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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

金色の贄

作者: 戸部蒼蔵

これからこの「金色の贄」を読んでくださる方々、本当にありがとうございます。この物語は私の最初の作品であるため、言葉遣いや誤字脱字等、少し違ったり物足りなかったりする方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれません。多めに見て下さると幸いです。また、感想やご指摘の際は、是非コメントにてお教え下さいませ。では、戸部の世界へどうぞ...


小伝馬町の本社からは、晴れた空が見えた。薄手の上着を着ていたので、身震いしてしまった。

石田昭光は丸林商事にもう15年も勤めるベテラン社員である。ただのヒラ時代から業績を評価され、どんどん上層部に成り上がったエリート社員だった。そんな石田の同僚に川崎という男がいる。川崎は昔から石田と争っていて、なにかとすぐに石田と争う癖があった。

そんな2人にある時部長への昇進話がかけられる。石田は、誰にも頼らずこの地位まで上り詰めてきたのだ。自分が当然部長になるとばかり思っていた。ところが、部長は川崎になった。噂を聞けば、川崎は成金で、上層部への賄賂があったと噂がある。そのことについて川崎に聞くと、

「俺がそんなことをする男に見えるのか?はっきり言って、ただの妬みだとしか思えないね」

と、鼻で笑いながら言った。きっとほくそ笑んで話していたのだろう。

思わず愕然とした。ものすごく腹が立ち、2日後には辞職届を提出し、小伝馬町を去っていった。















1


昨日の夜に降った雪が1mくらいまで積もり、

(またか)

と農家の北山は呆れながら苦笑いをしていた。雪がほとんど積もることがないので、雪かきの苦労を知らないであろう関東の人々が、観光やらテレビの取材やらでやってくる。

(少しは手伝ってくれよ)

そう思いながら雪かきをしていた。ここ、岩泉町は岩手県の山中にあり、北山が住むところは釜津田という谷合の地域だ。谷合なだけあって、雪は加減を知らずにどんどん降り積もってくる。小さな子供は雪だるまを作ったりしてはしゃいでいるが、大人はそうはいかない。道路や家の敷地などの雪かきをしなければならないのだ。

仕方がないと思いながらも、北山は雪かきを始め、それから20分ほど黙々と行っていた。やっと半分くらいまで終えた時、そこには1人の裸死体があった。

岩泉警察署の中田と岩手県警の峰と岡崎は、通報のあった釜津田へ急行した。見たところ20~30代くらいだろうか、中肉中背であった。しかし、顔が殴られて潰れている。こんなに潰れているということは、相当な時間殴り続けていたのだろう。

