第十七話
ゆったりとした時間が進む、そんな気がした。
僕の作った朝食は、とても好評で、ドライハルからは恥ずかしくなるくらいに賛辞をもらった。
「トーカって、美味いんだな。実は俺、あのちょっと癖のある匂いが苦手だったんだが、アッシュのトーカは美味かった。さすが、テルザ仕込みだけはある。大したもんだ」
室内には、まだトーカの匂いが漂っている。
照れくさいけど、嬉しい。自分で作ったものを食べてはみたけど、想像以上に上手く作れたと思う。今の僕達の置かれた環境もあるのかな。環境による食への影響?教えてくれた、テルザおばさんの顔を思い浮かべ、胸の中で感謝した。
まだ、たった数刻だけど、旅の目的を考えるとテルザおばさんがちょっと恋しい。
食事を終え、お互いに少々の休憩になった。食べて直ぐには動けないから。
その間に様々な考えが頭を過ぎる。
まずは自分達の置かれた状況であり、現実について。
旅の最終目標は、兵役に就くことで、戦いに関わる事になる。
僕もドライハルも顔には出さないけど、それは理解している。
まずはエト山を越えて、無事にディザワイス到着を目指すしかない。そこで僕達を何がどんなに辛い事が待っていようと、まずは最初の一歩を踏み出さないといけない。
朝食を終えた、ドライハルの顔をチラっと見たけど、何かを顔に出す事は、今も無かった。ただ、ちょっと遠くを伺うような顔があるなと思ったのは、僕の気のせいか。
朝食の後片付けを終えたので、いよいよだ。
ここはエスカライア山脈の入り口なので、この先は穏やかな山道から始まり、多分だけど、途中では急峻岩場もあるのではないかと僕達は考えていた。
不安はあるけどズグーによる道行は大丈夫だ。想定して特訓もしたから、きっと大丈夫。
これからが本当の旅だ。
「そろそろだな。行くぞ、アッシュ」
「そうだね。いよいよだね」
お互いに気合を入れた。
立ち上がり手早く荷物をまとめた。
ここから先は引き返せない。道だけではなく、僕達の人生はこの先は引き返せない。例え、どんな人生が待っていようとも。
チカサの宿の入り口に繋いだ、ツシールの手綱を解き、背中に乗り跨った。ドライハルも同様にしてサシーに跨り手綱を握った。
そして、いよいよとエト山を遠くに眺めて、エスカライア山脈の中へと進んだ。何か引き寄せられるような錯覚を微かに感じて。
エスカライア山脈の入り口からの山道は、緩やかな登りから始まった。今はまだ平地と殆ど変わりはない。ツシールも変わった様子もなく、道なりに歩を進めた。ツシール達の蹄の音が規則的に長閑に続いている。
入り口から同じような景色は続き、正面には晩夏の山々による木々があり、両側は同じく緑豊かな木々に挟まれる。きっと、もう少ししたら紅葉も始まり、綺麗なんだな、そんな事を考える余裕がまだあった。
これから先に何があろうと、まだ始まったばかりなんだけど、今の気持ちを忘れないでいようと思った。
僕はひとりじゃないし、僕達はひとりじゃない。
ドライハルも仲間で、ツシールもサシー達も同じだ。仲間なんだ。
深く広大な新緑を抱えた豊かで時には厳しいだろう、エスカライア山脈。
目の前に広がる、底の見えない大自然。
無事に帰るんだ、そう強く思った。
見えない世界に少しながら胸をときめかせて。
遠く遠くへと思いを乗せて。




