海をすすむ鳥
ゆっくりと湖上を行く船。カスティリヤ生まれのエスファーノは船に乗ったことはある。しかし、これほど大きな船に乗るのは初めてであった。古代のガレー船。かつて地中海をローマの海とした軍艦である。
「奴隷は使っておらんぞ」
そうガイウスが説明する。
両舷にはオールの代わりに、水車のような輪が並ぶ。それが回転して、水を押し出し前進するのだ。
「動力は、蒸気の力だ。沸騰した鍋の蓋が震える。それを回転運動にして水を汲み出す。その反動で船が進むという寸法さ」
エスファーノは思い出す。リウィアと共に見学した、あの工房の見たこともない不思議な道具の数々を。
「この湖もわれわれが掘ったものだ。水は地下水をくみあげた。不思議なことに、塩分が多くてな。まるで内海のようだ。そうなると、魚も欲しくなる。あちらこちらで海の魚を養殖している。晩餐にでたはずだ。牡蠣もあるぞ」
指を鳴らすガイウス。そうすると、兵が数人なにやらを運び始める。
皿の上には殻付きの牡蠣が。そして並べられた瓶にはワインらしき飲み物にみちみちていた。
「故郷も懐かしかろう。祖国のワインを用意した」
カップにワインを注ぎ、それをガイウスはエスファーノに手渡す。
両手でそのカップを押し抱くエスファーノ。ほのかに香るワインの匂いはたしかに懐かしさを感じさせるものだった。
「カスティリヤと『ローマ』の繁栄に」
そういいながらカップを高々と掲げるガイウス。それにつられてエスファーノも掲げる。
「プロォウシィト!」
乾杯の合図。一息でガイウスは飲み干す。
「悪くない」
「ガイウスどのは」
エスファーノは名を呼び質問する。
「カスティリヤに来たことが?」
ガイウスは大きくうなずく。
「若い頃にな。われわれ『ローマ』の民のなかでも、ある者はヨーロッパの各地に旅行するのが通常だ。フランス、イングランドそしてリトアニアにも行ったことがある。大変な目にもあったが、いい勉強だった」
「私はここが初めての外国です」
ふん、とガイウスは鼻から息を漏らす。
「何事にも最初がある。そしてその最初がいちばん大事なこともままあることだ」
少しの間の後、エスファーノは手のカップのワインをぐっと煽る。
にやっとそれを見つめるガイウス。
そして右手を上げる。
「せっかく海に出たんだ。少し学ぶと良い」
エスファーノがよろける。それまで直進していたガレー船がゆっくりと左舷に舵を切ったのだ。
「つぎは右」
ガイウスの声に合わせるようにガレー船は今度は、右舷に舵を切る。
「どうだ、陸の上よりも自由だろう。水の上は走るのではない。滑る、飛ぶのだ。鳥のようにな!」
エスファーノははるか虚空を見上げる。
雲が広がる空。
その時、エスファーノはあることを決心した――




