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道化の世界探索記  作者: 黒石廉
第2部2章 草原とヒト
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089 声がでかい

 脚が速いということは素晴らしい。

 俺たちは盗賊にもゴブリンにも襲われることなく、カステの街にたどり着いた。

 石畳の道、ウマを引きながら、静かに歩く。


 宿はいつものところとは違って目立たないところの安宿にとまる。

 汚いが一応馬小屋はついている。俺たちの(正確にいえばラク氏族に囲まれて死んだ従士の)ウマはここにつなぐ。


 ヴィレンさんは教会で寝泊まりができるので、別行動である。

 一緒に泊まったほうが良いのじゃないかと、提案してみたのだが、断られてしまった。

 「私がここで宿を取ったりしようものなら、あからさまに怪しいでしょう」


 「なんか、最初にとまった宿思い出すよな」

 寝ると虫に刺されそうなベッドに腰掛けて、チュウジに話しかける。

 魚脂のろうそくのいやな臭いが牛脂のろうそくの獣臭さに置き換わっているし、一応、南京錠がかけられるレベルのとこにはしているが、薄暗さ、すえた臭いとカビ臭さの嫌なハーモニー、全部一緒だ。


 「粗末な宿に泊まることは何でもないが、貴様と二人というのは不快であるな」

 中2病が憎まれ口を叩く。

 

 「おい、キャンプでずっと同じ小屋に住んでいる仲だろう。ていうか、こちらこそ不快だわ」

 

 お互いに悪態をつきあう。


 「そういえば、サチさんとはどこまで行ったんだよ」

 俺はここぞとばかりに下世話な話をする。


 「プ、プラトニックな関係だ。騎士道とはそういうものなのだ」

 まぁ、そうだろうな。

 俺を追い抜かしてたら、憤死してたところだ。

 攻撃は最大の防御、自分のことは棚にあげ、ここぞとばかりに煽りたおすことにする。


 「闇の女神にしごかれ果てよ。童帝の右(フェアリーライト)!」

 チュウジのマネをしてやる。

 案の定、顔を真赤にしていやがる。日頃のおかえしだ。

 

 「うるさいのだ! 貴様も同じだろう?」

 童帝がわめく。

 「いや、俺は左利きだから」

 俺は軽く握りしめた左拳をぐっと挙げると前後に動かす。


 「気持ち悪い性癖を披露するな。これまで得た知識の中で最も役に立たず、最も知りたくなかったものだ。その気色の悪いジェスチャーもやめろ! 脳が、目が、腐るわっ!」


 チュウジの抗議を無視して、話題を変える。

 「……おまえさ、元の世界に帰りたいと思う?」


 「……」


 「たぶん、おまえも俺と一緒だろう? ソの人たちが嫌いなわけじゃない。それどころか大好きだ。むしろ、この世界に骨をうずめるなら、彼らと一緒に過ごしたい……」

 俺のことばをチュウジがひきとる。


 「……しかし、ここでは誰かを残したり、誰かに残されてしまう可能性が非常に高い……」

 自分たちの首が飛んだら、残る者を泣かせてしまうし、その逆のことが起こったら耐える自信がない。


 「どうせ、お前のことだ。西洋中世の乳児死亡率とか出産時の死亡率とか知ってんだろ。そんなもの知らない俺だってここは怖い」

 どこかにワームホールかなんか開いてて、それ通って帰るとかないもんかね。

 そう言う俺に対して、チュウジが「我はSFは読まない」とかつまらない返しをする。


 「俺だってそんなに読まないぜ。もっぱら肌色の多めの本が大好きだし、部室に転がっているのはそんなのばっかだ」

 俺は再び左手を前後に動かす。

 「やめろ。このSmells Like Teen Spe○m !!」

 お、中2病が高2病に悪化したか。

 「うるせぇ、ク○ボーみたいな頭してるくせに変なこと言うんじゃねぇわ。妙に発音が良いところがさらにむかつくんだわ。このチェスナットフラワー!」


 普段ならば、サゴさんの言葉か、腐臭を放つ素敵なお姉さま方のギラギラした視線でとまるのだが、今は阿呆な言い合いを止めてくれる人がいない。

 やることがなかったら、朝まで罵り合っていたかもしれない。


 「まぁ、良い。そろそろ出るか」

 「おう」


 俺たちは短剣だけ腰に吊るすと、深夜の街に出る。


 月と星のあかりを頼りにヴィレンさんが寝泊まりしているであろう修道士の宿舎の近くまで歩く。

 下弦の半月、半分だけであっても月は明るい。

 星のあかりだけになると、電気のない世界は本当に真っ暗だ。


 宿舎は3階建てで立派だ。

 歩哨(ほしょう)らしき者が見回りをしているところにきな臭さを感じる。

 息を潜めて歩哨をやり過ごすと、建物のそばに寄って上を見上げる。

 1つだけ真っ暗にも関わらず鎧戸が開いている扉がある。

 小石を部屋の中に放り込むと、小石をつつんだ紙が返ってくる。

 俺たちはそれを拾うと、さっさと退散する。

 

