第十九話<ドライハルの事情>
言った、言ってやったぞ。時は来た、時は来たんだ。
俺は自室に戻り、興奮を抑え込むためにベッドに潜り込んだ。
そして、先程の出来事を思い出す。
それは機会だ。町を出て、外の世界を見る機会だった。徴兵に応じる必要はあるが、それ以上に町の外に出る機会を、俺はずっと待っていたからだ。町で聞く話や屋敷を訪れる人達の話しの外の世界への憧れがあった。
やったぞ、遂にこの町を出る事が出来る、そう思っていた時…
-コンコンコン-
遠慮気味に部屋のドアがノックされる音がした。誰だろう?
「ドライハル、私よ。さっきの話しを聞いたわ。本気なの?考え直さない?あなたが行く必要なんてないのよ?」
母さんか。俺は俺でこの町をいつか出ると決めていた。ずっとだ。ずっと考えていた。この機会を見逃がす事は出来ない。
「母さん、俺は俺の意思で決めた事だから。誰が何と言おうと考えは変わらないよ」
母さんと言い争う気は無い。言い争うだけ無駄だ。
「いいわ。もう少し良く考えてね。それと、お義父さん…あなたのおじいさんが呼んでいたから。後で顔を出してね。必ずよ。今夜中にね。それだけは約束して」
じいさんに俺の考えを改めさせる気か。俺は自分の考えを変えるつもりは無い。ずっと考えて計画していた事でもあった。だが、ここで揉めるのも面倒だと思った。顔だけは出しておくか。
「わかったよ。何にせよ、じいさんの力は借りる事になるから。後で話しをしに行くよ。約束する」
小さな溜息が聞こえたような気がした。
「じゃあ、お願いね」
そう言って、母さんはそこを離れた。
町の長老である、じいさんの力は借りないといけない。何しろ、俺にはそれだけの金が正直無い。何をやるにも、旅立つものがなくては何ともならない。
沈思し、この先の自分のすべき行動を考える。金だ。まずは金だな。会いに行くか。
屋敷に隣接する、町の集会場が静かになったようだ。漏れる明かりは消えていたからだ。今行けば、屋敷にじいさんは戻っていると思われるので、会いに行く事に決めた。
自分の部屋を出て、じいさんの個室兼執務室へ向かう。俺の部屋は、2階だから、じいさんの部屋は、階下の1階の廊下の奥。何度も入った事はあるが、あの辛気臭さがちょっと苦手だった。仕方ないなと腹を決める。
部屋の扉をノックすると、俺が来るのを予想していたかのような声が飛んで来た。
「来たか、ドライハル。入れ」
特に何も言わずにドアを開け、室内に入った。やはり、何か辛気臭いんだよな。
まずは、先の話しについて言われた。
「考えは変わらんか?」
「ああ、変わらない」
俺の性格は理解してくれて…いると思う。俺の頑固さは、亡き父譲りかもしれない。
「…仕方ないの。出立に必要な金は、ワシが全て出してやろう。だが、約束しろ。必ず無事に帰る事。そして、帰った時にはこの家の後を継げ。それだけじゃ」
「後を継げるかは、正直わかんないよ。だけど、必ず帰って来る。俺を…自分の孫を信じてくれ」
じいさんは口髭を触るようにして、意外な一言を告げた。
「よかろう。ただ一つ、これからワシが言う事を覚えておくように。ギルモンド家代々に受け継がれる事でもある、旅立ちの儀式…のようなものじゃ」
何だろう?
「まあ、やってみればわかる。ワシがお手本を見せてやる。難しくは無い。良く見て聞くのじゃぞ」
そう言い、じいさんが歌い始めたのが、山民のエトの歌だった。それを出立までの2週間で、暗唱させられた。その時に、あの怪しげな紙を使った儀式も教えられた。そういえば、あの紙はエトで採れるある樹木を漉いて作った物らしかった。
最終日に、じいさんが悲し気な目で言った事も忘れていなかった。
「ドライハル、ワシは反対した手前、出立の見送りに行く事は出来ぬ。皆の前でお前を応援するわけにもいかんからな。じゃが、応援しておるぞ。必ず無事に帰って来い」
あの時は、あれがこの旅で役立つ事になるとは、予想も考えも全く及ばなかった。




