「何か、最期に言い残したことはございますか」
ロボットなりの慈悲だろうか。
「そうだな。何がいいかな。今日死にかけるとは思わなくて、考えてないな。うーん。かっこいい何かないかな」
「死にかけるのではなく、死ぬのです。ところで、お客様は……」
その時、教会にガタンと音が響いた。
「おおっと、足が痛い! やっぱさっきぶつけたかなー」
レオンが後ろの椅子にぶつかりながら倒れる。
「急にどうされましたか、レオン様」
レオンの演技は大根役者も顔負けの下手さだったが、ロボットに嘘を見抜く力は備わってないようだ。さすがに、疑うという感情を古代人はプログラムできなかったのだろう。
「ちょっと足が痛くて」
「そうですか。すぐにその痛みもなくなりますので、ご安心を」
「はは、ロボット様は優しいなぁ。涙が出るぜ」
「では」
そう言ってアイは腕を上げて銃を構える。照準は、確実にレオンの額を撃ち抜くように。
「最後に一つ質問を。もう一人のお連れのお客様はどちらに?」
首をかしげるその動作に、もう人間らしさは感じない。
「ああ、あいつな。あいつは、今は」
レオンは顔を下に向ける。
「亡くなられたのですか」
アイはその表情を悲しみととらえたようだ。でも、レオンは微笑んでいる。
「あいつなら」
その笑みは。
「お前の後ろだ」
その笑みは、勝利を示す。
「まさかっ!」
アイがそう言って後ろを振り向こうとしたとき。
「……遅い」
私は、【Ⅿゼロ】を掲げて彼女の額を貫いた。