 宿に戻ると、牛脂ろうそくを頼りにヴィレンさんの手紙を確認をする。


 しばらくは軟禁状態で事情聴取中。

 1人逃げていった修道騎士の報告もあるので、なにかしらの部隊が派遣される可能性が高いらしい。


 さて、どうしたものだろうか。

 もう少し待って欲しいとも書かれていたので、まだ頭をひねる時間はある。


 ◆◆◆


 翌朝、俺たちは市場の片隅でぼうっとして過ごす。


 自分たちに手配がかけられている訳では無いが、それでも目立つことはしたくない。

 かといって宿にこもっているのも不自然である。

 結果として、人の多い市場の片隅でぼけっとしていることになる。


 目立たないようにと努力している俺たちのすぐそばで「おー」というばかでかい声があがる。

 思わずびくっとして、声のするほうを見ると、手をあげながら、こちらに近づいてくる男がいる。

 周りもびっくりしたように声の主を眺めている。


 「よーお前っ! 相変わらずしけた面してんな! まだ生きていたのか?」

 耳が痛くなるような大声で俺たちに呼びかけてきたのは訓練所の同期のタダミという男だった。


 悪いやつではないが、とにかく声がでかい。

 あいつの「ささやき」は普通の人の通常の声よりややでかく、「普通に喋る」と騒音、「大きな声」は凶器に近い。

 奇声をあげながら、竹の棒振り回す青春を送っていた俺がそう感じるのだから、相当なものだ。

 ついでにあいつはスキルまで叫び声関係のスキル、筋金入りのうるさいやつだ。


 「すまん、蚊の泣くような声で頼む」

 そう頼んでようやくやつの声は養蜂場の巣穴近いレベルまで下がる。


 「お、隣のはちんまい中2病野郎か? いつの間にか、大きくなってな、お兄さん、嬉しいよ」

 チュウジの背が伸びても、別に嬉しくないだろうに。

 チュウジは少し手を上げると、タダミと握手している。

 「なんか振る舞いまで大人びてるじゃねーか」


 こいつをこのまま喋らせておくとうるさいので、何かで口を塞ごう。

 そう思って、酒場に誘う。

 喧騒のなかで「ささやき」レベルで話をさせれば、こいつも少しは目立たなかろう。


 「一杯奢ってやるからな。だから、ささやき声で頼むぜ」

 それにしてもこいつの仲間は耳栓でも装備しているのだろうか。

 

 ◆◆◆


 「お前ら真っ先に死ぬと思ってたのにな。それが同期で2番めに正規の登録したんだってな」

 タダミが赤ワインをがぶがぶとあおりながら「ささやく」。


 タダミたちのパーティーは地味な仕事を一つ一つこなして、登録を果たし、かつての俺たち同様隊商の護衛をやったそうだ。

 俺たちと違うのは、護衛した隊商の向かう先がカステではなく、グラティア・エローリス通称大穴の王国だったそうだ。


 「エローリス、なんかエロって言葉を聞くだけで心がほっこりするよな」

 俺の言葉にタダミが相づちをうつ。

 俺もバカだが、こいつも筋金入りのバカに違いない。

 お上品なチュウジが俺たちを(さげす)んだ目で見つめている。


 「ここがさ、古代の秘宝とか遺物ってのが出てくるらしくてな」

 探索家とか言いながら、俺たち探索とか一切せずに便利屋仕事ばかりじゃねぇか、タダミはつぶやく。もちろん、やつのつぶやきはうるさい。

 彼らはそこで一攫千金を夢見て、「探索」を始めたのだそうだ。


 「ならば、どうしてここにいるのだ?」

 チュウジの疑問にタダミは「バカンスよ」と答える。


 「一攫千金とまではいかないが、まぁ、それなりに面白いものが出てくる。でも、結構しんどくてな。休養をするために、また隊商の仕事を受けて、ここまで来たんだよ。ここは良い武器防具が安く手に入るし、潮臭くないしな」

 そう言うと、タダミはポケットから小さな金属の筒を取り出す。小さなボタンがついている。

 「これとかな、ボタンを押すと、中からゼリーみたいなのが出てきてな、小さなキズなら治っちゃうんだよ。ポーションかよって感じだけど、こんなものがたまに出てきて、当然高い値で売れる。噂でしか聞いたことはないが、失くなった目や手足をよみがえらせるような秘宝ってのも見つかったことがあるんだそうで、そんなものを見つけた日には王侯貴族大商人がすさまじい値段で買い取ってくれて一生安泰らしいぜ」


 「ただな、穴の中の獣は地上より獰猛だし、怪物も出てくる。うちのパーティーは1人喰われたよ……」

 タダミの声が信じられないくらい小さくなる。

 「休養」の理由はこれか。


 俺はブランデーを3杯頼む。

 運ばれてきた杯を回し、静かにかかげて、同期の死を悼む。

 何も言わずに3人で一気に杯を干す。

 胸から腹にかけて熱いものが流れ込んでいく。


 「まぁ、少しメンバー探しとかも兼ねてここにいるからよ。他の同期にも挨拶にこいよ」

 タダミから自分が泊まっているという宿の場所と名前を教えてもらって、俺たちは酒場をあとにした。 

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