窮地
慌てふためくオスマン兵。武器を放り捨て逃げようとするも、その瞬間に場上から放たれた『アルテミスの弓』の矢じりで胸を貫かれる。
その後に来る衝撃。
黒い髪をなびかせ、金色の彗星がオスマン兵を切り裂く――先頭で刀を振るうリウィアの姿は、まさに鬼神そのものであった。
総崩れになるオスマン兵。一番目立った鎧を着ていた、指揮官らしき騎兵も踵を返し林の中に逃げ込もうとする。それを追いかけるローマ兵の群れ。ほぼ敵を殲滅したかのように――見えた。
ふと、エスファーノは後ろを振り向く。馬に乗りながら、遠くを見る筒をのぞく。
はっとして、エスファーノは馬を全力で巡らす。
あっという間に、リウィアの側に詰めるエスファーノ。
必死に食らいつき、そして大きな声を上げる。
「後ろだ!」
はっとして、リウィアは後ろを振り向く。
そこには空を切り裂く、銀の矢が何本も飛び込んできた。
とっさに剣でその矢を払う。
態勢がやや、崩れた次の瞬間――払いきれなかった矢が、鎧の肩当てに突き刺さった。
「......?」
ゆっくりと崩れ落ちるリウィア。馬がその身を放り出そうとした次の瞬間、リウィアの体をエスファーノが掴み、引っ張り寄せる。馬をめぐらしてその遠心力で必死に態勢を立て直そうとする、エスファーノ。周りの兵たちも突然の攻撃に混乱の極みにあるようだった。
ぐったりとしたリウィアを鞍の後ろに引っ掛け、また馬を走らせる。
雨のように降りかかる矢をかいくぐり、エスファーノはただ手綱を強く引くだけであった。
日陰が二人を守っているようにも思われた。林の中。側には馬がつかれたように、四つ足を折って休息している。息はまだ荒い。木の根にはそっと横たわるリウィアの姿。その傍らにはリウィアの汗を拭くエスファーノの姿があった。
危機一髪であった。
オスマン兵は罠を張っていた。おとりの部隊を攻撃させ、後ろから『ローマ』の部隊を別働隊が急襲するという作戦である。
リウィアの息は荒い。毒でも塗ってあったのだろうか。矢はすでに肩から抜いたのだが、熱が上がってきているようだ。
「まったく、恥ずかしいことだ」
うなされるようにリウィアが声を出す。無言でエスファーノはそっと、リウィアの額の汗を拭く。
「焦っていたのかもしれない。エスファーノどのが教えてくれなければ、死んでいた......というか、部隊は」
「林の中に、散っていると思います」
「そうすると、オスマン兵はこの林を包囲しているな」
リウィアの目がエスファーノの方を向く。
「エスファーノどのだけなら、逃げられよう。私は大丈夫だ。『ローマ』に戻り――」
エスファーノは静かに首を振る。少しの沈黙の後、リウィアは目を閉じる。
そっと、リウィアの手がエスファーノの方に伸びる。
それをそっと握るエスファーノ。その手は微妙に震えているようにも感じられた――




