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独立不羈の幻術士  作者: ムルコラカ
第三章
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福音をもたらす鐘

「この揺れは……!? まさか、もう敵が此処まで……!?」


 ウィンガートさんが開け放たれたままの大扉に目を走らせるが、そこには何の異常も無い。敵の姿はおろか、人っ子ひとり居なかった。


「ユリウス大主教と彼の粛正隊がこんなに早く突破されたとは思えません。別の要因でしょう」


「な、何だって!?」


 シェーナが漏らした一言に、ウィンガートさんが驚く。


「彼らが、夢幻回廊を守っているというのか!?」


「はい。此処に至る途中で彼らと遭遇しました。私達を奥へと逃した後、続いてやって来る魔族の新手を防ぐためその場に留まられて……」


「そうだったのか……。僕とギシュールが夢幻回廊を通った後に、大主教が確保したのだな」


 ウィンガートさんは眉根を寄せ、顎を落とした。


 ユリウス大主教は、彼にとって直属の上司だ。私達よりもよっぽど長い付き合いで、お互いのことも分かっていたのだろう。安易ななぐさめの言葉をかけるのは、躊躇われた。


「そう言えば、サイラスさんはどうしたんです? いつもギシュールさんと一緒だったと思うんですが」


 重い雰囲気を変えたくてつい口走ってしまったが、直後にまずかったと気付く。しかし、吐いた言葉は取り返しがつかない。


「ああ……。【エクスペリエンス】の近くにも魔族どもが作ったオーロラが現れてね。サイラスを始めとする騎士達は、僕達を逃がすために囮に……」


 ますます空気が重くなる。ウィンガートさん達の状況も、私達と良く似ていたのだ。お互い、多くの人が盾となり、背中を守ってくれたから此処まで辿り着けた。


「感傷に浸るのは後にしやしょう。今の振動も気になりやすし、まずは総主教さんを見つけないと話になりゃせんでしょう」


 ギシュールさんの一声で、停滞しかけた場の空気が再び動き出す。


「そうだな。奥へ進んでみよう。この礼拝堂ではないのなら、きっとそちらにいらっしゃるのだろう」


 ウィンガートさんの提案に、誰も異論は唱えない。イリューゼさん、無事だと良いけど……。


「では閣下、申し訳ありませんがシッスルをよろしくお願いします。私は、これで」


 突然、シェーナがかしこまってそんなことを言い出し、踵を返して扉から出ていこうとしたので私はびっくりした。


「ちょっとシェーナ!? 何言ってるの!?」


「ブロム団長の命令を果たしに行くのよ。シッスルを大鐘楼に送り届けたら、他の陣営を回って団長の指示を伝えるって言ったでしょう」


 確かにそうだった。大政議事堂前でのブロムさんとのやり取り、私だって忘れてはいない。だけど……


「あれって、あくまで方便じゃなかったの!?」


「こんな非常時に、あんな方便は使わないわ。伝令役を引き受けた以上、私が行かないと各陣営の連携が取れなくなる。そうなったら、各個撃破されるだけよ」


 真面目一徹なシェーナらしい意志の固さだった。一旦団長から命令を受けた以上、それを反故にするのはどうしても許せないのだろう。私としても、シェーナが請け負った役目の重要さが理解出来ないわけではない。


 だけれど、ここでシェーナを行かせてしまうのは……!


「いやシェーナ、それには及ばないよ」


 焦燥に駆られている私に、ウィンガートさんが助け舟を出してくれた。


「ブロムとて、諸々の事情は織り込み済みだ。君の他にも、幾人か伝令役を送り出している筈。シッスルくんが最重要人物だと判明している今、そのお付きである君をわざわざ引き離すのは道理に合わない。君に伝令役を任せたのは、恐らく君達二人を大鐘楼へ送る為の口実に過ぎなかったんじゃないかな?」


「総長閣下、しかし……」


「納得できないのなら、総長として改めて命じるよ。シェーナ・クイ、総長権限においてブロム団長から下された命を白紙に戻す。君はシッスルと共に此処に居なさい。良いね?」


