『ローマ』への道
圧倒的な勝利であった。リィウアの率いる味方の数は一〇〇人程度であったろうか。
それに対して敵の野盗の数はその二倍、いや三倍はいたかも知れない。
エスファーノは戦いの後方にあって、全体を見渡すことはできなかった。
傍らについている護衛の兵士が、逃げようとする敵の野盗を打ち倒す様だけが戦いの様子を知るすべであった。
敵もそれなりの武装をしていた。というより、その武装は通常の野盗とは明らかに異なったものであった。先日は混乱の中で気づかなかったが、盗賊たちが羽織っている規格化された鎧は、正規兵のそれを感じさせた。
それを一突き。鑓のたった一突きで、リウィアの兵たちは貫通させてしまう。訓練された膂力に自信がある戦士といえども、これだけの働きはできだろうとエスファーノは感じ入る。
また、彼らがふるう刀にもただ驚くばかりであった。
大型の刀なのに軽々と振り回す。そして、また何合打ち合っても刃こぼれもしないその強靭さよ。
何より驚異的だったのは彼等が用いる『弓矢』であった。羽根もなければ、柄の棒もない。そして弓も――細い筒より放たれた、只の鏃が高速で逃げる敵の後頭部を兜ごと打ち抜くのである。それが発射されるときには、筒の先より火花と、轟音と、煙が立ち上るのであった。
一方的な虐殺と言っても良い戦闘は、夜が明ける頃には完全に終わっていた。
豪奢な金色の鎧に血をまとったリウィアが、その黒髪も紅に染めて、エスファーノの方に歩み寄る。
(しかし、彼らはいったい何者なのだ?)
エスファーノはそう疑問を巡らす。
彼等のなりもその疑問のひとつである。ヨーロッパやムーア人のそれとは大きく異なる。ゆったりとした布を纏い、その上に薄い鎧をつけている。作りも細かく、また彫られているものも高い芸術性を感じさせた。
「エスファーノ殿。残念ながら大使殿はすでに亡くなられていた......首のみが野盗の首領の部屋の箱に収められていた」
血濡れの刀を片手に、リウィアがエスファーノに語りかける。傍らにいる士官らしき兵士が傷を負った大男を縄、いや金属らしき細い紐でその体を拘束している。どこかで見た顔だ、とエスファーノは心の中でつぶやいた。
「野盗の首領だ」
リウィアの一言が、エスファーノの疑問を解凍した。
主の仇であるには違いなかったが、エスファーノの中には、あまり怒りはわかなかった。自分にこのような傷を負わせた相手であったにも関わらず。
すでに覚悟を決めているらしく、野盗の首領はうつむいたまま口をかたく結んでいた。
「............」
リウィアが何語とも知れぬ言葉で、首領を背にしながら呟く。
その時、うつむいていた首領は雷に打たれたかのようにはげしく反応する。
――くるりときびすを返す、リウィア。その刹那、首領の首は血飛沫とともに空から地に落ちていった。
「エスファーノ殿には申し訳ないが、代わって成敗させていただいた。これでエスファーノ殿が代理ではあるが大使格という事になろう」
リウィアの顔に返り血が伝う。この一日で、どれほどの流血をみてきただろうか。
カスティリヤ王国とここでは命の重さが違うことを、エスファーノは実感していた。
しかし、エスファーノはあまり彼女の行為に残酷さを感じなかった。それは少女特有の残酷さと異なり、何か裁判官めいたものが感じられたからである。その行為には必然性とでもいうべものが感じられたのだ。
「私に何を望む?。いや、確かに私はカスティリヤ王国使節の多分、唯一の生き残りだ。副大使という権限も有してはいる。しかし、それが何なのだ。それに、何の意味を見いだしているのだ。貴殿は。当方はそれほど察しがよい方ではない。説明していただけないか」
「見た、来た、勝った」
「何?」
「一見は百の言葉に勝ろう。よろしい。われわれの町に招待しよう。永遠の都『ローマ』に」