「どうしてこんなに殴ったのでしょう?」

と中田が言うと、

「憎しみか何かがあったのかもしれないな」

峰は冷静に答えた。

「なんにせよ殺人事件だからな、慎重に捜査しないとな」

「そうだな」

峰と岡崎はそう話していた。鑑識に遺体の対応を任せ、その日のうちに岩手県警本部へ帰った。所持品の免許証から、殺された男は石田昭光だとわかった。





2


朝の10時すぎに一人の男が、日本橋兜町の警視庁中央警察署へやってきた。影山は男から名刺を受け取った。

「私丸林商事の経理部長をやらせてもらってます、西山と申します」

「どのようなご要件でこちらへ?」

「実は、うちの都市開発部長の川崎成彦というものが会社に来ていないもので、携帯や家に電話をしたって出やしないんですよ」

「なるほど、捜索願ということでよろしいですか?」

「えぇ、そうですね」

と、西山は少しためらったように言った。

「なにかご不満でも?」

「実は、うちの都市開発部の石田というものが岩手の山奥で亡くなりましてね」

「それはご愁傷さまです」

「もしかしたら川崎が失踪したのはその関係なのかと思いまして」

「なるほど、一寸警視庁に問い合わせてみますね」

「よろしくお願いいたします」

対応していた職員は、西山を送り出してすぐに霞ヶ関の警視庁へ連絡をした。

警視庁には、久松警察署時代の田邊という知り合いがいた。その田邊に連絡をとってみた。

「こちら警視庁捜査一課田邊です」

「中央署の影山です」

「あぁ、影山か。どうしたんだ?」田邊は落ち着いた声でそう応えた。

「岩手の山奥で、石田という男が殺された事件を知っているか?」

「あぁ、もちろん。それがどうかしたのか?」

「今さっき丸林商事の西山という方が来てね、川崎という人が居ないらしくて、それが石田の事件関係なのではないかと心配しているらしくてな、、、」

「なるほどな」

田邊は納得したように応えた。

「あとは任せろ。そっちの仕事に戻れよ」

少しばかりぶっきらぼうに聞こえたが、それが田邊なりの優しさなのである。

「ありがとよ」

礼を言ってから電話を切った。

田邊によると、石田という男の死因は、心臓まで包丁の刃が達したことによる失血死だそうだ。近くでは、雪に埋もれた血のついた包丁が見つかっている。

石田は西山の言う通り、確かに丸林商事の社員だった。会社での態度も素晴らしいほどだし、成績も部内トップだったらしい。しかし、川崎と昇進に関して争っていて、結果は川崎に傾いた。そのせいで石田は会社を辞めてしまったらしい。そして石田は殺された。顔は何発も殴られていて、もはや誰の顔かも分からない程だという。影山は石田と繋がりがあった。とは言っても、一度この中央署に相談に来たという程で、あまり深い繋がりというわけでは無い。石田を誰が殺してしまったのだろうか。石田は一日中その事で頭がいっぱいになっていた。

影山から連絡を貰って石田の事件を熱心に調べていた田邊は、岩崎警部に声をかけられた。

「田邊くんは何をしているんだい?」

岩崎警部はいつものように物腰柔らかく聞いてきた。

「以前久松署で一緒だった影山からある頼みを受けましてね、それを調べているんです」

すると、それに興味を持ったように「ほう」とだけ言った。そして、

「そこに書いてある岩泉の事件のことのようだね」

「そうですね」

「実は私も少し気になっていてね、実際に岩手県警に出向いて見ようと思っているんだ。もしかしたらなにか分かるのかもしれないからね」

「ぜひ私も行かせてください」

田邊は興味のこもっている言い方をした。







3


翌日、岩崎と田邊は7時32分に東京を出発するはやぶさ5号で、盛岡に向かった。このはやぶさ5号は、東京を出てから2時間ほどで到着する。景色がどんどんと過ぎ去っていくので、爽快感を感じる。

約束の10時より前には盛岡に着いていたので、県警の岡崎が出迎えてくれた。県警までは歩いて20分ほどである。その間、岡崎と岩崎が会話をしていた。

「岩泉の事件は県警としてはどのように見ているのですか?」

「近くの雪の中に血塗れた包丁があり、心臓まで深い傷があったので、失血死だと思っています」

「なるほど。他殺が有力ですか?」

「そうですね、今のところは。ただ、誰が犯人か見当もつかないのですよ」困ったように岡崎が言った。

そんなことを話しているうちに、岩手県警本部に到着した。2人は、峰というこの事件の担当者にあった。

「警視庁捜査一課の岩崎治郎です。こちらは、同じく捜査一課の田邊正志です」

「よろしくお願いします」

「遥々盛岡まで足を運んでいただいてご苦労さまです」峰は恐縮しながら言った。そして、岡崎が話を始めた。

「まず、我々岩手県警の情報です」峰が資料を取り出して岩崎と田邊に見せた。

「被害者の名前は石田昭光。年齢は37歳。事件の1ヶ月前に丸林商事という会社を退職しています。一応前科者カードを調べると、一度だけ強盗で青森県警に捕まっています」

「なるほど。石田昭光の故郷は青森ですか?」

「えぇ、そうです。大間の漁師の家に生まれ、高校の時に東京へ来て上野で生活していたようです」

「なるほど、ありがとうございました」岩崎は礼を言ってから、「では私たちからも」と言って、資料を取り出した。

「峰さんと岡崎さんに石田のことを調べて頂いていたので、説明が少し楽になりましたよ」田邊は少しニヤッとしてから始めた。

「石田と同じく丸林商事に勤めていた川崎という男がいます。川崎は2日前から出社していないため、もしかしたら関係があるのでは無いかと思い、我々で調べさせていただきました。名前は川崎成彦。年齢は石田と同じ37歳。前科者カードには記載なしでした。ですが、同じ会社の西山という男によると、成金であるということです。一部では、彼が上層部へ賄賂を渡して昇進したのではないかということを言っていました」田邊はそう語った。そして、岩崎は、

