新曲とノート
白城を家まで送った三日後の夜、その動画は投稿された。
『お久しぶりです。新曲完成しました。』
『恋雪/ムーサ』
おぉ、ムーサトレンド入りしてるしネットニュースにもなってる…!
『ムーサ新曲投稿!タイトルは「恋雪」』
『「恋雪」最高すぎる…!』
『ムーサの恋愛ソング初めてじゃない!?今までの雰囲気と違って新鮮!!』
『ムーサも恋する女の子なんだね』
など、動画のコメント欄やブログの投稿は大騒ぎだ。
一夜にして動画再生回数は百万回を超え、そのスピードはムーサの人気を物語っている。
チャリを駐輪場に置いて教室に向かいながら、スマホを見ていた俺は心の中で大きく頷く。
わかる…!
いつもカエサルのように、皇帝の威厳みたいな力強さを出していたムーサが、恋愛ソングなんて出したら最高に決まってるよなぁ!
これまでと違って女の子の揺れる恋心というのか、ちょっと不安定な感情を想起させる声で、また新たな一面見せてきたよな!
そんなこんなで心は大騒ぎのまま、足は勝手に教室まで進んでいた。
「はよー」
「コウはよー」
「はよ」
扉を開けながらいつも通り教室に入ると、イツメンのソウとリョウが既に教室にいた。
「コウ、やっと来たなー!ムーサの新曲!」
「おう!リョウも聴いたか?」
「ふふふ、聞いて驚くな…。俺は再生回数5000代の時に聴いた!」
そう言ってピースをこちらに向けてくるリョウ。リョウも俺と同じでムーサのファンで、新曲が出た次の日は大体いつもこんな感じだ。
だがわるいな、リョウ…。
「リョウ、俺はまだ二桁の時に聞いたぞ」
「くそぉぉぉ、またかよ!負けた!」
「ははは!どんまいリョウ。今日こそは勝てるとか言ってたのにね」
「へぇ、そうなのか。それは悪い事をしたなぁ」
「ソウ!バラすなよ!!それにコウ!その笑顔やめろ!!」
「「え?何のことかな?」」
「くそぉぉぉ!」
いぇーい、とソウとハイタッチする。
こうやってソウと俺でリョウをからかうのが、俺たちの毎朝の日課だ。
ソウのやつ、爽やかな顔してほんっといい性格してんだよな。
しかも思考回路が俺と似てるからかなり気が合う。
クラスの奴らにも「コウとソウは性格がそっくりだ」とよく言われる。「お前らが味方ならいいけど、リョウみたいに敵になるのは絶対にごめんだけどな」とも。
いや、別に俺達敵対はしてないけどな?ただリョウの反応が面白いだけだ。
タチが悪い?そんなこと言われなくても知ってるさ。二人とも自覚済み。
二人で未だ悔しがるリョウをケラケラ笑いながら見ていると、もう一人のイツメンが教室に入ってきた。
「おはよー」
「はよー」
「はよ、レン。寝癖ついたままだぞ?」
「まじか!トイレの鏡で直してこいよ」
「わかったー。鞄置いたら行くー」
寝癖をつけたままやって来たレンは超が付くほどのマイペース野郎だ。
「あ、寝た」
「おいっ!」
今日もまた朝からその持ち前のマイペースさを、遺憾なく発揮している。
5秒前の会話は忘れたと言わんばかりに、鞄を机にかけながら席につき、そのまま机に伏せた。
おい、レン。寝るのはかまわんが、机で寝るのが痛いからってわざわざ俺の腕を枕にするな。俺が痛い。人間の頭って重いんだよ。
そしてわざわざ隣の席のやつの腕を引っ張らんでも、お前の腕があるだろう。今はいいけれど、後でここの間を通る人がいたら、俺は通行の邪魔をするただの迷惑野郎じゃないか。
でもまあ、クラスの女子は「あ〜、レンくん今日も寝てる〜」「かわいい~」とか言っているし、他の男子もレンの即寝をケラケラ笑ってみているからまあいいか。いつもの事だしな。
あ、おいソウ!レンの頭を撫でるな!寝癖直しならまだしも、お前のその手の動きは完全に寝かしにかかっているだろ。こいつ一回寝たらなかなか起きないの知ってるだろうが。
朝から四人でそんな茶番劇をしていると、俺の後ろを静かに白城が通って行こうとしていた。
「白城おはよー」
「おっ、はようございます…」
椅子ごと体を後ろにそらして声をかけると、今日もビクッと肩を動かしながら挨拶を返してくれた。そしてそのままピャッと逃げるように自分の席に座っていく。
まだ顔を合わせてはくれないが、少しずつ慣れて欲しいと思っている。
「お前、白城と仲良かったか?」
レンの頬をつついていたリョウが、不思議そうな顔をしてこちらを向いていた。その隣でソウも頷いているし、さっきまで寝ていたレンも起きてこちらに目を向けている。
「んー?最近ちょっと仲良くなった」
そっかー、とリョウはすぐに納得していたが、ソウとレンはあまり解せない様子だ。
そんな二人の様子を知らん顔して新しい話を振った頃、予鈴が鳴ってみんな解散して行った。
五時間目の現代文の授業。
食後で副交感神経がはたらき、みんな眠い時間。先生は至って真面目に授業を進めているが、その声は正直子守唄にしかならない。レンなんて始まって五分も経たずに寝た。
教室にいる生徒が何人も下を向いている中、ふと窓の方を見ると、姿勢よく授業を受けている白城が視界に入った。
