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第三のローマ~ テルティウス=ローマ  作者: 八島唯
第2章 ローマとトルコ
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『ローマ』とカスティリヤ

 エスファーノは部屋の中を眺める。それほど広くはないが、困らない。何しろものが少ないのだ。小さな木箱とリウィアからもらった銀色の剣。そしてカスティリヤから担いできた小さな旅袋が一つあるばかりである。

 壁のカレンダーを見る。ローマ数字で記されたそれは、今日でこの『ローマ』に来てから一週間が過ぎたことを示していた。

 その壁には目新しい服が掛けられていた。それは故郷カスティリヤではよく見られる種類の礼服である。

『ティムールに会うためにも、準備が必要だ。われわれのほうというよりは、カスティリヤの使節のだ』

 リウィアはそう言いながら、エスファーノの服を指差す。折りたたまれたそれは、血に汚れ穴も空いていた。野盗の襲撃を受けた際に着ていたものである。

『カスティリヤの服飾のデータはある。エスファーノどののもの含めて作らせよう。武器やその他の小道具等も。旗も必要か』

 カスティリヤの使節。はるか彼方、ティムールに会う予定だったはずのその使節はエスファーノを除き全滅していた。

『こちらで使節の役を務める人は用意しよう。どこから見てもカスティリヤ人と見えるように』

 われわれには、『それ』が必要なのだ、とリウィアは確認する。

 この国『ローマ』は今オスマン帝国によってその姿を明らかにされ、そして存亡の危機にあるらしい。如何に進んだ兵器を持っていたとしても、多勢に無勢、オスマン帝国の進行を防ぐことは不可能に近い。そこで東の英雄ティムールを頼ることとなったらしい。

『ティムールはオスマン帝国のバヤジット一世との一戦を望んでいるらしい』

 この国『ローマ』の情報網はすごいものがあった。交易商人を通じてもたらされる情報の数々。それはこの小国が存在する上で必要不可欠の『水』のようなものであった。

 元老院で話し合われた結果、ティムールへの使節派遣が検討されたらしい。

 エスファーノは机の上の血に塗れた封書を見つめる。血は固まり、くろぐろと封筒を染めていた。野盗との戦いの中、リウィアが手に入れたものらしい。首のない大使の懐の中から。大きな赤い封蝋をそっと指で触れる。それはエスファーノの主君、トラスタマラ家のエンリケ三世の封蝋であった。

『当然、わが『ローマ』の存在はティムールには知られていない。対等の関係で交渉をするには仲介が必要なのだ――エスファーのどの、あなたのカスティリヤ王国副大使の肩書が』

 無機質なリウィアの声にエスファーノはただうなずく。

 それはそうだろう、とエスファーノは納得する。自分の存在意義はその一点に集約されるのだろうから。

 ため息をついて、エスファーノは立ち上がる。

 使節の出発まで、あと一週間。その間の自由な行動をリウィアより保障されていた。むろん『ローマ』国内、というか都市内に限った話ではあるが。

 たまには一人で出かけるのも悪くないか、とエスファーノは外出する。

 監視はいるのだろうが、その気配は感じられない。雑踏をくぐり抜け、人気のあまりない丘の方に足が向いていた。

 目の前には大きな石造りの塔が並ぶ。カスティリヤの王城でもこれほど多くの塔を見たことはなかった。『水道橋』というらしい。塔同士の天井が水路でつながれ、そこから都市に水を供給するらしい。

 狭い『ローマ』になぜあれ程の人間がひしめいているのか、それを如実に表す建築物であった。

 かつてローマは土木と法によって全ヨーロッパを支配していた。

 眼の前のその風景はそれを現実に証明するものであった。

 すでにローマ帝国は消滅した。各地からローマの植民市は消え失せ、首都のローマも荒廃の極みにあるらしい。しかしここにはあった――かつての『ローマ帝国』の繁栄が。

 水道橋の端から滝のように水が流れ落ちる。その先には大きな池――というかまるで湖のような湖面が広がっていた。この湖も『ローマ』の一部らしい。桟橋があり、多くの人が荷物を運んでいた。

「よう、カスティリヤ人」

 ビクッとエスファーノは反応する。突然後ろからかけられるその声は、古典ラテン語ではない、懐かしい母国の言葉であった。エスファーノが振り向くと、そこには大きな人影が立っていた――

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