第十二話
ツシールとの特訓が終わりを迎えようとしている。
特訓は順調そのもので、明明後日には、ここラカハナを出立しなければならない。
ドライハルは彼らしく、どこか清々しくも旅の準備をしていた。
僕は僕で準備もあり、それに心の準備も必要で忙しかった。食料等の必要物資は、ドライハルが全て手配してくれたので、僕はそこまでは忙しくもない。
うさぎの尻尾亭を出てギルモンド家の別宅で、ツシールとの特訓に出かけようとしたら、テルザおばさんに呼び止められた。
「アッシュ、もうじき出立ね。あのね、渡したい物ががあるから、ちょっと待ってて」
おばさんは、そう言うと1階の自室に入り何かを持ち出していた。一体、何だろう?
「そうね。そこに立ってみて。サイズは大丈夫だと思うけど、自信が無くってね」
言われるままに、その場で立ち尽くす。何だろう?
「前を向いて、後ろを見せて」
「うん、わかった」
くるっと振り返るように方向転換をした。その僕の背中に、おばさんが何かを当てているのがわかった。
「いいわね。思った通りよ。アッシュ、ちょっと羽織ってみて」
そう言って手渡されたのは…これは何かふわふわしている衣類で、防寒着だと思われる。
「うわぁ、ふわふわだね。暖かそう。着てみるね」
そう言い、手渡された防寒着を羽織ってみる。ふわふわの肌触りが着心地いい。
「ありがとう。テルザおばさん」
素直に感謝をおばさんに言った。
「ううん、私に出来る事はこれくらいしかなくってね。晩夏と言えどエト山は万年雪があるから。防寒着は必須だと思うわ。ドッカの毛織物は優れているからね」
ドッカとは、エストライム大陸の山岳地帯に生息する長毛種の動物で、その毛織物は高値で取引されているらしいと以前に聞いたのを思い出した。
「それとこれも…そうね、持って見せて」
何だろうと思い手渡されたのは、ナイフよりやや大きめの柄のある刃物だった。今は鞘に収まっている。僕は使った事が無いけど、短剣だと思う。
「これは…短剣?」
「そうよ、旅の行商人から入手したんだけど、護身用だと思って。戦いには向かないと思うけどね」
防寒着に続き、短剣までもらってしまった。そんなテルザおばさんの気遣いが、本当に嬉しかった。短剣の柄を握り、少し斜めに構えて掲げてみる。うん、これなら僕にも使えそうだ。短剣を腰のベルトに固定する。
「何から何までありがとう。今の僕のは返せるものが何もなくって申し訳ないんだけど」
「無理しないで、生きて戻るのよ。無事に生きて帰るのが、私には、それが何よりのお礼よ。私にとっちゃ、息子みたいなもんだからね」
そう言うと、おばさんは、ちょっと寂しそうな目をしたかと思うと、駆け込むように厨房へ入って行った。その背中を見送りながら、そっと返事を返した。
「きっと、いや、必ず無事に帰るから。待っててね」
時は刻々と進み、時は様々な顔を見せる。
出立は粛々と静かに近づいている。
その先にどんな出来事があったとしても。
僕は何も知らないし、これから新たに知る事が殆どで、それが全てだと思う。
晩夏に羽織った防寒着を熱くは感じなくなって来た。
そうだ。季節は変わり、初秋である、秋が近づいている。
大丈夫、きっと大丈夫。僕は自分にそう言い聞かせ、ツシールに会いにギルモンド家の別宅に向かった。




