第八話
ドライハルの張り詰めたかのような、ちょっと緊張を含んだ声が響く。
「まずは食料だな。人間、食べないことには何も出来ない。それに衣料も要るし、地図も必要だ。心配すんなって。そういのは俺が全部準備してやるよ。金なら心配するな。これでも一応、町長の孫だからな。利用できるものは利用してやるさ。そして、荷物を運ぶズグーが2頭と俺達にもズグーが必要だな。ズグーは貴重だが、俺が何とかしてみせるさ」
ズグーとは、山岳地帯に生息する2本角が特徴の動物で、昔々から人間により飼いならされ、今では旅の荷運びから人を乗せる旅のお供として欠かせない動物だ。性格は大人しく、主に草等を食べる草食動物だ。その大人しい性格には似合わず、機敏で筋肉質で急峻な山道を行くにも適しているので、人々に重宝される貴重な動物でもある。馬もいるけど山道での旅には向かないし、ここらでは高価なので、手に入れるのが難しくもあった。
「ズグーには乗った事無いけど大丈夫かな?上手く乗れない自信はあるよ?」
「心配するな。ズグーは大人しい。俺が出発までに乗れるように教えてやるよ」
「あ、ありがとう。本当に何から何までありがとうね、頑張るから」
「おう、任せておけ」
頼りがいがあるなと、ちょっとほっとした。
「じゃあ、順に旅の工程を打ち合わせよう。俺が思うにこういう計画ってのが、長旅では一番大切だと思うからな」
「うん、そう…だよね」いよいよ緊張して来た。
ドライハルと綿密に旅路の計画を練った。二人とも初めての知らない地への旅路で、決して楽な道ではない。最大の問題であるのは、難関と言われる、エト山越えだ。晩夏といえど楽ではないのは、僕でも知っている。
「荷物は必要以上に持たないようにだな。持ち過ぎると動きも鈍いものになる。大丈夫だ。エト山越えは、先の旅行者がそこかしこに目印を付けているからな。この地図と照らし合わせながら進めば大丈夫だ」
文机の上の地図らしきものを見る。そこには所々に道だけではなく、何やら目印のような記号までが書き込まれている。これなら、きっと大丈夫だ。ドライハルが書き込んだのだろうか?
「これって、ドライハルが書いたの?」
「そうだな。俺であって、俺ではない。この町は、エト山越え定宿だろう?だから、歴々の旅行者が立ち寄った際に残してくれたものだ。それを俺が写して清書した、が正しいな」
「そうかぁ、そうなんだね」
「よし、食料とズグーは先にも言ったが、俺に任せろ。アッシュ、お前は明日から、ズグーに乗る特訓だな。自分の旅荷の準備も忘れるなよ。それと、テルザに何か言い残したい事があれば言っておけ。お前の家族みたいなものだろう?大丈夫だと思うが、念の為だ。長旅でもあるからな」
「うん、わかった」
「よし、じゃあ、明日またここに来い。午前中からは荷作りで、昼からはズグー乗りの特訓だ。昼飯を食ってから来いよ」
「わかった。よろしくね、ドライハル」
「ああ、明日な。気合入れて行くぞ」
そう宣言するかのような、ドライハルの言葉を合図に長老の家を出た。
いよいよだ。まずはズグー乗りからで、これからが本当の未知への歩みになる。
進むしかない。そう思った。