「今のところ川崎が容疑者の第一候補となっています」と補足した。

「ありがとうございました」峰と岡崎はそう言って、岩崎と田邊を見送った。

その日の午後、警視庁捜査一課長の橋本から連絡が入った。

「岩崎くんかね?」

「はい、岩崎です」

「丸林商事に脅迫状が届いた」

橋本は落ち着いて続けた。

「丸林商事に脅迫状が届いたのだよ。私も驚いている。とりあえず、明日できるだけ早く戻ってきてくれ」

「わかりました。わざわざご連絡ありがとうございます。失礼します」と言って、岩崎は電話を切った。そして、田邊にこう告げた。

「仙台へ向かうぞ」

16時50分に盛岡を出発する新幹線に乗って、40分かけて仙台に到着した。仙台駅付近のホテルSに宿泊した。











4


翌日朝一番のやまびこ202号で、08:11に上野に到着した。その後、日比谷線で小伝馬町まで向かった。丸林商事に到着したのは08:30だった。既に橋本課長は到着していた。丸林商事の西山と、社長の高橋も待機していた。

「お待ちしていました」高橋はほっとしたように言った。

「例の脅迫状とやらはどこですか?」岩崎が聞くと、

「これです」と西山が差し出してきた。その文面を見てみた。


───岩泉の山中で石田くんが殺されたのは知っていますよね?その犯人は私です、川崎ですよ。今からあなたたちに挑戦を仕掛けたいと思います。今度は高橋さん、あなたの番ですよ。但し、5億円を要求します。命と引き換えてもいいんですよ?命と金、どちらを取るのもあなたたち次第ですよ。もし金を用意するのなら、5日以内に用意してください。5日後に、非通知で社長室に連絡します。

では───


「これでどうやら、川崎が犯人だということがわかりましたね」田邊が安堵したように言うと、岩崎は反論した。

「いや、まだまだここからだ。1人の命と金を天秤で釣らされているんだ。恐らく相当な知能犯だろう」

「川崎は元々金持ちなので、もっと莫大な資産を欲しがっていたんです。いつかは社長になってやるって言ってました」西山が思い出して伝えてくれ

た。

「私共警察も、どうにかして5億円をだすように検討いたします」

その後の5日間はなんの動きもなかった。普段なら平和なことだと感じるが、脅迫状が届いた以上、そんなことは考えられない。5億円は、丸林商事の売上を貯金してきた金庫から解放した。

「未だに信じられません。まさかあの川崎くんが石田くんを殺すなんて。しかも、その上5億円を要求するとは。もう参ってますよ、全く」

と、高橋は文句を漏らした。

しかし、どうして川崎が石田を殺した上、5億円を要求するのだろうか。5億円にどのような意味があるのだろうか。そのようなことを考えながら、5日が過ぎてしまった。捜査一課の一行は丸林商事に到着した。社長室まで行った時、執行役員の長岡が出迎えてくれた。

「どうぞこちらへ」長岡は案内をしてくれた。高橋が真剣な顔をして椅子に座っていた。いつ電話がかかっても良いように、捜査一課全員で逆探知機や録音機の準備を整えておいた。

そして、ジリリリリリ──────










5


「もしもし」高橋が電話に出た。

「高橋社長ですね?」

(機械音声だな)

