ローマの『儀式』
土の床の上に麻の布が敷かれ、その上に何本も刀身が並べられている。カスティリヤで使われているものよりは、かなり刃の幅が狭く細い。
それを一本取り上げるリウィア。職人たちはそんなことには構わずに、なにやら機械の操作に集中している。
柄の部分を適当な布で巻き、右手で構える。
「そこの鉄格子を見るがいい」
リウィアがそう剣先で示す。壁にたてかけられた、鉄格子の扉。廃棄予定のものらしい。
軽く右足を踏み出し、ひゅっと下から上に剣先を突き上げる。
軽い金属音。そして鉄格子の鉄棒が真っ二つに絶たれ、床にキーンという音を響き渡らせ転がる。
剣をエスファーノに手渡すリウィア。それを受け取ったエスファーノは目を近づけ、刃の上を見つめる。
――全く刃こぼれしていない――
野盗と戦ったときもそうだった。そして先日オラトルが一刀のもとに刺客を、切り捨てたときも。まるでバターを切るが如く、自然な流れですっとしなるように切り捨てる刀の切れ味。そして、刃こぼれしない強靭さ。
「『ローマの鋼』だ」
腕を組みながら、リウィアが説明する。
「鋼鉄の強靭さと、まるで鉄線のようなしなやかさを兼ね備えた金属。鉄と一定の鉱石を高温度で混ぜ高温度で圧縮する。何度も刃を重ね、くるみとき上げる。錆びることのない鉄だ」
エスファーノはまるで鏡面のような刃先に視線を集中させた。その刃面に映る自分の姿。そしてリウィアの顔も。
この『ローマ』の技術の高さに驚嘆するとともに、一方でなにか割り切れないものを感じながら。
工房を出て、二人はまた人出の多い通りに至る。
石造りの路傍の上を木のサンダルで忙しそうに行き交う人々。
それはカスティリヤの大都市トレドにも勝る盛況であった。
「今日はコロッセウムの開催日だ」
思い出したようにリウィアはつぶやく。
「せっかくだ。あまり趣味の良いものではないが、一度は見ておくと良い」
そう言いながら、エスファーノをリウィアは導く。
人の波に連なり、その中を行く二人。
すでに大きな声を上げている人の姿も見える。
見上げると、そこには大きな城がそびえていた。いくつもの石が幾何学的にきちんと並べられた壁面と、まるで大理石を思わせるその表面。横にそれがどこまでも続いているようにも見えた。
「ここはコロッセウム。ローマにあったものとほぼ同じだ。円形で中に大きな競技場がある」
そういいながら、階段を登る二人。途中で役人らしき人物がリウィアに気づき、別室へと誘導しようとした。
「今日は忍びだ。客人にこの雰囲気を感じてほしいので、一般席で観覧したい」
無言で役人がうなずく。
満員の客席。緩やかな傾斜がついたそこには小さな座席が並んでいるが、誰も座っているものはいない。みな腕を突き上げ、大声を上げていた。代わりに席には、ワインが入っているらしき瓶などが並べられていた。
「最初は、猛獣と剣闘士の決闘だ」
無感情な声でリウィアが告げる。
はるか先に見える動物の檻。そしてその前に上半身裸で大きな剣を持ち、構える戦士の姿。
観客の大歓声を合図にして、檻の扉が開かれる。
「......!!」
見たこともない異形の獣が放たれる。本では読んだことがある。あれが東方に住むという獅子であろうか。
「あれはヒョウという猛獣だ。ライオンよりも獰猛で、人間の喉を狙うように教育されている」
なんでそんなことを、とエスファーノは声を出そうとするが押し留められる。目の前に起きる出来事が彼の口を封じた。
ヒョウはまるで風のように飛び跳ねる。それは剣闘士を挑発しているようにも見えた。しかし、剣闘士はピクリとも動かない。動けば隙ができる。驚くべき忍耐力で、恐ろしい獣の挑発を受け止めていた。
最初にしかけたのはヒョウであった。
空中を舞い、剣闘士に飛びかかろうとする。
逆に剣闘士は地面を蹴り、ヒョウめがけて突進する。
タイミングをずらされたヒョウはその鋭利な爪で、剣闘士に飛びかかろうとする。
――一閃。剣闘士の刀はヒョウの腹を切り裂いた。飛び散る血しぶき。それは剣闘士の上半身を染める。
観客の大きな歓声。『止めをさせ!殺せ!』という声の波がコロッセウムに響き渡る。
リウィアはそんな様子をただ、冷たく見つめる。エスファーノもまた。
観客の視線が別な方向に集中する。観覧席の上部、特別席である。そこには豪華な長いトーガを巻き、頭には冠を載せている人の姿があった。
『我らローマの守護者、執政官にして正義の市民の代表、オラトル=ルキウス=セルギウスさま!』
壇上の青年の金髪がはためく。観客の自分の名を呼ぶ声に、右手を上げて答えるオラトル。
忘れもしない。先日、宴の最中に刺客を葬った青年だった。
「皇帝きどりか。いい加減にしてほしいものだ」
リウィアがため息交じりにそう吐き捨てる。
当然その声はオラトルに届くべくもないが、エスファーノはオラトルがこちらの方を向いたような気がした。
右手を高々と上げ、ニヤリと笑みを浮かべる。
そして、拳をつくると親指を下に出す。
それが合図であった。
ひときわ大きい観客の歓声を背中に、剣闘士はオラトルに一礼すると目の前のうずくまる猛獣に視線を落とす。息も絶え絶えで、じっと剣闘士を見つめるヒョウ。自分の運命を悟っているような表情だった。
振り下ろされる大剣。
一刀のもとに首が落とされ、それを天に剣闘士はかざす。
『ローマ万歳!』という、人々の声がコロッセウムにこだました――




