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道化の世界探索記  作者: 黒石廉
第2部2章 草原とヒト
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091 敵は重騎士、下手すりゃ戦死

 「いやはや、大変なことなりましたね」

 「騎士というのはどれほど強いのだ?」

 「硬くて速くて倒れない」

 「一騎でも群衆を蹴散らす」

 「それは面白い」

 「なわけないでしょう」


 夏のキャンプ、チュオじいさんの家の前の東屋で俺たちは頭を抱えながら相談をしていた。

 俺たち3人はキャンプ地に着くと、旅装も解かず、そのままチュオじいさんのところに駆け込んでことの次第を説明した。


 騎士は単独で動くわけではなく、従士や随伴する徒歩の兵を数名連れている。

 騎士100名ということは、おそらく600近くの兵が動くことになる。そのうえ、騎士100名と同数の従士にいたっては確実に重騎兵である。

 その話をヴィレンさんから聞いたときには絶望的な気分になった。

 

 ちなみに絶望的な気分はいまも変わっていない。

 このキャンプで戦える者が60名程度、ラク氏族のキャンプは40名程度、近隣のソ全部をあわせても300名ちょっと集まるかどうかと言ったところらしい。

 数ですでに思いっきり負けている。

 装備にいたっては、鎖かたびらにところどころ鉄の防具を重ねている俺たちが一番の重装で、普通のソの男たちは革鎧を着るぐらいだ。

 全身鎧に身を包み、ウマまで金属の鎧をつけさせて突っ込んでくるだろう重騎兵の突撃をまともに受けたら、いくら戦い慣れている彼らでも吹き飛ぶ可能性が高い。

 

 「いっそ、逃げちゃうってのはどうかな?」

 俺が提案すると、チュオじいさんは俺の額を思いっきり指で弾く。

 いてぇ……。


 「逃げようとして良いのは、逃げて状況が良くなるときだ。ウシを連れて、戦えない者たちを連れて逃げても無駄に力を失い、追いつかれるだけだ」

 戦いこそ美学みたいな考えを持っていながら、驚くほど合理的なのは相変わらずだ。


 「もちろん、かといって戦える者の数でも負けているのは確かだ」

 ジョクさんが続く。


 「だから……」

 逃げるのも考えようと俺が再度提案しようとしたときに、じいさんがは再度俺の額を弾くと、大声で言った。

 

 「だから、オークとともに戦う」

 えっ? それできるの?


 ◆◆◆


 俺たちは挨拶代わりに進呈するウシを連れて、チュオじいさんの後をてくてくと歩いていく。

 3日も歩くとオークのキャンプにたどり着いた。

 

 以前は「とりもどす」ためにやってきたキャンプの前でジョクさんが大声で口上を告げる。

 若いオークが出てきて、キャンプに迎え入れられる。

 老若男女が見つめる中、キャンプの真ん中に敷かれた大きなゴザのところに案内される。

 ゴザには長老らしきオークが何名か座っている。

 こちらからはチュオじいさんとジョクさん、長老格の何人かがそこに座る。

 俺たちは後ろで突っ立っている。

 

 チュオじいさんが状況の説明をはじめる。

 オークの長老たちはそれを黙って聞いている。

 敵の数が多いこと、重装の騎士が来るだろうこと、近隣の牧畜民で力を合わせないと1つ1つキャンプがつぶされるかもしれないということ。

 それらを伝えた上で言う。


 「はじまりは我らが招いたこと。だから、戦士の列にただで加わってくれとは言わない」


 チュオじいさんの言葉にオークの長老たちは一度ゴザの外に下がって相談をしはじめた。

 しばらくして、戻ってきた長老の1人がゴザの上に腰を下ろしてから告げる。

 

 「お前らのウシを半分を寄こせ。それでともに戦ってやろう」 

 

 横暴だ。こちらが頼む側であることは承知しているが、ふっかけ過ぎだ。

 そう思った俺が立ち上がりかけたときにチュオじいさんは即答した。


 「半分だな。感謝する」

 驚きの表情を浮かべたのは俺たちだけだった。


 「ウシはすぐに連れてくるよう手配する」

 ジョクさんは言うと、後ろを振り向き、ウシを一頭連れてくるように言う。


 連れてこられたウシは広場で数人に押さえつけられて、喉を切られる。

 「この取り決めのため我らが宝をささげよう」

 チュオじいさんが厳かにいう。

 杯に受けた血をオークの長老とチュオじいさんが飲み干す。

 「我らは同じ血を飲み干し、約束を交わした」

 彼らは叫ぶ。


 叫び声のあと、まわりの皆が唱和する。

 「我らは同じ血を分かち合い、同じ血を流しともに戦う」

 