岩崎と田邊は瞬時に判断した。

「高橋です」

「5億円は用意出来ましたか?」

「はい。しかし川崎さん、なぜこんなことを、」

高橋の言葉を遮るようにして、

「今から私の指示にしたがって、5億円を渡してもらいます。もう録音はしていますよね?」

「えぇ、そうです」

「まずは城西銀行の口座番号×××××××に上限の1000万円を入れてください。」

その後、城西銀行に続いて、東洋銀行、第七十三銀行、亀山銀行、東京西銀行、東日本銀行、田園都市銀行、東京KT銀行、王子銀行、中野信用金庫に振り込むよう言われた。全て1000万円ずつの入金である。残りは4億円である。

「残りの4億円はどうするんですか?」

「それを今から説明します」

電話の向こうで川崎は何を考えているのだろうか。そんなことを考えながら話を聞いていた。

「まず、4億円を持って、伊豆に向かってください。但し、警察の方はここでお待ちください。なお、社用車を使用することが条件です。高橋さんではなく、長岡さんにお願い致します」

「私、ですか?」

「えぇ、あなたです、長岡さん。あなたの携帯電話の番号を教えてください」

「分かりました。090-、、、」

長岡は自分の電話番号を伝えた。

「それでは長岡さん、明後日の朝にまたご連絡します」

川崎がそう言ったあと、電話は途切れてしまった。

「彼はきっと、金が目的なんですよ」高橋は言った。

「この際だから言ってしまいますが、私たちは彼から賄賂を受け取っていました」

「その賄賂で川崎を昇進させた、と?」

「えぇ、そういうことになります」高橋たちは床に目をやった。

「しかし岩崎さん、田邊さん、川崎くんは以前言っていました。それも、もう金はいらない、と」










6


「川崎さんと石田さんのデスクを拝見してもよろしいでしょうか?」岩崎はそう言って、石田と川崎の勤めていた都市開発部のフロアへ向かった。

「石田」と書かれた机の上のものを、手袋をはめた状態で全て持って行った。そして、同様に「川崎」の荷物も持って行った。警視庁に持ち帰った2人の荷物を、指紋を確認するために科捜研へ持っていった。その後、警視庁に戻った岩崎・田邊・橋本の3人は同僚の片桐、星野と話し合うことにした。

「金はもう要らない、と川崎は言っていたそうですよ」岩崎はそう始めた。

「しかし、金を要求してきた、と。それも5億円」橋本は溜息をつきながら言った。そして星野が、

「困った相手ですね、なにしろ姿も声も現すことのない相手ですから。橋本課長はどう考えますか?」と言った。

「私は、やはり川崎が犯行に及んだんだと思っているよ。しかしね、少しおかしいと思うんだよ。もし川崎が金はもういらないと言っていたことが本当だとしたら、なぜ5億円も要求するのだろうか」

一同は沈黙に包まれた。誰もが考えていた矛盾を、橋本が語ってくれた。さらに橋本は続けた。

「そしてもうひとつ、憎しみは川崎より石田の方が強かった。しかし、殺されたのは石田だった。この矛盾をどう解くかが重要になってくるね」

橋本がそう言った後、岩崎は「2日間出掛けてくる」とだけ言い、警視庁を去っていった。

2日後、田邊の所へ電話が飛び込んできた。

「こちら警視庁捜査一課田邊です」

「田邊くんかね?私だ、岩崎だ」

「なんだ、警部ですか。どうしたんですか?」

「とりあえず盛岡に来てくれないか?」

「いや、なんd」

プーップーップーッ

(本当にあの人は全く)

と、彼は思いながら駅へ向かった。
















7


田邊は8時20分発のはやぶさ7号に乗車して、10時30分、盛岡に到着した。盛岡では岩崎警部が待ち構えていた。岩崎は田邊の顔を見るなり、足早に岩手県警まで歩き出した。

県警本部では、岡崎が待っていた。そして岩崎が、

「これを見たまえ、田邊くん」と得意気に言ってきた。それを見ると、どうやら指紋照合の結果らしい。

「このご遺体は石田ではなかったのさ」

「では、石田はまだ生きているということですか?」

「そういうことだ」

田邊には訳が分からなかった。死んだ筈の石田が生きているというのだ。しかしそうなると、この死体は誰の死体なのか、それが気になった田邊は、2人に聞いてみることにした。

