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波乱万丈運のママ

短編のシリーズ連載です。

 ママは占い好きで、よく自分のことを「波乱万丈の生まれつき」と言っている。字画の総画が織田信長の外画と同じ二十六画というのを得意気に話す。いろんな占いを本やネットで読んでいるようだが何を見ても波乱万丈運らしい。


 たしかにママはフリーのライターで生活は不安定だし、離婚もしている。さらにめんどくさい人に好かれやすくて面倒ごとが多いらしい。


「涼介、どうしよう〜。ママ暇だよ。一日三時間頑張れば、仕事が終わっちゃうんだよ」


「仕事が少なくて貧乏になっちゃうの?」


「いやそれがそんなこともないからこわい」


「それは良かったんじゃないの?」


「良かったとしか思えないんだけど。平和すぎて驚く」

 

 全く何を言ってるんだろう。ボクは呆れてママを見た。


「なんかさ、ずーっと仕事で絡まれてたのね。それが全部なくなったら、仕事が楽になった上に要らない連絡がなくなったの。夜中に叩き起こされるのもないの」


『それが普通の状態だよ』と言いたかったけど黙っていた。猫のチビタが不安がるママのまわりをぐるぐる回ってニャーアと鳴いた。


「しあわせで何の悩みもなくて平和なんだよ〜。そんなこと生まれてこの方なかったんだもん」


 ソファに寝転がっているママの横には本のタワーが出来ている。暇で本ばかり読んでいるのだ。滅多にしないアイロンがけや虫食いのセーターの補修などもしている。虫食いのセーターはご丁寧にも鉤針で同色の地味な刺繍をして直している。


 庭には小さい畑を作り、ハーブや野菜を作り出した。畑を作る前に庭のドクダミを全部刈って干し、ドクダミを干してドクダミ茶も作った。それを列挙して話してみる。


「ママはご飯もちゃんとしてるし充分忙しいと思うけどな」


「暇でツライんじゃなくて、我ながらかわいそうことにしあわせ慣れしてないんだよ。ああドキドキする平和過ぎて」


 ママは急に足を持ち上げて振り子のように勢いよく起き上がった。今は夕方四時、まだ日も暮れていない。


「ゲームでもする?任天堂スウィッチのゼルダの伝説こないだふたりでやって途中までだったし」


「ゼルダの伝説もオールクリアしちゃった。今テトリスやってる。テトリスはママが若い時からあって不滅の名作ゲームだよ」


「げー!ママさすがに狂ってんね」


 ママは起き上がってタタッタタッタと奇妙な足音で移動する。ストレッチポールという筒状の健康器具を床に置いて寝転がり、足の先から頭まで背中でストレッチポールを移動させて身体を伸ばす。伸ばすと身体からパキパキという音がする。息を吐き出し叫んだ。


「決めた!」


 急にピョンと立ち上がってスマホを取る。転がったストレッチポールにチビタが走って行って飛びついた。


「パパを呼ぼう」


「えっパパってじぃじ?それともボクのパパ?」


「じぃじ呼んでどうすんのよ。またカメラとジャズの話を延々とされてしまうよ」


 ボクはビックリした。ボクが三歳の時離婚したパパは時々家には来るけど、ママが留守だからボクの面倒を見に来るのであって、三人で会うのは外で一年に一度ボクの誕生日だけだ。そのパパをいきなり今日の今日呼ぶ?七年前に離婚したのに?ママとパパは仲が悪いわけでもないが、そんなに親しくしている様子もない。


『なんで、今、パパ?』 


 声には出さなかったが、ママには届いたらしく説明しだした。


「ママはさ、引きが悪いからさ。こんな落ち着かない気持ちの時に誰かと親しくしすぎると、ロクなことなさそうじゃん。パパならさぁ。節度を守ってママとつきあうだろうからさ」