「は、はっ! 了解しました!」


 シェーナは反射的に直立不動の姿勢を取り、総長からの命令を拝受した。


 良かった……! さすがはウィンガートさん。守護聖騎士団総長としての力を使ってシェーナを引き止めてくれた彼に、私は深く感謝した。


「さあ、話もまとまったところで聖下を捜しやしょうか」


 ギシュールさんが、中断された話の流れを元に戻すようにパンパンと手を叩く。


 私達は気を取り直して礼拝堂へと向き直った。


 だがウィンガートさんを先頭に、四人で固まって礼拝堂の奥へ向かおうとした時、祭壇の後ろに祀られているあの巨大なクリスタルが不意に光を放ち始めた。


「なんだ!?」


「これは、聖術の光!?」


「見てください! クリスタルの下に術式のようなものが現れてやすぜ!」


 ギシュールさんが目ざとく指摘したように、光り輝く巨大クリスタルの下に見たことのない魔法の――いや、聖術の紋様が描かれている。


 余計な色が一切混ざらない純白の光輝に包まれて、その紋様の上に人の形をしたものが浮かび上がってきた。


「はぁ……! はぁ……! いやぁ、参ったねこれは」


「イリューゼさん!?」


「聖下!?」


 光の中から現れたのは、まさに今捜しにいかんとしていたイリューゼ総主教その人だった。膝に手を付き、激しく肩で息をしているが、見たところ外傷のようなものは無さそうだった。


「おや、キミ達もう来ていたんだね。これは好都合、お誂え向きだ」


 私達に気付いたイリューゼさんが、額に汗を浮かべながら苦笑いを浮かべる。


「聖下、お加減がよろしくないのでしたら……」


「ああ、良い、大丈夫だ。ちょっと色々頑張ったから疲れただけさ」


 介抱しようとするウィンガートさんを手で制し、イリューゼさんは呼吸を整えてから背筋を伸ばした。


「〈究極幻術〉の発動準備、もうあらかた整ったよ。今はサレナが上で【福音の鐘】を守っている。次にあの鐘が鳴る時には、術式が使える筈だ」


「師匠が、此処に居るんですか!?」


「勿論さ。役目を弟子に譲ったとは言え、彼女は当代の《幽幻の魔女》。〈究極幻術〉を執り行う際には、近くに居てもらわないとね」


 役者が揃ったというべきか。師匠もこの大鐘楼に来ているのなら、もう不足は無い。


「サレナさ……バーンスピア様は何故、鐘の守備に?」


 礼拝堂の天井を一度見上げてから、シェーナが尋ねる。イリューゼさんはそちらに身体を向け、一介の守護聖騎士の問いに丁寧に答えた。


「【福音の鐘】の音が、オーロラ・ウォールを持続させる鍵だからさ。イル=サント大教会に設けられた鐘は、ただ刻限を告げているだけじゃないんだよ。あの鐘を鳴らすことによって、聖なる【天光の輪】はアヌルーン一帯を護ってくれるという仕組みになっているのさ」


 やはり、大鐘楼の鐘にも特別な意味があったのだ。思い返せば、西のダンジョンやダール丘陵で魔族の手によるオーロラ出現の際にも、この鐘の音色が聴こえていた。〈究極幻術〉を使用するにあたって、その鐘も必要不可欠な要素を兼ねるというのは頷ける話だ。


 しかし――


「総主教さん、鐘の音が形成するのは、何もオーロラだけじゃないですよね?」


「おろ?」


 “それここで言っちゃうの?”と言いたげな顔で、イリューゼさんが私を見る。


「シェーナには、私から話しました。ウィンガートさんと、こちらのギシュールさんも既におおよその真実は把握されています」


「へへっ、どーも総主教サマ」


 私の紹介を受けて、珍しくそれまで口を挟まなかったギシュールさんがひょっこりと頭を下げた。それを見て、イリューゼさんが「ああ」と得心したように頷く。


「なるほど、キミがウィンガートの後押しを受けてオーロラ・ウォールを調べていた魔術士だね。シッスルが言うには、自力で世界の真実に気付いたみたいだけど本当かい?」


「まあ、大枠のところはといった感じですかね。先程シッスルさんから正解のお墨付きは頂きやしたが」


「そっかそっか、それは凄いねー。ウィンガートが見込むのも納得の優秀さだ」


 人懐っこい笑顔を浮かべてギシュールさんを褒めるイリューゼさん。ギシュールさんもまんざらではなさそうに「へへっ」と頭を掻く。


「あの……それで聖下、シッスルが今しがた述べたことの意味とは何でしょうか?」


 ひとり、若干まだ真実を受け止めるのに抵抗がありそうなウィンガートさんが、控えめに口を挟んで脱線しかけた話の軌道修正を図る。


「おっと、そうだったね。いやなに、簡単なことさ。大鐘楼の鐘がもたらす福音、それによってこの【幽幻世界】は成り立っているというだけの話だよ」


「は……?」


 ウィンガートさんも、それからシェーナも呆気にとられたような顔をする。まさか鐘の音こそが世界の根源だと、よりにもよって総主教さん自身の口から語られるとは思わなかったのだろう。


