第二十六話
壁際の洗い場の椅子に座る前に、男達から腰に巻くようにと薄布を渡されていたので、腰に巻いて座った。壁には、上半身が映るくらいの鏡が掛けられていたので、自分の顔を見ると、やや疲れているのだと思われた。それだけの長旅だったな。男達は、異国のだろう歌を歌っている。いそいそとした気持ちが和んだ気もする。
そう、感慨にふける余裕も無く、男達に急かされるように体を洗う事になった。しかし、これはどうしたらいいのか?そう思っていると…
「青の瓶は、洗頭水でやんす。まずは頭を洗って下せえ。それから体の前を洗体水で洗って下せえ。洗体水は、透明の瓶でやんす。お背中は、あっしらがお洗いいたしやす。ささ、どうぞ」
ん!?確かに瓶があるが、水で洗うのだろうか?ラカハナでは石鹸で洗っていたけど、ここでは液体で洗えるのか。ちょっと戸惑ったけど、まずは、青の瓶を手にして蓋を開け、手の平に液体を出してみた。微かに花の香りがする。それを頭に付けて軽く洗ってみた。スッとするような、頭がスッキリするような感覚で、これは気持ちが良かった。頭は泡だらけだ。泡を洗い流さないとと思っていたら、後ろにいた男が桶を手にして…水をぶっかけられ…るかと思ったら、お湯だった。良くみると、壁には管のようなものがあり、そこからお湯が出ているようだった。
横目でドライハルを見ると、既に体を洗っているようだ。そうか、渡された布で洗うのか。透明の瓶を取り、それを使って、自分の体を洗った。それと同時に、背中を男が丁寧に洗ってくれた。最後に、桶のお湯で体中の泡を流し終えておしまいだ。
ドライハルも既に終えていた。さて、どうしたものかと思っていると、男達に外の温泉に入るようにと言われた。
このままで大丈夫なのだろうか?ちょっと気になる事もあったけど。ツシール達を外に繋いだままだ。気になるので、男達に聞いてみた。
「あのう、僕達のズグーなんだけど、外に繋いだままなんです。食事もまだだし、あのままじゃ可哀そうだから、何とかなりませんか?」
男の一人が「がってんでやんす。既に厩舎に入れて、食事も与えておりやす。ゆっくりと温泉にお入りになって下せえ。一切、抜かりはありやせん。ご心配なさらず、温泉へどうぞでやんす」
そうだったのか。ツシール達が気になってたから、安心した。
「ありがとう。じゃあ、温泉に入らせてもらいますね」
ドライハルを見ると、何か考えているようだけど「俺も入らせてもらうよ」
そう言い、二人して外の温泉に入る事にした。
温泉か。ラカハナでは、樽風呂が殆どで、温泉は入った事はなかった。どんなものだろう。温泉に入ろうとすると、卵の腐ったような臭いがした。ちょ、ちょっと、これは何かの有毒なものじゃないのかな。思わず、後ろに控えている男に声を掛けた。
「あの、変な臭いがするんだけど?」
「それは、硫黄臭でやんすな。温泉につきものでやんす。慣れれば気になりやせん。ささ、お入り下せえ」
「そう…なんだね」
ドライハルと視線を交わし、意を決して温泉に入った。
温かい、旅の疲れが取れ、温かい。本当に全身の疲れが取れるようだった。ここまで、本当に長い旅だったな。温泉に包まれて、ぼんやりとそう思った。
「なあ、アッシュ。温泉って、いいもんだな」
「うん、そうだね」
温泉から見える外の景色が、黒をいよいよと色濃くしていた。