「じゃあこのご遺体は一体誰なんですか?」

「それが、、、分からないんだ」

「川崎ではないのですか?」

「指紋を照合しても一致しないんだ。従ってこのご遺体は、川崎でも石田でもないのだよ、田邊くん」

ちょうどその時、岩手県警に電話が飛び込んできた。岡崎はその電話を取り、岩崎を呼んだ。その後岩崎は1分ほど話し、電話を切った。

「どうしたんですか?」田邊は聞いた。

「橋本課長からで、伊豆の旧天城トンネル付近で死体が見つかったらしい」

「それはもしかして、、、」

「そう、私もそう思っているんだよ。長岡の可能性が高い」

すると、それを聞いていた岡崎が、

「とりあえず一刻も早く伊豆に向かった方がいいのでは?」と、口を挟んだ。田邊と岩崎はごもっともな意見だと感じ、すぐに盛岡駅に向かった。




8


田邊と岩崎は盛岡を12時50分に出るはやぶさ22号に乗り、東京に15時04分に到着した。そして15時27分に出るこだま737号に乗って、16時17分に三島に到着した。三島駅では静岡県警の後藤と酒井が覆面パトカーで待っていてくれた。2人は挨拶をしてから乗りこみ、約1時間走り続けた。ようやく旧天城トンネルに到着したところで、日は沈みかけていた。4人は規制線の下をくぐり、田邊と岩崎は橋本に話しかけた。

「ご遺体はどこにあったのですか?」岩崎が橋本に聞く。

「そこの林の中さ。多分顔からして、長岡だろう」と、橋本は悲しげに言った。

3人はその遺体の前に行き、手を合わせてから顔を見た。確かに橋本の言っていた通り、長岡に違いない。そして何よりの証拠が、丸林商事の社用車が停めてあったことだ。これにより、遺体は丸林商事執行役員である長岡志郎だとわかった。その後、鑑識の山下が近づいてきた。

「長岡の持ち物にこんな紙が入っていましたよ」と言って岩崎に手渡した。


───明後日、丸林商事を爆破する。社員は全員避難させておくこととする。なお、警備員、警察官は建物の中に入ることのないようにお願いしたい。せいぜい頑張ってください、無能な警察さん───


読み終えた岩崎の手は怒りのあまり震えていた。橋本は岩崎に話しかけた。

「岩崎くん、一刻も早く犯人を捕まえることが我々のすべきことでは無いのかね」

「えぇ、そうですね、、、」

「ここで弱気になってちゃいけん!」と、橋本は全員に喝を入れた。その後の検査の結果、身元は長岡であることが確定され、司法解剖の結果、死因は金属凶器による外傷性ショックと発表された。






9


翌日、長岡が何者かによって伊豆で死亡したと高橋に伝えに向かった。それと共に、明日、丸林商事が爆破されるということも伝えた。それを聞いた高橋は深いため息をついてから、

「爆破、ですか、、、」と言い、少し間を挟んでから、

「一体警察は何をしていらっしゃるのですか?犯人は川崎だと分かっているではありませんか!なぜ逮捕しないのです?」と、怒鳴った。

岩崎と田邊が無言でいると、

「答えてくださいよ!」と悲しげに訴えかけてきた。

「まだ、、、まだ川崎が犯人だとは断定できないのです。私たちも最善を尽くすように精一杯の努力をしています!それに、」と田邊が痺れを切らして言い始めたが、

「そこまでにしたまえ、田邊くん」と岩崎が言うので、田邊はその通りにした。

「とにかく、明日は丸林商事全体で出社禁止としてください。よろしくお願いします」

「えぇ、分かりました。私はここに来た方がいいのですね?」

その言葉を聞いて岩崎と田邊は驚いた。まさか、高橋の口からそのような言葉が出てくるとは思いもしなかったのだ。

「えぇ、もちろんです」

その夜、丸林商事内では対応に終われた。明日に予定されていた取引は無論中止となった。そして午前2時過ぎ、高橋を除いて対応に当たっていた全ての社員が帰宅した。

午前3時12分、高橋のパソコンに一通のメールが届いた。ピコンという音と共に届いたメールには、このように書いてあった。


───準備が整ったようですね。残念ですが、私は丸林商事を爆破しません。そして、爆発物も持ち込んでいません。あなた達は私の策にまんまと引っかかったということです。また、私はこの時間で何かを成し、何かを得ることがました。とても良い時間稼ぎになりましたよ。

