荒野での練習
「剣の練習をしたいと?」
手の書類から視線を外してリウィアはエスファーノのほうを向く。
無言でうなずくエスファーノ。何か考えていたリウィアであったが、静かにうなずく。
「使節の準備は順調に進んでいる。あと二週間もすればティムールに渡す信書も元老院を通過するだろう。そうだな。たしかにせっかくの時間だ。長い旅路の合間にまたぞろ族に合わないとも限らないだろうしな」
そう言いながら、書類を机の上に置き剣をとる。
「でかけよう。馬の用意を」
傍らにいた部下にリウィアはそう命じる。
荒れ地を行く二頭の馬。いくつかある『ローマ』の門の一つをくぐり、二人は外に出る。
どこまでも続くアナトリアの荒れ地。エスファーノは思わず髪に手をやる。砂混じりの風が強く吹き付けてきたのだ。
このような場所で、自分は野盗に襲われた。仲間のみならず、自分の身をも守ることができなかった。その消化しきれない思いをずっとエスファーノは感じていた。
「自分の身をまることも大事だが」
リウィアは軽装の鎧を身に着けながら、そうエスファーノに話しかける。
「兵を率い指揮するのも大事なことだ」
そういいながら馬を降りるリウィア。そして馬鞭で右の丘の上を指し示す。
「あそこに敵の一団がいたとする。数はおよそ五〇。こちらには三〇の兵がいる。どうするか」
笑みを浮かべながら問いかけるリウィア。エスファーノは考え込む。
「それでよい。ここは待機だ。『ローマ』の兵器があれば遠距離で敵を削るのが最初の策だろう」
そう言いながら、木の剣をエスファーノの放り投げる。
「接近戦となれば、この技術が必要になる。相手になろう」
リウィアは構える。エスファーノもまた構えを取る。
「突きが基本だ。どこでもいい、突いてみろ」
少し躊躇したエスファーだが、リウィアの実力はよく知っている。手加減せずに踏み込み、剣の先で突く。
しなるリウィアの木の剣。まるで鞭のようにそれはエスファーノの剣を絡め取った。
「このまま押し込めば、剣が絡まったままエスファーノどのの腹を突き刺すのはむずかしくない」
そう言いながら、リウィアは剣をひねる。その動きに巻き取られ、地面にエスファーノは叩きつけられる。しかし、地面に放られた剣を拾いエスファーノはふたたび立ち上がる。
荒野には二人の木剣の音がこだました――
地面に仰向きに鳴って空を見つめるエスファーノ。いまだに息は荒い。
そのとなりに、ちょこんとリウィアが座る。
小一時間ほど、練習しただろうか。何度打ち込んでもリウィアの体に木剣が触れることは叶わなかった。リウィアの木剣にまるで引力でもあるが如く、エスファーノの木剣は吸い込まれてしまうのだった。
「いい汗をかいた」
リウィアはそうつぶやく。エスファーノは横になりながらうなずく。
悪くない訓練であった。建物の中でする練習とは目先が違い、緊張感もあった。
「リウィアどのは、ずっと剣の修業を?」
横になりながら、そうエスファーノは問う。リウィアは静かに首を振る。
「そんな昔からではない。三年ほど前だろうか」
遠い目をしながらリウィアは答える。エスファーノはわずか三年という修行期間の短さよりも、リウィアのそれ以前のことにひっかかる。見た目からいうとまだ一〇代のはず。なにがあって、剣の修業を始めなければならなかったのか。
「私が護民官に就任したのが四年前ーー十二歳のことだった」
リウィアはエスファーノの心の中を読んだようにそう説明する。
「それまでは何も知らなかった。軍も剣もーー」
突然リウィアは言葉を区切る。
そっと右手をエスファーノの前にだし、何かを遮るリウィア。
『そのまま』
と小さな声でエスファーノにつぶやく。
あたりに風の音が響く。土煙が舞う、大地。
その遥か彼方から、何か黒い影が迫ろうとしていた――