 ジョクさんは壮年のオークと細かい条件をつめはじめた。


 ◆◆◆


 同盟を結んだ帰り道、俺たちはてくてくと歩いて帰る。


 「対価はウシ全部とか言われたらどうするつもりだったんですか?」

 そうたずねるサチさんにジョクさんが笑顔で答える。


 「そんなことを言うわけがない」

 ニヤッと笑って言葉を続ける。


 「あいつらはウシを増やすのが下手くそだ。俺たちから全部取り上げでもしてみろ、盗みたくなっても盗むウシがいなくなるだろう?」

 冗談なのか、本気なのか、どちらなのだろう。どちらでもあるのかもしれない。


 チュオじいさんは胸を張りながら言う。

 「自分から言い出したものを対価として受け取りながら、戦う際に言い訳をする。このようなことは戦士の恥だ。奴らも戦士だ。だから、存分に戦うであろう」

 彼らはウシのために戦い死んでいく。

 ウシは彼らの命とほぼ同等のものであり、自分の名前をつけたウシをもつぐらいに一心同体だ。

 そのようなウシをかけた約束は命をかけた約束に等しいものなのかもしれない。


 じいさんの言葉も俺みたいな外から来た人間には冗談みたく聞こえるが、こちらはおそらく本気も本気だろう。


 こうして俺たちの氏族と近隣のオークの1氏族が同盟を結んだ。これによって、別のソの氏族も同様に近隣のオーク、つまり普段は延々と殴り合っているやつらと同盟を結んだ。

 こうして、俺たちは700名近い戦士を動員できることになった。


 人数的には敵と同じくらいか若干多いくらいとなるだろう。

 平均的な練度は常に戦闘を繰り返してきたソ・オーク同盟のほうが高いだろう。

 問題は敵の騎士だ。


 武装だけではなく、障害物の少ない草原は騎兵有利な戦場だ。

 見晴らしの良い場所では罠とか設置して待ち受けるというのも現実的ではないだろう。

 奇襲もできない。


 ◆◆◆


 ソとオークの各氏族の長老たちと戦闘の指揮をとる壮年のリーダー格たちが俺たちのキャンプに集まっている。

 ヴィレンさんとレフテラさんが騎士たちの戦い方について説明をおこなう。


 ウマまで鎧に身を包み、槍をかまえて突進してくるらしい。

 ランスもって突撃してくるってことだよなぁ。こんなのにぶちかまされたら、即死する自信がある。

 突進後の乱戦ではそれぞれ片手用の武器を振り回しながら、暴れまわる。

 槍がなくとも馬上から繰り出される攻撃は面倒くさいことこの上ない。

 実際、ラク氏族で突撃してきた修道騎士は槍を持っていなかった。それでも群衆を蹴散らしていた。

 

 戦いで重さと高さは正義だ。

 かつて殴り合いでトロールみたいなおやじにボコボコにぶちのめされた俺は断言できる。

 多少の技術の差は重さと高さで容易に覆される。

 重騎士は全身鎧に身をつつみでかいウマとともに高いところから武器をふるう。

 すなわち重騎士は正義。さしずめ、俺たちは悪の組織の戦闘員みたいな感じだろう。

 いーって叫びながら散らされてしまう。

 馬から降ろしたとしても全身鎧に身を包んだ騎士は大きな脅威であるが、騎馬突撃(無敵モード)を解除しないことには話がはじまらない。


 たぶんそんなことは皆わかっているだろう。

 それでも、俺は騎士の脅威を説いた。

 みんな聞いてくれた。

 そして、沈黙した。 


 長い沈黙のあと、チュウジがぼそっと作戦を出した。

 出オチみたいなだまし討ちであったが、俺たちはそれにすがることにした。


 ◆◆◆


 ある日、偵察隊が進軍してくる敵を見つけた。

 この日のための作戦はすでに立ててある。

 俺たちは草原で彼らを迎え撃つ。

 俺はウシに囲まれながら歩みを進める。

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