 なんという言い分だろう。ボクはパパが気の毒になり断るように祈った。ママは目の前でパパに「電話していい?」とLINEしている。パパがいいと言ったらしくママは電話した。


「あ、カズさん?今日うちに来れる?いや、大した用事はないんだよ。アタシ、今、平和ボケしててさぁ。会いたいなぁと思って。うん。うん。そう。何時に来れる?」


 ボクは初めてのことに驚きすぎて、ただママを見た。小四のボクでもわかる。


 別れた奥さんに「用はないけど来て欲しい」って言われたらちょっとこわい。


「カズさん、待って待って切らないで!高いシャンパン二本買ってきて。アタシご飯の素晴らしいの作るから。はーいじゃあ七時にねー」


 ママのおおらかさに驚く。夜中に酒を飲んでパパと別れた後悔に泣くクセに全然ヘーキで呼ぶんだ。だったらボクは今まで離婚のことでママに遠慮していたのがバカみたいに思える。


 ママは、張り切ってキッチンに行きご飯を作り出す。牛肉を肉叩きで肉が飛んでしまうほどバンバン叩き、塩コショウしたあと、ガーッとフライパンで強火で焼く。それをお手製のソースに漬け込む。野菜を乱切りにして塩水で茹でてザルに開ける。海老やホタテも軽く湯通しして、サーモンを薄切りにする。他にも冷蔵庫が空になる勢いで作っていく。


 十九時より十分くらい前にインターフォンが鳴った。


「ピンポーン」



 ママがまたタタッタタッタと軽快に玄関まで行き、ボクもついて行く。扉を開けるとパパが立っていた。


「こんばんは遼。呼んで頂いて、ありがとう里央さん」

 パパは遠慮がちにママにシャンパンと高そうなケーキの箱を渡した。


「わあ、ありがとう。カズさん、入って入って。ご飯出来てるよ。カズさんの好みが変わってなければ好きなものだよ!」


 テーブルにはモリモリのご馳走が並んでいる。ローストビーフ、シーフードサラダ、サーモンマリネ、ジャガイモのガレット、スペインオムレツ、マカロニサラダ、自家製塩バターパン。


「すごいよこんなにたくさん。好きなものばかりだよ。涼介とママの家で三人でご飯を食べるのなんて初めてだな。緊張する」


 パパはママが引いた椅子に座った。チビタは、よその人が怖いので家具の影に隠れながら、二階へ逃げた。

「カズさんシャンパン開けて」


 パパとボクは隣同士に座り、ママは正面に座っている。ボクのグラスにはオレンジジュースがもう入っていて、パパとママのグラスにシャンパンが注がれた。全員でカンパイする。ママはシャンパンを一気にあおった。


「ふたりとも食べて食べて。アタシは平和ボケとしあわせに今、乾杯したの」


 パパはシーフードサラダを小皿に取り、海老とトマトを口に入れた。そのあとローストビーフを食べて、箸を置く。 


「里央さん今日はなんかのお祝いなの?」


「まあ、お祝いってばお祝いだけどあらためて祝うようなことじゃないんだよ。でも、今アタシは平和でしあわせでそれが怖いの」


 ボクは二人の顔を見ながらジャガイモのガレットとスペインオムレツを口に入れた。パパは深刻な顔をして、シャンパンに口をつけ、ゴクリという音を立てて飲み込んでママを見た。


「里央さん、もしかして恋人が出来たの?結婚するつもりなの?」 


 ママは頭から水を浴びさせられたくらい驚いていた。目がまん丸になっている。


「いや、ちがうけどなんでそんなことを考えたの?」


「いきなり里央さんに呼ばれたら驚くよ。それに里央さんが大したことがないと言うときは重大事が多いから。シャンパンを頼んで、しあわせが怖いとまで言うし」


 ボクはパパの気持ちがよく分かりパパのお皿の上に海老とアボカドをよそった。


「カズさんを驚かせちゃったのね。アタシ、チョーシ狂ってるからなぁ」


 ママはガンガン、シャンパンを手酌で注いだ。塩バターパンを片手に持って齧りながら飲む。べらべら喋ると思いきや、ローストビーフやマカロニサラダを小皿によそい、黙々と食べだした。


