1.メガロヴルグ王国王太子 エセルバート・1
「エセル様!エセルバート様!
何処にいらっしゃいますか!
各国の大使や姫君がもうすぐお着き遊ばしますよ!
陛下もオズワルド殿下も、もうお揃いでございます!」
やーだよっ!
俺は重い緞帳のようなカーテンの奥に隠れて息を潜める。
家庭教師で従者であるオーウェンの、厳しくも恐ろしい声とカツカツと響く靴音がだんだん近づいてくる。
俺のいる、カーテンの前でぴたりと長靴の音が止まり、俺は思わず首をすくめる。
「いつまで子供じみたことなさっているんですか!
いい、か、げ、ん!出て来なさい!」
一際大きく反響する声と共に、重いカーテンが一気にバッとめくられる。
ブルーグレイの瞳が怒りに燃えて俺を見据えている。
心なしか、綺麗な灰色に染められた鬘も逆立って、粉を振りまいているようだ。
「あ、…見つかっちゃった~
どうして判った?」
俺は逃げ出したい気持ちを押し殺して、はははっと笑っておどけてみせる。
オーウェンは口の中で「…ったく」と吐き捨て、俺の腕を乱暴につかみ、足早に歩き始める。
宮殿の広い廊下のそこここに立っている衛兵たちも、オーウェンの剣幕に恐れをなしたのか、引きずられる俺を見ながらなんとなく立ち位置を後ろにずらしていく。
「どうしてあなたはそう、無自覚なんですか!
今日が何の日だか耳に胼胝ができるほど、申し上げましたよね?!」
ものすごい速足で歩きながら、息も切らさずに声を荒らげる。
「メガロヴルグ王国王太子であるあなたの、花嫁を選ぶ日、なんですよ!」
「わぁってるよ、だから隠れてたんじゃないか」
俺は手を振りほどこうともがきながらブツブツ呟く。
「無駄ですよ、あなたが今までに一度でも私の手を外せたことがありますか」
前を見据えたままオーウェンが偉そうに言う。
…っちくしょう…
俺は奥歯を噛みしめる。
小姓たちが畏まって両側に開けたドアを通って部屋に入り、俺の腕を乱暴に放すと、長身のオーウェンは俺を見下ろした。
「腹を括ってください。
どう足掻いたって、逃げることはできないのですよ。
あなたのお立場では、いつかこの日が来るのは、ご誕生なさった時から決まっていたことです」
静かな声に混ざる、ほんの少しの同情。
俺は顔を背けた。
オーウェンは声を張る。
「さあ、急いで王太子殿下のお支度を!」
大勢の侍女や小姓たちに、あっという間に上から下まで着替えさせられ、眩い装飾品をジャラジャラつけられ、鬘を被らせられて粉を振られ、化粧を施され、腰に重い剣を下げさせられた俺は、「…よし」という満足げなオーウェンの言葉と共に部屋を出て大広間に向かう。
大広間には、もう大勢の人々が集っているらしく、ざわめきが聴こえる。
めんどくさ…
俺は内心ため息をつく。
オーウェンは侍従に耳打ちする。
侍従は畏まって、父王の許へ行き、何事か囁いた。
父王が頷くのを確認して、侍従は少し下がって大きく良く響く声で俺の到着を告げた。