先生の方を向いて、まっすぐその視線を向けている。時々板書をノートに写し、また前を向いて授業も少し逸れている先生の話も全て聞いている。
俺も先生の話は聞いていたし、板書も写してはいたが、ふとした時に黒板から彼女の方に目線を移してしまっていた。
あまりにも見てしまっていたのか、視線に気づいた白城がそっとこちらを向いた。
俺と目が合うと驚いたようで、眼鏡の向こうで目を大きくしている。ニカッと笑ってみせると、ハッとしたように前を向いた。
その後、その日の授業中に白城と目が合うことは無かった。
キーンコーンカーンコーンーー
6時間目の授業の終わりを告げるチャイムがなった。現代文の授業に引き続き、物理基礎の授業でも寝ていたやつらも起き、教科書やらノートやらシャーペンやらを片付け始める。
チャイムがなり終わってから一分ほど延長されて授業が終わり、副委員長の号令で挨拶をする。
物理基礎は移動教室のため、号令が終わった途端また寝そうになっているレンを回収して教室に戻る。
「レーンくーん、起きてくださーい」
「ソウ…、お願いだ、早く起こしてくれ…」
ほぼ夢の中に旅立っているレンを背負っているリョウは今にも潰れそうだ。
「こいつこんなヒョロっちいのに筋肉はついてるから重いんだよ…」
とか言ってる。
そうなんだよな。こいつ普段こんなゆるーく生きてる感じだけど、実際は結構ストイックなんだよな。
ソウとレンはサッカー部で、二人ともゴツくはないが、サッカーにおいて必要な筋肉はしっかりついてるんだよな。
ちなみにリョウはバレー部。こいつはバネがすごい。隣で部活をしているからよく見るが、超跳んでる。
最終的にレンをズルズル引き摺りながら教室へ戻り、部活へ行く準備をする。
レンを降ろすと、リョウはさっさと帰り支度を済ませて「じゃっ、俺掃除だからー」と去っていった。
そして先程、ソウとソウに起こしてもらいやっと目を覚ましたレンが、また明日なーと教室を出ていった。おう、また明日!と返しながら俺も荷物を持つ。
ふと気になって白城の方を見ると、ノートに一生懸命何かを書き連ねていた。
ほんの少しの興味から、近寄って声をかけた。
「何書いてんの?」
「なっ、中島くん…!」
彼女はそうとう集中していたらしく、俺が近くに来たことに全く気が付かなかったようだ。
ノートに視線を移すと、文章のようなものが書いてあった。所々二重線で消されたり、単語に丸がついていたりしていた。
そんな俺の視線を遮るように、パッとノートが彼女の腕で隠された。
「見た…?」
「うん?ちょっとだけ…」
「忘れて!!」
突然の大声に、うぉっ、と声が出た。
「ごめん、見ちゃダメなやつだったのか…?」
「そう!だから忘れて!!」
「わかりました!」
初めて聞く白城の大声に気圧されながら、俺はブンブンと頭を縦に振った。
目の前では白城が大声を出した影響でむせていた。
白城がノートを閉じたのを確認し、未だむせている彼女の背中を撫でる。
「大丈夫か?」
「だい…、じょうっ、ぶです…」
「いや、だいじょばないだろ」
思わずツッコミを入れてしまったが、これは全然大丈夫じゃないやつだ。
「とりあえずお茶飲め。水筒、鞄の中か?」
「はい…」
ちょっと漁るぞ、と断りを入れて白城の鞄の中から水筒を取り出した。蓋を開けて彼女に差し出す。
白城は両手でそれを受け取ると、ゆっくりとお茶を飲み出した。
「落ち着いたか?」
「はい。ありがとうございます」
「そっか、よかった」
白城の咳も落ち着いた頃、再度声をかけると、もう大丈夫そうだった。
「あの、変なとこ見せてしまってすみませんでした…」
白城が口を開いたかと思うと、そんなことを言い出した。
「そんなことないから大丈夫」
あっ、そうだ、と俺はポケットの中を漁った。
確か昨日姉ちゃんにもらったやつがそのまま入ってたはず…。
「ほい、これあげる」
俺は白城の手にアメを乗せた。
「昨日姉ちゃんに貰ったんだけどさ、俺この後部活だし食べる暇ないから良かったら貰ってよ」
「え…?」
「さっきめっちゃ咳してたし、喉イガイガするでしょ?それ舐めてたらマシになるかも」
だからあげる、じゃあまた明日なー。
そう言って俺は自分の鞄を持って教室を出た。
だから俺は知らなかったんだ。
俺が出ていった後の教室で白城が顔を真っ赤にして、すんごい可愛い顔でアメを見つめながら笑っていたことを...。
「コウ今日どしたん?」
「は?」
「さっきからぼーっとしたかと思えば急に笑い出して、正直キモイで?」
「キモイ言うな」
「はいはい。で、どうした?」
いきなりキモイなどと言ってきたユウスケはドリブルをつきながら、こちらに不思議そうな顔を向けた。
「丁寧語が一瞬外れたなーって」
「は?」
俺はボールかごから自分のお気に入りを探し出し、シューティングを始める。未だ怪訝そうな顔するユウスケのことは放置することにした。
このことは誰も知らなくていい、俺だけのヒミツだ。