 ボクにはパパが一通り取り分けてくれる。ボクもそれを食べる。パパは飲むとそんなに食べない。マリネやサラダをちょっとずつつまんでいる。


 ママはただ食べているようで考え込んでいる。考え考え、食べ物を口に運んでいる。パパとボクはママが何を言い出すのか食べながら待っていた。ママは五杯シャンパンを飲んでグラスを置いた。


「えーとね、カズさん。アタシ、仕事ない時に離婚しちゃったからさ、仕事もらうのに必死だったのね。だから面倒でも何でもしたし、人の言うなりだったのね。いやなことは考えないようにしてて、気がつかないうちにいっぱいになって破裂しちゃったんだよ」


 パパは苦いものを飲み込んだような顔をして聞いている。


「大きな仕事を無くしたんだけど他の仕事が来ているの。もう嫌な飲みや取材旅行もなくて、ものすごく楽で驚いたんだよ。で、平和で悩みがなくて怖くなってるの」


パパはひたすら無言だった。ボクはガレットをまた一切れ小皿によそった。


「平和としあわせってちょっと退屈じゃん。アタシ平和慣れしてなくて、退屈だと不幸を選んじゃいそうなんだ。刺激的な不幸を選ぶのは嫌だからカズさん呼んだの。勝手でごめんね」


パパはママのマカロニサラダを口にいれて、じっくりと味わった。 


「里央さんの味、変わらないなあ。思い出してはこれが食べたかったけど同じ味には出会わないよ」 


パパとママは今日初めて顔を合わせてニッコリ笑った。パパはシャンパンをもう一本開けてあらためてママと乾杯した。 


「呼んでくれてありがとう。美味しいよとても」


「よかったカズさん。アタシが平和でしあわせなうちは時々三人で食事しようね」


 パパは三回もうなづいた。ボクはすごーくうれしかった。ママはまた手酌でシャンパンを注いだ。


「いや、しかしカズさんも来るのに緊張したみたいだけど、アタシにとってもカズさんを家に呼ぶのは不幸を引っ張るぐらい、勇気がいることだから」 


 ママはまたシャンパンをガッとあおった。


「里央さん、離婚した夫と食事するってそんなに勇気がいるの?」


「離婚のせいじゃなくて、カズさんが。アタシ、カズさんには弱みは見せたくないんだ」 


「「なんで?」」 


 ボクとパパは声を揃えた。ボクにはあんなに「黒いママ」になってわあわあ泣くくせに。


「カズさん、人を悪意なくいたぶるからさぁ。弱ってるときには呼べないよねえ」


 ボクがママのストレートさに驚いて、テーブルの上を見るとシャンパンがボトル二本近く空いていた。ああ「黒いママ」になっている。


 パパは言われたことに自覚があるらしく、驚いていなかった。


「里央さんにずっとしあわせでいてもらえるように名誉挽回するよ。」


「いいんだよカズさん。今日Twitter見てたらね『相手を赦さなくてもあなたはしあわせになれる』って文があったの。カズさんを赦さなくてもしあわせになれるっていいなと思ったよ」


 もうママは「黒いママ」全開だった。ボクはママの保護者のようにママを庇った。 


「あのね、ママはお酒いっぱい飲んだりストレスがあると「黒いママ」になるの。ふだんは「白いママ」なんだけど、今は黒くなってて。ごめんなさい」 


 パパはボクの頭を撫でた。


「パパはママに赦されちゃいけないんだよ」


「さっすがカズさん!わかってるう。アタシが赦したら却って愛されてないよねえ」


 ボクは瞬間大人になった。パパとママがなぜ離婚したのかわかってしまったのだ。


「里央さんは、やっぱり才能のある作家だよ。詩的だね。責め方も」


 パパはもう呼ばれても来ないかもしれない。どうしたって離婚した夫婦は離婚した夫婦なんだ。ボクは喜んだ分、ガッカリした。もうママは大酔っ払いで冷蔵庫に行き、ズブロッカとパパの買って来たケーキを出してきた。


