第六話
ドライハルに招かれるままに正面門を潜り、開け放たれた扉も潜り家の中へと入った。
僕は初めて入る。
古風な屋敷だが造りは立派で、僕の暮らす、うさぎの尻尾亭とは大違いだ。宿屋と比べるまでもなく当然だけど、室内の豪奢さに圧倒される。明らかにこの土地では見られない、大きな壺や壁には何やら絵画のようなものも掛けられ、彫刻による謎の置物もある。
ドライハルに案内されるままに歩を進め、やがて彼の部屋だろう一室に通された。
その時にある事に気づいた。室内に漂うこれは…お香を焚いているものだと思われる匂いだ。柔らかな優しい匂いが漂う。
しかし、室内は質素で余計な装飾は一切なく、実用的なものだけがあるように思われた。お香のお蔭か、そんな僕の緊張した気持ちが少し和らいだのは、気のせいだろうか。
ドライハルとは面識こそあれど、僕は彼の事をそんなに知らない。そんな僕の気持ちを察してくれたのか、ドライハルは微笑むかのような表情で話し始めた。
「よく来たな、アッシュ。立ち話もあれだ。まあ、座ってくれ」
手招きされて目の前の椅子に座る。
「ありがとう、ドライハル」
「それにしても、俺はお前が志願するとは思わなかったぞ。俺もだが、町の住人もお前の事をよくは知らないからな。あれはもう2年も前か。だが、お前が悪い奴ではないことは、俺も皆もよく知っている」
いきなり事の核心を言われた。
「そう…かな。自分でもまだちょっとわかんなくて、あの時は僕がやらなきゃって思ったんだ。喧嘩もした事ないし、戦争とか怖いよね。僕は僕は…自分の事が自分でもわからなくって、言えなくてごめんね」
正直に自分の本音を言った。自分の事はわからないので、話しの中心をドライハルに振った。
「ドライハルこそ、自分で志願したよね?どうしてなの?」
気になっていた事を聞いてみる。
「そうだな。俺もお前と同じようなものだ。俺がちょうど良かったんだ、機会としてな。俺はずっと町の外、この町以外の景色や人や建物、文化というものを知り、感じてみたかった。それには、今回の徴兵はちょうど良かった。城砦都市ディザワイスとはどんなものなんだろうなと思うんだ。俺はそれを知りたい」
そうか、ドライハルにも彼自身の思惑がある。当然の事だ。誰だって知らない事には憧れがあるものだと思うから。
「そうだね。そうなんだね。僕もちょっとわかるかも…しれないかな。正直、どうなのかわからないけど」
ドライハルはにっこり。
「お前はまだまだ若いんだ。それでいいと俺は思うぞ」
「そうだね。ありがとう」
一変、ドライハルはちょっと真剣な顔をした。
「じゃあ、旅の準備の話しをしよう。それが聞きたいんだろう?」
忘れてはいけない。その通りだ。
「よろしくね。ドライハル」
「おう、入念に準備しようぞ」
「うん」
これから始まる徴兵という、旅への第一歩。果たして、旅と言っていいのかはわからない。
いよいよだ。忘れ物があってもいけない。準備は入念に。大丈夫、ドライハルもいるから。僕はひとりではない。きっと、大丈夫。
今の僕の気持ちを表すとしたら、一体何なんだろう。緊張、恐怖、憧れ、色んな気持ちが入り混じっている。将来への希望を気持ちに乗せて。僕は新たな一歩を歩み出す事になる。