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第三のローマ~ テルティウス=ローマ  作者: 八島唯
第2章 ローマとトルコ
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オラトルの野望

 ――二人が去ったあとのコロッセウム。動物の死体は片付けられたが、血のあとは生々しくその床面を染め上げていた。それを水をかけて掃除する何人かの掃除夫。上半身裸で必死に床をこする。そんな裏方には意も介さず、観客たちはどよめきながらコロッセウムを後にする。

 それを高みから見下ろす青年。高官のみが着用することを許される長いトーガをまとい、頭には略式であるが草で編まれた冠をかぶる。風が吹くたびに、その下の金色の豊かな髪が震えた。

 口元が歪む。整った顔立ちならばこそ、悪意が倍増して感じられた。

「民に必要なものは欲望を満たしてやることだ。まあまず、満腹なうちは不平も漏らさんだろうしな」

 そういいながら、ゆっくりと階段を降りる。その周りには黄金の胸当てをつけた屈強な兵士たちが幾重にも取り囲んでいた。

「リウィアの様子は」

 兵士の一人にそうオラトルは問いかける。兵の中でもひときわ目を引く装備をしていた男性は、はっ、と返事をした後に報告を始める。

「副大使のリコルドと一緒にコロッセウムの戦いを観戦した後、すでに帰ったようです。郊外に二人でなにやらでかけたようですが」

 ふん、とオラトルは鼻を鳴らす。

「カスティリヤだったか。彼の国の風土も文弱なようだな。このような命をかけた戦いの価値を知らんとは。それともリウィアに影響されたのかな。あの女は、周りの人間に悪い影響を与えやすい」

 そういいながら、汗にまみれたトーガを男に差し出す。恭しくそれを受け取る男。

 トゥニカのみとなったオラトルは一人、コロッセウムの中の大理石の通路を歩む。

 これから先は完全な彼のみの世界である。

 このコロッセウムだけではない、ローマの至る所にそのような『彼だけが入れる』場所が存在した。

 階段を降りるとそこには広大な空間が広がる。

 目の前には大きな浴槽。湯がこんこんと湧き出し、床を濡らす。

 裸になり、ゆっくりとオラトルは浸かる。

 目を閉じて、思いをはせる。

 彼の生きる目的、それはローマ帝国の復興である。

 かつて地中海世界を支配したローマ帝国。西は大西洋、東はアルメリア。北はブリタニア、南は北アフリカ――現在、ビザンツ帝国を除外すれば、ローマの版図はこの小さな『都市』に過ぎなかった。

 再び、ローマの栄光を我が手に――オラトルはそっと湯に右の手のひらを泳がす――


「閥族派の連中を集めよ」

 普段着のトーガに着替えながら先程の男にそうオラトルは命じる。

「了解です。近衛隊で屋敷の周りを固めます」

「お前が指揮を取れ、セウェルス。今宵の『会議』はかなり内密なものになる」

「と、いうことはいよいよ」

 無言でオラトルはセウェルスと呼ばれた背の高い男性にうなずく。

 近衛隊とは本来、ローマ皇帝を守護する直属の精鋭部隊である。この『ローマ』では高官の護衛をその仕事としていた。しかし、最近ではもっぱらオラトルの親衛隊と化していた。

 本来ならば国家の軍隊であるはずの兵士が、個人に忠誠を誓いそして個人から報酬を与えられる。

 『私兵』というべき存在が、この『ローマ』にも多く見られるようになった。それはかつての歴史を繰り返すように。どんなに小さな国家でも、権力争いは存在した。そしてその際には必ず権力者はグループを結成する。『閥族派』とは、オラトルが率いる貴族を中心としたグループであった。

 夜、オラトルの屋敷に集う若き貴族たち。屋敷の周辺は物々しい近衛の警護に守られ、水も漏らさぬ様相であった。篝火が焚かれ、その火の粉が天を焦がす。太鼓の音も聞こえる。まるで辺り一帯を威嚇するようように。

「そもそも――」

 大広間。正面に据え付けられた玉座に座るオラトル。広間には若い貴族が酒や女を抱いて、好き好きにその時を楽しんでいた。

「このローマにおいて、今必要なのは強力な指導者だ。このままではオスマン帝国にこの『ローマ』は飲み込まれてしまう。そうなる前に決断しなければならない。元老院の連中のおしゃべりのような議会に任せておく時間はない。ここは執政官コンスルたるオラトル=ルキウス=セルギウスさまの出番だ。今こそ我らの独裁官ディクタトルに!そして皇帝インペラトールになっていただく日が近づいているのだ!」

 酔った一人の貴族がグラスを手に、そう演説する。

 現在の政治体制の否定。独裁政治を煽るその内容。しかし、この場では何も問題ない。

 オラトル自身もそれを酒の肴に、ワインを傾ける。

 その宴は夜を徹して続けられる。また一杯、あおるオラトル。彼が決心するときがもう、そこまで来ていたのだった――

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