『地中海』へのいざない
「よう、大将」
エスファーノを見下ろす、巨漢。上半身は裸であるが浅黒くまるで大理石の壁のように目の前にそびえ立つ。
「わが『ローマ』艦隊へようこそ。客人」
どうやらエスファーノの身分を見知った者らしい。そう言いながら出された手にエスファーノは恐る恐る握手をする。
隻眼、そして顔にはいくつもの傷。先日見た剣闘士とも違う、雰囲気の持ち主であった。
男は後ろの港を振り向きながら説明する。
「ここは――まあ人造湖で小なりといえども『ローマ』の海。いうなれば『地中海』だ。艦隊もある。数隻の小さな規模であるが、外海に出ることも可能だ。名乗りが遅れてすまん」
そういいながら、蹲踞する男性。片腕を胸の前に添え、頭を下げる。
「カスティリヤの客人よ、わが『ローマ』へようこそ。私は地中海艦隊総督ガイウス=セクストゥス=リベラリスと申す」
エスファーノもその見事な口上につられて深く礼を返す。
すっと立ち上がるガイウス。
再びエスファーノの前に大きな壁がそびえ立つようだった。
「あの、言葉は......?」
ん?、とガイウスはエスファーノの質問の意を解して答える。
「カスティリヤの言葉か?まあ、ラテン語とそれほど違いがあるわけでもない。それに俺はよく『外出』するからな。『ローマ』以外のヨーロッパに。客人殿の国にも行ったことは何度もあるぞ。小舟でな」
背後には大型のガレー船の姿が見える。ゆっくりと、そして大きく輪を描きながら湖上の上を滑るように――
「かつて、わが『ローマ』は地中海を支配した。もともとは陸の民であった我らはフェニキアを制することにより、海も支配するようになりその富を独占した」
フェニキア――ローマ人たちはその国をポエニと呼んだ。ハンニバルなどの強力な敵を倒し『ローマ』は陸海を支配する大帝国になったのである。
「現在ではヴェネツィアが姑息に稼いでいるようだが。まあ、いずれは再び漕ぎ出してみせるさ。『我らの海』にな」
ガイウスの先程の名乗りを思いだすエスファーノ。地中海艦隊総督という称号。それは決して虚名ではないらしい。
「『オクタヴィアヌス』とうまくやっているか?」
聞いたことのない名前にエスファーノは少し戸惑う。それを瞬時にガイウスは察する。
「これは失礼。このローマでは顕職にあるものの名を、かつてのローマの英雄に擬して呼ぶ週間があってな。『オクタヴィアヌス』とはリウィアのことだ。私は『プリニウス』、少し恥ずかしいが」
そう言いながらガイウスは照れたように視線を外す。その巨体に比して、細やかな感情のあり方にエスファーノは好感を持つ。
「リウィアどのは良くしてくれています。先日はコロッセウムに連れて行ってくれました」
ほう、とガイウスは驚きの声を上げる。
「あいつがか。珍しい。客人とは言え自分からそのようなところに誘うとは、気に入られておるな。客人――いや」
「エスファーノです。ガイウスどの」
「いい名だ」
顎に手をやり、微笑むガイウス。
「エスファーのどの。どうだ、船に乗ってみんかね。地上とは違った視野を持つことができるぞ」
ガイウスの誘いに、エスファーノはうなずいて答える。




