洞窟への逃避
地面に伏す、リウィアとエスファーノ。砂煙はだんだん近づいて、その音も大きくなっていく。
リウィアは上目がちにその一隊を監視する。はためく旗。それは赤地に白の三日月と星の旗。間違いない。オスマン帝国の正規兵の一団である。
(そんな......)
リウィアは思わず出そうになった声を押しとどめる。
そんなはずはない、と。この地域は全くの空白地で、どの勢力も支配下に置いていないはずだ。キャラバンすらその道の悪さから避けて通る地帯である。何より『ローマ』からほとんど離れていない、極めて秘密な地域である。
だとすれば何かしらの地図がオスマン帝国に流れ出ていることを、リウィアは確信する。『裏切者』その言葉が何度も、彼女の心の中をよぎった。
(......リウィアどの......)
敵に感づかれぬように、できる限り小さな声でエスファーノはそう告げる。
ハッとして我にかえるリウィア。こちらの気配を感じたのか、一頭の馬が彼らに近づく。
槍を構える馬上の軽騎兵。あたりをきょろきょろと見まわす。
リウィアはそっと足元の石をつかむ。そしてそれを山なりに遠くへと放り投げた。
小さな音が時間の差をつけて軽騎兵の耳に入る。そちらのほうを振り向いたその刹那――リウィアが飛び出していた。
まるで鳥が地面を飛び放つように、空中に舞うリウィアの姿。軽騎兵がその気配に気づき振り向いた時には振り下ろされた、リウィアの細身の剣により真っ二つに切り裂かれていた。
再び地面に着地すると、その反動を用いて馬にリウィアは飛び乗る。そして、すぐそばにいたほかの軽騎兵を流れるように切り倒すと、その馬の手綱をエスファーノのほうに投げ出した。
それを受け取り馬に飛び乗るエスファーノ。
この騒動に、ほかの兵たちもようやく異変に気が付いたようだった。
「エスファーノどの!こっちだ!」
リウィアが後ろを振り向きながらそう大きな声で、指示する。必死に馬にしがみつき、その後を追うエスファーノ。そして後ろからは、オスマン帝国の兵士たちが弓を射かけてくる。
巧みにそれをかわしながら、いくつもの丘を越える二人。
追っ手をまいたのはもう、夜のことであった。
手ごろな洞窟に身を潜め、馬をつなぐ。
あたりを確認してから、リウィアは何やら取り出し足元の乾いた草にそれを押し付ける。カチ、という金属音の後に炎が上がり火種が出来上がった。
エスファーノはさして驚きもしない。多分これが『ローマ』の技術の一つなのであろうと。
「体が冷える。洞窟で少し温まろう。中に入れば明かりも外からは見えない」
二人は焚火に向かい合い、身をかがめる。
無言で火に枝をくべるリウィア。やや黒みがかった髪が照らされ光る。物思いにふけった目がまるで鏡のように炎を映していた。
いつか見た光景。それは初めてリウィアと出会った夜の洞窟のことである。
風景こそ似ていたが、しかし目の前にいる彼女の姿はまるで別人のようであった――