「朝、夕、夜。大鐘楼は必ず鐘を鳴らす。そうすることによって、【闇】の中を漂うこの世界が沈まないようにするんだ。あの鐘がもたらす福音は、【幽幻世界】の核と言っても良い。世界を形ある現実として留め、そこに存在する全てを育む。だからこそ、世界の歪みを正す〈究極幻術〉にはこの福音が欠かせない。世界をあまねく鐘の音色に乗せて、幻術士は夢をはじめからやり直すのさ」


 私の脳裏に、遠い過去の記憶が朧気に蘇る。


 この【幽幻世界】における私が自我を獲得する前、つまり私が私を認識出来るようになる前に、私の心はあの鐘の音で満たされていた。


 ――『ご安心ください。思い続ければ、(まぼろし)は現実に変わるのです』


 あの時確かに聴こえた声、あれは誰のものだったのだろう? 男のようでもあり、女のようでもある。年代も判別としない。世界の真実を知っている、師匠やイリューゼさんのものとも違う。


 もしかしたら、あれこそこの世界を創り上げた神、“お限り様”こと主神ロノクスの声だったのかも知れない。


 そして神の声と一緒に流れてきたのは、鐘の音。


 何も無い闇の中で、私は確かに包まれていた。神と、それがもたらす福音によって、このマゴリア教国へと導かれたのだ。


 運命か、それとも偶然か。いずれにしろ全ては今、この時に集約し、私の物語は終幕(フィナーレ)を迎えようとしている。


「総主教さん、師匠は今、ひとりで【福音の鐘】を守っているんですよね?」


「ん? ああ、そうだね。魔族達も本能で此処が本丸だと察知したのか、大鐘楼の周りに次々とオーロラを展開して攻撃を集中させようとしているみたいでさ。危ないから先に降りててくれって、ボクだけ先に帰されちゃった」


「……!? では、先程の振動は魔族の攻撃によるもの……!?」


 シェーナが顔色を変えた。どうするべきか視線で訴えてくる彼女に、私は深く頷いてみせる。


「総主教さん、次の鐘が鳴るまで、どのくらい時間が掛かりますか?」


「もうじきだよ。あと小一時間ってところかな」


 思ったよりも早い。それなら――!


 私とシェーナは、共にイリューゼさんの前に進み出た。


「私達も上に行きます。〈究極幻術〉を使える時になるまで、師匠と一緒に鐘を守ります!」


「いくらバーンスピア様が当代一の魔術士でも、押し寄せる魔族と魔物の群れからおひとりで防御網を維持するのは骨が折れるかと。僭越を承知でお願いします、私達の加勢をお認め下さい!」


「ああ、分かった良いよ。んじゃ、サレナと協力して時間稼ぎよろしくね」


 頭を下げた私達に、イリューゼさんはあっけらかんと言った。


「ありがとうございます!」


 私達は声を揃えてお礼を言うと、ウィンガートさんとギシュールさんの方を振り返った。


「お二人は此処で、総主教さんの警護をお願いします」


「閣下、上は私とシッスルにお任せを。閣下は聖下と共に、此処で勝報をお待ちください」


「やれやれ、僕が指示を出す前にさっさと話を進めてしまったね。さっきの威厳がすっかり台無しじゃないか」


 ウィンガートさんは苦笑いしつつも、私達を見ながら頷いてくれた。


「聖下のご了承を得たのなら、僕から言うことは無い。シェーナ、シッスルくん、二人共精一杯励みなさい」


「聖下の警護たぁ光栄に過ぎるお役目ですなぁ。あっしも魔術士の端くれ、いっちょここらで肚を据えますかね。だからまあ、あんたらもあんたらで頑張りんさい」


 ウィンガートさんも、それからギシュールさんも、今自分がやるべきことをきちんと見定めたという覚悟で、私達の背中を押してくれた。


 私達は二人にお礼を言うと、未だ光を放ち続けているクリスタルへ向けて足を進める。


「そう言えば、まだちゃんと聴いていなかったけど」


 魔法陣に入る前、イリューゼさんが意味深に私を見た。


「どうするか、心が決まったってことで良いんだよね、シッスル?」


 私はまっすぐに彼女の眼差しを見返し、しっかりと告げる。


「はい、もう迷いません。師匠に見込まれた幻術士として、私は私の意志で〈究極幻術〉を成し遂げます!」


「……良い目だ」


 イリューゼさんは会心の笑みを浮かべ、大きく頷いた。


「それじゃあ、行って来い! 独立不羈(どくりつふき)の幻術士!」


 彼女のエールと同時にクリスタルの光が増し、私達を一瞬で包み込んだ。

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