5.カロラング・アンティオ王国王太女 エレオノーレ
最悪!最悪だわ!
何あの男っ!
さいってー!!
最初にバルコニーに現れたのを見た時から、なんかいけ好かないやつだと思ったのよ!
見たままの、人好きのする社交的な人ではないって感じた。
弟王子のダンスの稚拙さをあざ笑うような、他の人々へ見せつけるためのダンスの誘いに頭に来てひとこと言ってやったら…あの、小憎らしい切り返し!!
あたしは憤りで怒鳴りだしたい衝動を何とか堪えながら、足早に大広間を後にし、テラスの方へ向かう。
開け放ってある大きなガラスの扉から外へ出ると、夜風が火照った顔にあたって気持ちが良い。
しかしここにも人がいっぱいいる。
広いテラスにたくさんの篝火が焚かれ、そこここに設えられた椅子やソファなどに腰かけて、大きなテーブルの上に山と盛り付けられた美味しそうなさまざまな料理や飲み物を手に取り、思い思いに歓談している。
ある事件で人嫌いになってしまって、人前に出るのを極端に怖がるあたしを憐れみ、お兄様はお父様の反対を押し切ってあたしを王宮の奥深くに隠していてくださった。
優しく明るくおおらかで、でも芯はしっかりと筋が通っていて頼りがいがあって、家族を国民を家臣を愛し、王者の風格がおありだった大好きなお兄様…
目のまえに繰り広げられる信じられないほど大掛かりな宴に、メガロヴルグという国の計り知れない国力財力、王の権力の絶大さを肌で感じ空恐ろしくなる。
こんな国の第二王子と結婚して、あたしは女王としてメガロヴルグの国王と対等に渡り合っていけるんだろうか。
怖い。
助けて、お兄様。
「エレオノーレ姫…いかがなさいましたか」
背後から遠慮がちに声がかかる。
振り向くと、第二王子のオズワルド様が心配そうな表情で立っていた。
あたしの婚約者だ。
あたしは慌てて微笑んで首を傾げてみせる。
「ちょっと…暑くなってしまったので、外の空気に触れたいと思いまして…
オズワルド様は?」
なんつうかまあ、綺麗だけど覇気がないって言うか、ただただ人が好さそうな、真正お坊ちゃん!って感じの人だな。
あたしは心の中で評する。
可もなく不可もなく、婿入りの結婚相手としちゃ、そこそこ及第点ってところじゃん?
少なくとも、さっきの高慢で傲岸な、繊細さや思いやりなんて微塵も感じられない最低男よりはずっと良いわ。
またさっきの屈辱が甦り、あたしはぐっと扇を握りしめた。
オズワルド王子は安心したように笑った。
「そうでしたか…お加減が悪くなられたのかと心配しまして、姫を追いかけてきました」
小さな声で言って少し赤くなる。
王子に気づいた周りの人たちが席を空けてくれて、オズワルド王子はお礼を言ってあたしを空いた椅子に誘う。
あたしは可愛らしく見えるように、小首をかしげて上目遣いにオズワルド王子を見上げ微笑んだ。
「ありがとうございます…オズワルド様はお優しくていらっしゃるのね。
嬉しゅうございますわ」
オズワルド王子は更に顔を赤らめ、近くに控えている従者に「姫に何か…冷たい飲み物と食事を」と命じる。
はっ、と従者は畏まって命令を遂行するべく、いなくなった。
「オズワルド様もお掛けあそばして」
とあたしは自分の隣を掌で指し示す。
そういえばアンナはどこかしら。
オズワルド王子は「あ、はい」と、額の汗を綺麗なハンカチで拭って、あたしの隣に少し離れておずおずと腰かけた。
そんなに緊張せんでも…
あたしはちょっと可哀相になる。