さて、本題に入りましょう。警察の皆さん、私と遊びをしませんか?場所は奥多摩の小河内ダム、今日の14時に来てください。遅刻は厳禁ですよ、楽しみにしていてくださいね───

「もう耐えきれません。急いで奥多摩に向かわせてください」高橋がそう訴えかけてきた。

「しかし、我々は慎重に行かなければなりません。何が起こるか分からないのです。時間は午後の2時です。まだ時間はあります。ここからなら2時間でつけるんです。とにかく、お待ちください」

それから田邊と岩崎は一度桜田門の警視庁に戻り、仮眠をしてから作業に取り掛かった。田邊と岩崎を含む捜査一課の刑事らはスーツの内側に防弾チョッキを着た。機動隊は盾の準備をし、万全の状態と言えるようになった。そして午前11時57分、警視庁を出発した。





10


奥多摩の小河内ダムには午後1時56分、指定された時間ギリギリに到着した。当たりを見渡すようにしながら岩崎と田邊はパトカーを降りた。やはり都心よりは寒かった。すぐ後に、パトカーが5台ほど到着してきた。目の前に見えるのが小河内ダムである。青梅警察署の警察官たちが小河内ダム周辺の道路を封鎖していたので、ダムには誰もいなさそうである。

しかし、台車を押した40代くらいの男と、もう1人40代くらいの男がダムの南側から歩いてきた。男が押している台車には、白い布を被せた何かが載っている。

「あなたたちはここで何をしているんですか?」

岩崎は聞こうとした。男たちが近づいてきた。しかし、そう言う必要もなかった。顔がだんだんはっきりとしてきた。捜査一課の面々はすぐにその顔をみて誰だかわかった。台車を押しているのは、石田だった。その横を歩くのは、川崎だった。

石田が大声を張り上げて話し始めた。

「警察の皆さん、今日は遥々この奥多摩へお越しになさったことを感謝いたします。警察の皆さんをこの奥多摩へ呼び寄せたのにはもちろんわけがあります。今から私たちのショーを見ていただきたいのです。もちろんマジックなどのつまらないショーなんぞはお見せいたしませんよ。おっと、申し遅れました。私は石田昭光です。隣にいるのは私の助手、川崎鳴彦です」

「警察の皆さん、どうもお騒がせしました」

石田と川崎はニコニコしながら、いや、不気味な笑みを浮かべながら話した。警察官らは沈黙を押し通した。そして、石田が続けた。

「この白い布の下には何が入っていると思いますか?」と、警察を小馬鹿にするように言った。

「まさか人なんかじゃないだろうな」岩崎が大声で言った。

「おっと、その通りですよ、岩崎さん。正解です」と、川崎が言った。

その直後、石田が代車に載った白い布を一気に剥がした。途端、田邊の反応が変わった。

「田邊さんはよ〜く知っていますよね、この人。影山忠、兜町にある中央署の刑事ですよ」と、今にも吹き出しそうに石田は話した。

田邊は両手の拳を強く、2人に対する憎しみを込めて握った。田邊は影山の身の危険を察知し、止めに行くために突っ走ろうとした。しかし、岩崎が彼の腹の位置に右手を伸ばし、走ろうとする彼を止めた。

「やめたまえ、田邊くん。自分の身が危ないよ」

「しかし、私の親友が身の危険に晒されているんです!行かせてくださいよ!」

「落ち着きたまえ。まだ助け出せる策はいくらでもあるはずだ」

と岩崎は言った。

田邊には訳が分からなかった。どうして影山がここにいるのか、どうして影山は台車でぐったりとしているのか。しかし、そんなことを考えている暇などはなかった。今は緊迫した状況なのである。

