元老院の宴
ゆっくりと足を進める二人。誰もいない広場を通り、元老会の建物へと向かう。
エスファーノは異国の装い――トーガというローマ風のローブに違和感を感じつつも、リウィアのあとをついていく。
円柱が何本もそびえ立つ入り口。大きく『S・P・Q・R』の文字が正面に刻まれている。それは『ローマの元老院と市民』の標語でまた、ローマの国章でもあった。
静かな空間。夕方にも関わらず、明るい。白い大理石がなにかに反射して光っているようにも思えた。
大広間に二人がつくと、その両側にはずらりと長いテーブルが並ぶ。そこには白いトーガをまとった男性たちが、居並んでいた。
ゆっくりと奥のテーブルにリウィアはすすむ。そして踵を返し、口を開いた。
「本日は我が元老院にローマの友邦であるカスティリヤ王国エスファーノ=デ=リコルドどのをお迎えした。ともにオスマン帝国と戦う身。本日はお互いの友誼をさらに深めたく、この宴を設けた。市民とともに祝おうではないか!」
リウィアの大きな声に答える元老院議員たち。
『ローマ万歳、共和政万歳』の声が元老院の天井に響き渡った――
エスファーノの目の前に並べられる料理。海のもの山のもの、そしてなんとも想像もつかないような珍味が山のように積まれる。
リウィアはあまり食べ物には関心を持たずに、ただガラスのグラスでゆっくりとワインを飲んでいた。目の前には大きな壺が鎮座しており、そこからワインがなみなみとつがれる。
「私には遠慮せずに、食べてくれ。魚は苦手だろうか」
大きな皿の上には、いくつもの肉片になにかソースがかかっているものが乗っていた。それを口に運ぶ。味わったことのない刺激のあとに、肉の旨味が口の中に広がった。
「胡椒だ。他にもいろいろな香辛料を加えている。すべて東方からの輸入品だ。贅沢なことだが、客人には気に入ってもらいたいものだ」
胡椒。エスファーノはその名前を聞いたことがあった。なんでもはるか東の方でとれるもので、それを料理にまぶしてもよし、もしくはワインに混ぜて飲めば万病に効くという噂で。
大航海時代以前、胡椒などの香辛料は同じ重さの金と交換された。それを一手に取り扱ったヴェネツィアは史上空前の繁栄を中世世界において、誇ることとなる。
他の皿に目をうつす。魚は全て焼いたもの。その上にまた独特のソースがかけられている。
「魚はお好きか?ガルムという独特の調味料を使っているので、客人どのにはなれないかもしれんが」
エスファーノは驚く。生の貝が更に並んでいたからだ。
「それは『牡蠣』だ。心配せずに。この国の『地中海』で養殖したものだ。毒はない」
『地中海』。それは何であろうか。ここは山の中。そこに海があるとでも。
そんなことを考えながら、食べ物を楽しんでいると大きな声が部屋にこだまする。その声を合図にそれまで立って飲んでいた元老議員たちも再び席に戻り、かしこまる。
『執政官オラトル=ルキウス=セルギウスさまの来場である。共和政の守護者に!』
大きな歓声。その中をトーガをまとった長身の男性が従者を引き連れて入場する。
金色の髪をなびかせ、均整の取れた体型に銀の軽装の鎧をまとい、そのうえにトーガを羽織っていた。脚には同じく銀の飾りのついた臑当がきらめいている。
「このような格好で失礼する。周辺の様子がおかしいものでね。オスマン帝国の動きが活発化しているようだ」
つかつかとゆっくり、リウィアたちのもとに近づく男性。
しかしリウィアは目を合わせようともせず、ワインの水面に視線を落としていた。
「これは、客人。わたしはこの『ローマ』の執政官オラトル=ルキウス=セルギウスと申す。お互い敵は同じようだ。なれば協力し合うのもよかろう」
オラトルと名乗った青年は、リウィアのほうに一度視線を投げかけるとふん、と鼻を鳴らし用意された席へと向かう。その間リウィアは無言を貫いていた。
その時――元老院に大きな声が響き渡る。それは狂気を秘めた悲鳴のような――