王太子の夏祭り
「夏祭り?」
聞き返すとピアは頬をうっすら赤く染めて、はいと答えた。
「城下では今晩、年に一度の夏祭りがあるんです。広場には花のポールが立てられ、その周りで踊ると一年幸せに過ごせると言われていて。庶民のお祭りですけど一緒に行きたいなって思って」
ピアの顔はますます赤く、そして泣きそうなものになった。
「リチャード殿下との思い出がほしいのです」
ピアは可愛い女の子だ。正直に言うと、好きだ。できることなら彼女と結婚したい。だけれどピアは男爵令嬢で王太子である僕とは身分が釣り合わないし、僕には公爵令嬢の婚約者がいる。
「そうか。今夜は夏祭りか」
「ダメですか?」
ピアとふたり、お忍びで城下へ。そう考えると胸が高鳴った。とても楽しそうだ。今すぐにでも行きたい気持ちになる。
だけれど、ひとつ引っ掛かることがある。
僕の婚約者のラウラ。美しく聡明で気高い令嬢。素晴らしい女性だとは思うけれど、堅苦しくて一緒にいても楽しくない。なんでも完璧にこなせる彼女はなんでもひとりで完結している。僕なんて必要ない。可愛いピアとは大違い。
そのラウラが、なぜか毎年夏祭りに僕を誘う。庶民の祭りなんて興味がなさそうなのに。
僕も行きたいなんて思わないから、毎回断ってきた。
散々婚約者の誘いを断ったのに、ピアと出かけるのはさすがに悪い気がする。
というか今年はラウラに誘われていない。どうしたのだろう。
――いや。『どうしたのだろう』じゃない。
しばらく前から気づいている。いつだって完璧な振る舞いをしていたラウラが、ピアと一緒にいる僕を見て辛そうな表情をすることを。だけどそれを僕は知らないふりをしてきた。
ピアが好きだから。
ラウラが辛いと感じているのだとしても、プライドが傷ついているだけだろう、だから僕が気にすることはない。
今までラウラに『お慕いしています』と何度か言われているけど、婚約者の義務として口にしていただけのはず。彼女の振る舞いは、僕を好きなようには見えないから。
でも。さすがに良心がうずく。政略結婚とはいえラウラとの付き合いは長い。
毎年夏祭りを誘ってきたラウラが、今年は何も言わなかったのは何故だ?
彼女を断り続けてきたのに、僕はピアとは出かけるのか?
「祭りに行き」僕の従者がピアに話しかける。「花冠をいただき、結婚のために踊るのですか」
「いえ、そんな! 私はただ、殿下との思い出がほしいだけです」
「結婚……って?」
従者に尋ねると彼は冷たい目を僕に向けた。
「カップルで花冠を頭に載せて一緒に踊ると幸せな結婚ができると言われています。今までにも何度か説明さしあげましたが?」
「そ、そうだったかな」
「先ほどラウラ様の小間使いが私を訪ねてきました」と従者。「ラウラ様は今年も花冠を用意して、殿下が気を変えて共に参加してくれるのを待っている。なんとかしてほしいと頼まれましてね」
「今年は誘われていない」
「そう答えたら、泣きながら帰っていきました」
従者の視線は非難めいている。
「殿下もピア様も、どれほど罪深いことをしているかお分かりになりませんか」
従者から目をそらす。
僕はピアが好きだ。だけれどずっと従者や両親に咎められている。僕のしていることは間違っていると。
「ごめん、ピア。君と一緒に祭りに行きたい。僕は君が好きだ。でも今年はピアと行くことはできない」
ラウラを好きなわけではないけれど、罪悪感で押しつぶされてしまいそうだから。
今年は彼女と祭りに参加して、それから今後のことをきちんと相談しよう。
◇◇
ラウラの邸に行くと、混乱の真っ只中だった。彼女が行方不明だという。
私室にはふたつの花冠と『ごめんなさい』の置き手紙。
悲痛な顔をした公爵は、家人の制止を振り切り僕の胸ぐらを掴んだ。
「あの子が骸に成り果てたなら、ろくでなしのお前を切り刻んでやる!!」
慟哭が邸に響き渡る。
◇◇
国一番の魔術師に頼み込んでみつけたラウラは、夏祭りが開かれている広場にいた。レストランのテラス席に座り、踊る人々を見つめている。祝祭の高揚と喧騒の中、彼女の周りだけが静謐だ。痛みを堪えたような顔をして、いったい何を思っているのだろう。
胸がズキズキと痛む。
僕はピアが好きだ。彼女と一緒にいたい。
だけれどそれは自分勝手な我儘で、不義理なものなのだと、ようやく分かった。
自分の感情を優先し、ラウラを傷つけた僕。
だけれどラウラは僕もピアも咎めずに、王太子の婚約者としてふさわしい振る舞いを続けてくれた。
ピアは天真爛漫で可愛い。でもよく考えてみれば、婚約者のいる僕にふたりだけでデートをしようと提案するのは無神経にすぎる。
王太子の妃にふさわしいのは、ラウラだ。
彼女はつまらない令嬢だけど、嫌いなわけじゃない。
それに……僕のことをこんなに思っていてくれるなんて知らなかったし。
傍らの従者からラウラが作った花冠を受け取り、ひとつは僕の頭へ載せる。
「かぶるのですか」
尋ねる従者が、なぜか泣きそうな顔をしている。
「ああ。僕は愚かだったとわかったよ」
「……良かったです。城に戻ったら侍従長から辞表を返してもらいます」
「……そうか。すまなかった」
そこまで僕は彼に呆れられていたのか。
「悪いが今からピアの元へ行って伝えてくれ。『僕は本当に君を好きだった。けれど目が覚めた。僕は王太子。肩書きにふさわしい男になる。君にはもう会えない』と」
「かしこまりました」
涙を浮かべて頭を下げる従者を横目に一歩を踏み出す。ラウラにはなんて声を掛ければいい?
ごめん?
許してくれ?
やり直したい?
ピアとは別れた?
好きだーーは嘘になってしまう。
彼女がほしい言葉はなんだろう。
手の中の花冠が目に入る。
従者の声がよみがえる。『カップルで花冠を頭に載せて一緒に踊ると幸せな結婚ができると言われています』
そうか。決まった。
ラウラに僕と一緒に踊ってほしいと伝えよう。
喜んでくれるといいのだけれど。
このあとリチャードはラウラとちゃんと向き合って、彼女を好きになります!




