第三話
忙しい朝が終わり、朝以上に忙しい昼の仕事を僕は少し上の空で終えた。
朝、聞いた話しが信じられない。この僕が徴兵されるかもしれない?それは可能性であり、確定ではない。しかも、直接言われたわけでもない。
昼食の食堂のテーブルを片付けていると、真剣な顔をしたテルザおばさんに言われた。
「あのね、さっき聞いたんだけど、今夜の町の会合にあなたも出てくれないかな?もちろん、嫌ならいいんだけどね」
特に問題があるわけでもないし、事の真相は僕も知りたいことだ。きっと、徴兵の話しだろうと思われる。
町の会合には長老を始め、町の重鎮が出席する決まりだ。しかし、正直怖い。でも、拒んで臆病者と罵られるのも嫌だ。腹を決める。
「わかった。僕も本当のところを聞きたいし、特に問題無いよ」
「そう、良かった。念のためだからね。きっとあなたなら大丈夫よ」
そんな会話を交わし、今夜の会合への気持ちを自分の部屋に戻り、整える。
会合のある夜の店の営業は早仕舞いだから、時間は十分にあった。幸い2階の宿泊部屋も満室だが、特に騒ぎ立てる客もいない。
…徴兵か。僕は喧嘩すらしたことがない。そんな僕に戦えと言うのか?ましてや戦争で殺し、殺されをやるのか?気が付くと、膝が小刻みに振るえていた。正直、怖い。
暫く、じっと考えに沈む。
季節は夏の終わりを迎えようとしていたが、まだ蒸し暑く、開け放たれた窓にふっと気を持って行かれた。
そう、何かが窓から入って来たからだ。それは小さく光ながら、ふわふわと入った窓から天井近くに漂っている。…虫ではないな。しかも、鳥の類でもない。目の錯覚でもない何かは、音すら立てずに、ただただふわふわと漂っている。じっとそれを見詰めるが、それはやはり、ただただふわふわと漂っている。
何なんだ、一体、っと、一瞬緊張が解けた、その瞬間にそれは消えた。
僕は知るはずもなく、後に知るのだけど、知る人がいればそう言う。
あれはアッガと呼ばれる光虫なるもので、神の遣いとも言われていると。そして、それを見た人の運命を波乱に満ちたものに導く存在だと。
それを知る別のある人はそう言う。あれは悪魔の使い魔で、見た者を地獄の底へ引き込んで行くものだと。
僕は知らない。何の遣いで何であろうと、僕は僕で自分の運命は自分で切り開くものだからだ。特に学んだわけではない。心の魂の大切なところに刻み込まれているからだ。自分の人生は自分のものだ。誰に邪魔されるものでもない。
考えが思考がふわふわとしている。まるで、先ほど見たアッガなるものに魂を奪われたように。
時間は刻々と進み、夜の会合の時間が近づいていた。
刻々と、刻々と。
遠慮気味に部屋のドアがノックされる。
-コンコンコン-
「アッシュ、時間が近いから準備してね。準備し終えたら、1階に来てね。大丈夫、何があっても私が許さないから。大丈夫、私を信じて」
「わかった。直ぐに行くから、ちょっと待ってて」
開けっ放しの窓を閉め、僕は重い腰を上げて1階への階段を下りた。
下では、いや、今夜はテルザおばさんだけではなく、目まぐるしい、波乱万丈な運命が待っているとは知らずに。