「影山をどうするつもりなんだ!」

田邊は自分の出せる声量の限界を出して叫んだ。

「どうするって今からそれを見せるんですよ」

石田がそう言って取り出した物はボタンのようななにかだった。次の瞬間、

カチッ───

ドカンという大きな爆発音がして、なぜか次々と爆発音がしていく。警察がいるところから十メートル程先でも三回爆発があり、大きな煙が上がった。それは、何かが燃えるようであった。その後たちまち黒煙が上がり、警察の目の前が黒く染まった。











11


田邊は人生で初めて爆発を目撃した。今まで彼はそのような事件を担当したことすらなかったのだ。田邊の心の内は混乱しているが、怒りに満ちていた。友人がもう既に殺されているかもしれないのだ。田邊は岩崎と共に、50メートルほど離れたところにある消火器を持ってきて、目の前で燃えている火を消そうとした。火はすぐに消えた。そして、奥にいた彼らがまた見えた。石田と川崎が、警察に背中を見せて歩いていた。

「おい、止まれ!」と田邊が叫ぶと、意外にもすぐ歩みを止めた。

「君たちこちらを向いてくれないかな?」岩崎は、田邊とは反対に、怒る素振りを見せることなく、話した。

すると、台車を押す2人組はこちらへ向いた。田邊は一瞬、いや、少しの間困惑した。理解ができなかったとでもいうべきだろうか。その2人組の顔は、石田と川崎ではなく、石田と影山だったのだ。

「川崎はどこへ行ったんだ?」橋本は2人に聞いた。

「さぁ、どこへ行ったんでしょうね?もしかしたら、川の方にいるのかもしれないですね」

石田がクスクスと笑いながら言った。影山は、今にも吹き出しそうな顔でいる。

石田のその言葉を聞いた青梅署の警察官たちは、多摩川の方へ向かった。そこには、川崎成彦の遺体があった。間違いはなかった。川崎は胸から血を流しており、意識は既になかった。傷口から推測するに、銃で撃ち抜かれたのだと分かった。青梅署の警察官たちはすぐに救急車を呼んだ。なにせ重要参考人、いや、犯人なのである。

一方ダムの上では、警察官らが犯人と戦っていた。「そんなに怯えてどうしたんですか?もっとこう、グイグイくるのが警察だと自分でも思っていたんですけどね〜」ニヤニヤしながら影山は言った。

どうすれば捕まえることができるのか、田邊は分からなかった。

「君たちは何が目的なんだ?何が為にやっているのか、教えてくれないか?」

岩崎が問うと、石田が少し間を置いてから答えた。

「そんなものは後にしたらどうです?まずはここにいる犯人らしき人物を捕まえるべきなのでは?あ、一応言っときますけど、もう爆発物なんてないですからね」

少しの沈黙があった。辺りは緊張に包まれている。その静寂の中聞こえるのは、ただダムから落ちる水の音だけ。その静寂を打開したのは、岩崎の怒号だった。

「君たちにはもう逃げ場所などない!現在このダムの周囲を封鎖している!たとえ君たちの後ろに続く奥多摩いこいの路を通ろうとしても、私たちは既にここを熟知している!つまり、いち早く私たちに逮捕される事が君たちが行うべき最優先事項だ!」

それは、今まで聞いたことの無い声だった。岩崎がこんな声を出したのは刑事人生では初めてだったのだ。岩崎自身もそれを感じていた。

「クソッ!」影山は吐き捨てるように言った。

「それじゃあ仕方ないですね。そちらへ歩いていってもよろしいですか?」

「石田、あんた正気か?あんたがそっちに行ったらそれはそれはきつい尋問を受けることになるんだぞ?」

「そんなことは承知の上さ。分かっていないようだから言うが、もう私の目的は果たせたんだよ。だから捕まっても何も思いやしないさ。なにせ、目的は果たせたんだから」

そう言って石田は両手を上に挙げながら警察に歩みよってきた。

「14時53分、石田昭光を殺人罪で現行犯逮捕する!」

手錠をかけたのは橋本だった。石田は手錠をかけられた時、笑っていた。目的を果たしたから笑っていたのだ。そして、影山は石田が逮捕されたので仕方なくこちらへゆっくりと、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。

