3.メガロヴルグ王国王太子 エセルバート・3
「おい…あれ誰だ」
俺は令嬢を凝視し、小声でオーウェンに訊く。
贅沢で豪奢なドレス、高く盛りあげた髪の上で輝く宝石のティアラ、小づくりな体つきと優雅で嫋やかな振舞い。
どこかの王女に違いない…のに、見たことがない。
「カロラング・アンティオ王国の次期女王、エレオノーレ王太女様でございます」
「フェルディナンドの妹姫か!」
俺は驚いて、旧友の名を口走る。
我がメガロヴルグ王国に比肩する大国で、殆ど隣国と言っていいカロラング・アンティオ王国の、次期女王だと?
そうか…王子はいなかったからな…フェルディナンドの他には王女ばかりだった。
王太子のフェルディナンドは幼いころからの友人で、気の良い優しい男だった。
1年前に突然、亡くなった。理由は判らない。
俺は、国内の政争に巻き込まれて、毒殺されたんじゃないかと思っている。
俺の驚きをよそに、オーウェンは淡々と言葉を続ける。
「オズワルド様のフィアンセでいらっしゃいます」
「へ?」
俺は間抜けな声を出す。
「メガロヴルグとカロラング・アンティオが縁戚になるってことか?!」
これまで百年以上も守ってきた協定を破るって?
「左様でございますね。
まあ、カロラング・アンティオ王国も背に腹は代えられないということでございましょう。
ある意味、オズワルド様も人身御供のようなお立場で」
オーウェンは表情筋を一つも動かさず、しゃらっと語る。
はぁー…俺は思わず大きな息をついて、階下で踊る二人を見つめた。
何だよそれ…下手すれば世界の勢力地図が変わっちゃうじゃないか。
オズワルドの下手くそなリードにもめげることなく、エレオノーレ姫は優雅にステップを踏み華麗にターンする。
上からでは表情はよく見えないが、楽しそうに微笑んでいるようだ。
あのフェルディナンドの妹姫ならば、さぞかし整った美しい顔立ちだろう。
オズワルドはその端正な顔を緊張でこわばらせ、優雅とはお世辞にも言えないようなダンスをしている。
が、宮廷画家の描いた絵画から抜け出してきたような、一対の美しい人形のような二人に、周りのギャラリーはうっとり見惚れている。
ふうん…
俺は会ったことのなかった、エレオノーレ姫に興味を持った。
どんな姫だろう。
「エレオノーレ王太女はダメでございますよ」
俺の心を見透かしたように、俺を見据えながらオーウェンは静かに言う。
俺はオーウェンの、ブルーグレイのガラス玉のような感情のこもらない瞳から目を逸らす。
「判ってるよ。
亡き親友の思い出話がしたいだけさ」
俺が大広間に降りていくと、周囲の人々がさっと道を開け、俺を広間の真ん中に押し出す。
「エレオノーレ姫、一曲お相手願えますか」
俺は片膝を折り右手を差し出し、不敵に見える笑顔で言う。
すると、エレオノーレ姫は今までの可愛らしい表情とは打って変わって尊大な笑いを浮かべ、白く繊細な手袋に包まれた細い左手を、差し出した俺の右手に載せた。
おおー…と周りの人々がさざめくようなため息を漏らす。
まあ、オズワルドよりは俺の方が、絵になるだろうな。
あらゆる面で俺の方が見栄えがする容姿だから。
俺は秘かに自負する。
俺がにこやかに左腕を上げ、他の人も踊りの輪を作るように促すと、わっとペアになった人たちが広間の真ん中に出てくる。
オズワルドも他の令嬢を踊りに誘っている。