「カズさんアイスコーヒーにズブロッカ入れて、ケーキ食べようよ!」


 パパはテーブルの上を片付け出した。残ったガレットとローストビーフは同じ皿に。スペインオムレツの脇にシーフードサラダを置いてどちらもラップをかけ、小皿やお箸を片づけた。ケーキのお皿とフォークとスプーンを出してきて、ケーキの箱を開けた。 


「涼介はどれを食べる?」 


「モンブラン」 


「おお意外だな」 


「ママはフルーツタルトかな?」 


「そーそー」 


ズブズブに酔っ払っても好みは変わらない。


「カズさんは、アップルパイだよね」 


「そうだよ」 


 ママはペットボトルのアイスコーヒーを注ぎ、ズブロッカをドボドボ入れようとした。パパはママの手を押さえた。


「濃すぎだよ」


「うん。そかそか。カズさんは自分で入れて」


 ママは子供のようにケーキのセロファンを剥がしペロンと舐めた。コーヒーズブロッカを飲みながらフルーツタルトを舟を漕ぎかけ半分目を瞑って食べる。パパもボクも食べる。ボクは三人で食べる最後の晩餐だと思った。


 食べ終わるとパパはお皿をディッシュウォッシャーに並べていく。そのあとパパはママの作ったマカロニサラダとサーモンマリネをタッパに詰めた。 


「ママにパパが持って帰ったって言っといて」  


 パパはテーブルで寝てしまったママをソファに寝かして、ボクは二階から毛布を持って来た。ふたりでお茶を入れて、椅子に座ってママを見る。ママが寝ているソファの上に絵が二枚飾ってある。ブルーの花と空と雲が不思議に溶け合っている絵だ。 


「ママは波乱万丈運だと涼介にも言ってる?」


「よく言ってる織田信長と同じ画数だって自慢そうに」

「この絵が誰の絵か知ってる?」


「知らない。有名な人の絵なの?」 


「ママの絵だよ。ママは画家として売れてたんだよ。でも涼介が産まれたら辞めちゃったんだ。子育てのがよっぽど面白いって」 


 ボクはママに選ばれた気がしてうれしくなった。


「ママは才能があるのになんにも執着しないんだ。パパは妬ましかったね。波乱万丈運ってさ、次から次へと生き直せるパワーがある人のことなんだよな」


「暇だ暇だ」と言いながら、仕事して、大量の本を読み、ゲームをし、畑をつくり、洋服の直しまでしているママのパワーを思った。


「もう来ない?」


聞かない方がいいのはわかっていたけどボクは聞かずにいられなかった。


 パパは今日一番驚いた顔をした。そして、泣きそうになっている。


「涼介はホントに聡いんだな。ごめんな、パパは大人なのに気を使わせて。来るよ。呼ばれなくても時々様子を見にくるよ。ママと涼介がどう暮らしているのか見たいから」 


 ボクは聞いたことを後悔した。パパはママとは全然違うタイプの人間で、ココロにもないことが言えそうだから。ママが「いいんだよカズさん」と言っていたのもわかった。急に口から言葉がこぼれた。


「いいんだよ、パパ」


 失敗したと思って手で口を押さえたけど手遅れだった。パパは目がこぼれるくらい見開いて、ぐっと喉を鳴らした。


 ママは無邪気な寝息を立てていて、ボクは今日をどうやって終わりにしようか頭をフル回転させたが、全く思いつかなかった。













退屈な展開かもしれませんが続きますので読んでくださる方は大歓迎です。

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