「14時56分、影山忠を殺人罪で現行犯逮捕する。」

今度は手錠をかけたのは田邊だった。不思議な気持ちがした。友人に手錠をかけるという行為は、すごく不思議で、あまりにも不可解で、不愉快であった。しかし、自分は正しいことをしたのだという考えが私を救ってくれた。







12


翌日、尋問が2人に行われた。影山は黙秘を続けた。一方、石田はこの事件の全てを語り出した。なぜこんなことをしたのか、全て話せと言うと、

「事の発端は川崎の部長昇進でしたよ。川崎は高橋やら長岡やら上層部に賄賂を渡していたんですから。そんな汚い手を使われたので怒りで満ち満ちていましたよ。真面目にやってきたって最後がこうなってしまうのは良くないと思ったんですよ。だから私はわざと川崎に接近したんですよ。もっと金が欲しくないか、とね。そしたらまんまとその罠にハマってくれたので心底安心していましたよ」と、ゲラゲラしながら話した。石田は続けた。

「川崎は金に目がくらむんですよ。だから彼に金の話をするとキラキラ目を輝かせていてね。だから初めに川崎と手を組んで岩泉の釜津田で死体を遺棄したんですよ。あ、そうそう、釜津田で発見されたのは堀岡洋太という、私がK大学にいた時の先輩ですよ。なぜ殺したかというと、大学の時虐められていたんでね、私の心に根強くその感情が生きていたんですよ。堀岡も青森の八戸が故郷だったんで、今宮古にちょうど来ているから飲まないかと誘ったんです。宮古で落ち合ったあと、釜津田に向けて走り出したんですが、途中で勘づかれてしまったので仕方がなく途中の山で刺殺してから前もって用意しておいたブルーシートに詰めましたよ。そして夜になって雪がちょうどよく降ってきたのでブルーシートを剥がしてから捨てました。一応川崎と私で顔を殴打して置くことで、顔を分からなくしました。警察の皆さんを惑わせたかったんですよ。そして極めつけに、私の免許証を堀岡に持たせておきましたよ。こうして岩泉の死体は作られたんですよ。

その後警察の方々は釜津田の死体が免許証のおかげで私だと断定する。そして川崎が疑われる、そこまでは想定内でした。しかしそこで影山くんに私が歩いているところを見られてしまったんですよ」

「どこでだ?」

「多摩ニュータウンの永山です。私は身を隠している間、川崎の家に住んでいたんですよ。そしたら偶然影山くんに会ったんですよ。影山は私に、あなたは石田昭光さんですか、と聞きました。私は雰囲気からして彼が警察官だと判断しました。なので、名前を川崎秋人と偽って答えました。それから彼とは仲良くなり、私が誰だか教えてあげました。そして、川崎は殺そうとしてきた、しかし、今は仲間なんだ。どうだ仲間にならないか、大量の収入があるんだぞと聞きましたら、それはそれは川崎と同じような目付きでやります!と言ってきたんですよ。

それからというもの私は、いえ、正確には私たちは、長岡さんを鉄パイプで殴打して殺したり、丸林商事に爆破予告メールを送ったり、そして今日、川崎を殺しました」

「ひとつ聞きたいことがあるんだ。君たちは川崎をなぜ殺したんだ?私にはその理由が分からなくてね」

「すごく簡単なことなのに刑事さんは意外と分からないもんなんですね。教えてあげましょう、それは彼が憎かったからです。彼は億万長者でした。だから金の力を使えばなんでも出来たんです。恐らくコネ入社でもしたんでしょう。大して努力もしていないくせにエリート企業に入社して、大したこともしてないくせに昇進する、こんな世の中で果たしていいのでしょうか?金に翻弄されるこんな世の中で、何が楽しいというのでしょう?私は川崎を殺す、代わりに金が引き起こす全ての事象を許す。そういう契約をしたんです。要するに彼は金色の生贄になったわけです。おっと、生きていないので金色の贄と言うべきでしたね」

彼はまた不気味で、心の内に秘めていたものを全て解放してスッキリしたかのような笑みを浮かべた。

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